古墳巡りをされている「ちーしょこ」さんのブログ記事で、大覚寺古墳千葉市埋文センターで考古資料優品展が開催されている事、そして直ぐ近くの大覚寺古墳に前方後円墳が遺っている事を知り、考古優品展の最終日前日の3月9日に行って来ました。

 

(大覚寺古墳については、3月11日付けブログで投稿済み)

 

 

コロナ禍なので、公共交通機関の使用は避けて、自分で車を駆って出掛けたのですが、心配していた考古優品展の会場の混雑もなく、ゆっくりと古墳展示品を観ることができました。

 

多数の貴重な発掘物が展示されていましたが、本日のブログでは、その中から僕が個人的に興味を持った二種類の展示物について触れてみたいと思います。

 


まず最初の遺物は、とても素朴ではありますが、どこか神秘性をおびた「土偶」です。

 

以前に訪れた山梨県釈迦堂遺跡博物の「土偶」は、縄文中期以降の「立体土偶」でしたが、千葉市埋文センターの「土偶」は、縄文時代初期の「扁平土偶」でした。(上下写真)

 

 

 

縄文時代初期の「土偶」の形を観ると、人物と決め付け難いものもありますが、想像を逞しくして観ると、女性の乳房や妊婦を模ったと思われる「土偶」でした。

 

縄文時代の人々は、女性の妊娠に畏敬の念を抱いていたのでしょうか・・・

 

 

僕が最も興味を持っている埴輪は、その姿と顔形が完全に日本人離れしている異相の埴輪です。(上写真)

 

ユダヤ教超正統派(ハシディズム)の信者

 

その姿形を観ると、まるでユダヤ教超正統派(ハシディズム)の信者が日本の古墳時代に在世していたかのように見えてしまいます。


 

 

縄文時代から古墳時代の日本列島に、アフリカ、中近東、欧州地域から、太陽が出ずる場所を目指して渡来して来た混成集団(Caucasoid)がいたと聴いたことがあります。

 


 

今に伝わる日本の古代神話の中に、西洋の神話との共通性があると説く人も言ますが・・・・

 

この異相の人種もまた、陽いずる極東の果ての房総半島の地に定住して、馬と鉄器を使って土地を開墾、稲の栽培技術を伝授するなどして・・・何世紀もかけて倭人世界に同化していったのでしょうか?

 

 

昨年から今年に掛けて、千葉県山武市芝山古墳、山梨県釈迦堂古墳、今回の千葉市埋文センターと大覚寺古墳へと小さな旅を続けていますが・・・

 

これから先も健康であるかぎりは、遙かなる古代の悠久の世界にひたれるささやかな旅行を続けたいと思っています。

 

参考として、昨年の10月29日の千葉県山武市芝山古墳を訪れた時のブログ記事を貼り付けて置きました。