29年ぶりに本帰国した浦島太郎の草双紙
海外駐在生活を終えたhiro-1が念願だったタイ国に移り住み、大学のタイ語学科で読み書きを学んだ後に、歴史学科に進級してタイ国のアユタヤー王朝の外交史を勉強する傍ら、自家用車を駆ってタイ国内の遺跡巡りやアジアや欧米諸国への旅を楽しみましたが・・・後期高齢者に仲間入りしたのを機に、29年ぶりに日本に本帰国して浦島太郎的生活をスタートしました。
  • 18Aug
    • 仁徳天皇の古墳時代に登場する瓢箪!

        湘南辻堂の山手にある瀟洒なお宅の生垣に『ヒョウタンの木』(瓢箪の木)が植えられていました。『瓢箪の木』の大葉は既に枯れ落ちる寸前でしたが、幾つかの瓢箪の果実がぶら下がっています。 この地域に移り住んで一年余りが経過しましたが、『瓢箪の木』の生垣を見るのは初めてです。  『ヒョウタン』と言えば、豊臣秀吉が馬印として用いた上下が丸くて中央がくびれた千成瓢箪を思い浮かべますが、この生垣の『ヒョウタン』は、長い首を持つ鶴のような形をしています。(下写真)  瓢箪が日本に伝来したのは古いらしく、日本書紀(編纂720年)の中の『仁徳天皇11年(西暦323年)の項に『瓢』(ひさご)として登場するのが最初の文献になるようです。西暦323年と言えば、飛鳥時代以前の古墳時代ですから、随分と古い話になります。 とは言っても、古墳時代の『ヒョウタン』(瓢箪)は、現在のように中央が縊れた形ではなく、筒っぽのような形をしていたようですが・・・・  受験生だった大昔の頃、『宇治拾遺物語』(四十八・雀報恩の事・巻三の十六)を読んだことがあります。その中に登場する『腰折雀』の説話の粗筋は次のような内容でした。  腰の折れた雀を助けた老婆に、雀が感謝の気持ちとして置いていった“種子”を蒔くと『瓢箪』が生ります。乾燥した瓢箪を振ると、その中から『米粒』が尽きることなく出てきて、お婆さんは食べ物に困ることもなくなり、裕福な一生を過ごしたとさ。  『ヒョウタンから駒』の慣用句の由来は、今昔物語などの諸説もあるようですが、受験生だった当時は、『宇治拾遺物語』の中の『腰折雀』から来ていると思い込んでいました。参考:ヒョウタンの植物生態分類科名:ウリ科 Cucurbitaceae属名:ユウガオ属 Lagenaria学名:Lagenaria siceraria var. gourda 漢語:瓢、瓠、匏、瓢瓠(ひょうこ)、胡盧(ころ)、葫盧、壺盧和名:ひょうたん(瓢箪、瓢簞)古名:ひさご、ふくべ英名:Gourd

  • 17Aug
    • こんにゃくの木をウドの木と勘違いしました!

      お詫び『ウドの木』と思い込んで投稿しましたが、読者の方から『こんにゃくの木』ではないかとのご指摘を頂戴して調べたところ、明らかに当方の勘違いであると分かりました。訂正してお詫び致します。申しわけありませんでした。  投稿文を完全削除することも考えましたが、今後の自分への戒めを考えて、敢えて残して置く事にしました。  散歩の途上で地元の方が栽培されている菜園を通りかかると、『ミョウガ』の畝のすぐ隣の列に、幾つもの『ウド』(独活)『こんやくの木』が並んで植えられていました。   『ウド』(独活)には、路地栽培で育てる『ウド』と、陽光を遮断して栽培する『ウド』があるようですが、僕が目にしたのは、前者の路地栽培の『ウド』でした。 その世界では『ヤマウド』と言うそうです。(下写真)ウドの木 コンニャクノキ   上写真の茎がチョット太すぎるのが気になります。 野菜栽培の経験が無い僕には、この『ウド』が、今から旬を迎えるのか?それとも食べ頃を過ぎて薹(トウ)が立ってしまった類なのか? さっぱり分かりません。(下写真)ウドの茎 コンニャクノキ  食べ頃を過ぎて薹(とう)が立ってしまうと、食用として使えなくなることから、“図体がでかくて役立たない”を意味する『ウドの大木』という言葉が生まれたようです。なんとも侮蔑的慣用句ですね。  『ウド』を観察していると、タイ在住時代に調べたことのある江戸末期のオランダ商館の外科医であり、著名な博物学者でもあったドイツ人のシーボルトを思い出します。  当時の日本植物を最初に欧州に紹介した彼の名誉『フローラ・ヤポニカ』には、全151図に及ぶ植物図譜が収録されていますが・・・その中に、シーボルトが新種の登録申請を行ったアジサイのオタクサ(登録却下)や『ウド』(独活)の図譜も採録されています。(下写真)フローラ・ヤポニカの日翻訳本  下図は、日本植物誌(フローラ・ヤポニカ)に収録されているシーボルトの描いたウド(独活)の植物図譜です。欧州植物学会への登録申請名は、『ウド』(Udo)ではなく、ウコギ科を意味する『Aralia edulis』となっていますね。     『植物の漢字語源辞典』 によると、『ウド』を『独活』と漢字表記する由来は、中国の漢方医学の最重要古典の一つとされる『名医別録』と日本の『新選字鏡来』に見られるとあります。  『新選字鏡来』には、土中の芽である土楤(ツチタラ)を食することから、ウズト(埋処)と呼ばれていたのが『ウド』に転訛した・・・とあり、中国の『名医別録』の『独活』の項には、「一名独揺草。此の草、風を得て揺れず、風無くして自ら活する」・・・ことから“独活”と表記された旨の記述があるそうです。  和名が『ウド』となったのは、中国漢字の『独活』に『ウド』の訓をつけて読んだことから始まった・・・と言うのが由来のようですが・・・真意のほどは定かではありません。参考:ウドの木の植物生態分類(APGⅢ)科名:ウコギ科 Araliaceae属名:タラノキ属  Aralia学名:Aralia cordata Thunb(1784)和名:ウド(独活)英名:Oudo、Spikenard、Udo

  • 16Aug
    • 熱帯のキャッツテールが日本で咲いていた!

        台風の影響で重苦しい空模様のなかを歩いている時、茶紅色の猫の尻尾を思わせる花穂を見つけました。 最初は『ベニヒモノキ』(紅紐の木)の若木かと思ったのですが、よく観るとそれよりも低木で、花穂の長さも短い『レッド・キャッツテール』(Redcat's tail)でした。キャッツテール 撮影:辻堂  『レッド・キャッツテール』の緑葉は、互生で卵形、葉の全縁に細かい鋸歯があり、葉脈の絵柄もかなりはっきりしています。草丈も葡萄性の低い草木であることから、あきらかに樹木性の『ベニヒモノキ』(紅紐の木)とは異なります。キャッツテール 撮影:辻堂  『キャッツテール』に花弁は無く、茶紅色の長い紐状の雄蕊が多数集合した花穂が揺れています。ふっくらとした花穂の長さは10cm~20cm程度しかなく、外観がよく似た『ベニヒモノキ』の長さ50cmの花穂(下写真)の半分もありません。 ベニヒモノキ・撮影バンコク  花穂を見れば、『キャッツテール』の花名の由来が、猫のシッポに見える花穂から来ていることは誰でも容易に想像できますね。 一方、上写真の植物が、和名で『紅紐の木』と呼ばれたり、英名でシェニール糸のような植物(Chenille plant)と呼ばれる理由も納得です。  キャッツテール 撮影:辻堂  タイ国のバンコクに在住していた頃は、風に揺らぐ『キャッツテール』(Redcat's tail)の花穂を一年を通して見ることができたのですが、まさか温帯地域の日本でも見られるとは! 今まで考えたこともありませんでした。気候の温暖化の影響なんてことはないですよね。参考:キャッツテールの植物生態分類(APGⅢ)科名:トウダイグサ科 Euphorbiaceae亜科:エノキグサ亜科 Acalyphoideae属名:エノキグサ属 Acalypha学名:Acalypahareptans園芸名:キャッツテール A.reptans英名:Redcat's tail、Cat's tail、Summer love、Weepong chenille、Acalypaha原産:西インド諸島花期:6月~10月葡萄性の非耐寒性常緑小型多年草参考:キャッツテールに似たベニヒモノキの植物生態分類和名:ベニヒモノキ (紅紐の木)英名:Chenille plant   学名:Acalypha hispida科名:トウダイグサ科属名:アカリファ属

  • 15Aug
    • "汝が為に鋏むや庭の紅蜀葵"  高浜虚子

        自宅から少し離れた山手の他人様宅の植え込みに、5枚花弁の濃緋色の花径20cmの大輪が一つだけ天を向いて平開していました。大輪を支えて直立する170㎝以上はありそうな茎は、見るからに硬そうに見えます。    一見すると、フヨウ属のブッソウゲ(仏桑華)が突然変異によって巨大化したかのように見えます。雌しべと雄しべの基部は合着して長い柱状となり、ブラシ状になった雄しべの先に柱頭5個が突き出ているのもブッソウゲ(仏桑華)に似ているように見えます。しかし、花弁と花弁の間にはゆったりとした隙間があって、明らかにブッソウゲ(仏桑華)とは異なります。   朝方に咲いて、その日の夕方には萎んでしまう一日花ですが、花期の9月までは蕾が次から次と休みなく咲くとあります。このように大きな花が次々と咲き続けるのはチョット想像しがたいのですが・・・後日にでも又訪れて自分の目で観て確認してみたいと思います。  帰宅して花図鑑を捲ると、アオイ科フヨウ属の『モミジアオイ』(紅葉葵)でした。『紅蜀葵』(コウショッキ)の別名もありました。 『モミジアオイ』(紅葉葵)の花名の由来は、掌状の葉っぱの深い切れ込みがモミジ葉に似ていることから名付けられたそうです。 葉の長さは10~20㎝、掌状に3~5に深裂し、裂片の幅は狭くて長いです。  天辺で大きく膨らんでいるのは結実の近い子房でしょうか? まだ薄緑ですが、採種時期になると茶色く色づき、やがて周辺のガクが大きく反り返る頃になると熟成した種子を採集できると花図鑑にありました。  『モミジアオイ』(紅葉葵)の種子は、雨に降られて当たると簡単に痛んで落ちてしまうそうです。現在西日本を襲っている台風の影響による天候悪化を乗り切ってくれるとよいのですが。  北アメリカ東南部を原産地とする『Brilliant hibiscus』が日本に渡来して、『モミジアオイ』(紅葉葵)、又は『コウショッキ』(紅蜀葵)の別名で呼ばれるようになったのは、開国して間もない明治初期でした。  ところが、俳句の題材として詠まれている花名は、 『モミジアオイ』(紅葉葵)ではなく、『コウショッキ』(紅蜀葵)ばかりでした。前者の字数が6文字で、後者が5文字というのが影響しているのでしょうか?孫を亡くして悲しむ俳人の高浜虚子も、夏の季語である紅蜀葵を詠み込んでいました。汝が為に鋏むや庭の紅蜀葵 高浜虚子  ひょっとして、高浜虚子は、紅蜀葵を仏桑華と勘違いしていたのでしょうか? なんとなれば、仏桑華の沖縄の花言葉に、“死者を弔う”という意味があるからなのですが・・・・いやいや、俳句界の巨匠である高浜虚子に限って、そんな事はありませんよね。参考:モミジアオイの植物生態分類科名:アオイ科 Malvales属名:フヨウ属 Hibiscus種名:モミジアオイ H.coccineus学名:Hibiscus coccineus和名:モミジアオイ(紅葉葵)別名:コウショクキ(紅蜀葵)英名:Brilliant hibiscus、Scarlet hibiscus、Texas star hibiscus、Scarlet rose mallow茎丈:2m前後原産地:北アメリカ南東部

  • 14Aug
    • 万葉集に詠み込まれていた鶏頭の花

        恥ずかしながら、子供の頃から大人になるまで、『ケイトウは秋季に咲く植物』と思い込んでいたのですが、熱帯のタイ国バンコクに住み始めた約30年前、マンションの屋上庭園で総状花序をつける『ケイトウ』(鶏頭)を見て違和感を覚えたことを思い出しました。  その頃、バンコクを訪れていた連れ合いが、『日本でもケイトウが咲き始めるのは真夏よ!』と言うのを聴いて、自分の間違った先入観を思い知らされたものでした。 更に後年になって、『ケイトウ』(鶏頭)の原産地がアジアやアフリカの熱帯地方であることを知って腑に落ちたという次第です。    数日前から、神奈川県辻堂近辺の他人様の菜園に『ケイトウ』(鶏頭)が咲き始めました。穂状の総状花序の恰好は、『鶏冠』や『炎』似た花のように見えますね。ところが、鶏冠や炎のように見える部分は、花ではなく、茎が変化して着色したものだということを、今夏になって初めて知りました。  植物生態の書籍を読むと次のように書かれていました。『ケイトウの総状花序の下端に、5㎜ほどの大きさの無数の5弁花が密生。その中に5本の雄蕊がある』しかし、この日は、『ケイトウ』の咲く場所が離れ過ぎていて、その部分を直に観ることができませんでした。     『ケイトウ』(鶏頭)は雄鶏の頭、つまり、雄鶏の鶏冠(トサカ)のことですが、世界各国の呼称をみても、英語名“Cock’s Comb”、スペイン名“Cresta de gallo”、仏語名“Crête de coq”、中国語名“鶏冠花”とあるように、何れを見ても、鶏冠(トサカ)を意味する呼称になっているのが面白いです。   『ケイトウ』が中国から日本に渡来した奈良時代当時の呼称は、『韓藍』(カラアイ)の花名で呼ばれていたことが万葉集に詠み込まれている歌から分かります。万葉集の中で花を詠んだ歌は120種あるそうですが、その中で『韓藍』(カラアイ)を詠んだ歌は、僅か4首しかないそうです。下記は、その内の山部赤人の一首です。我が屋戸に 韓藍蒔き生ほし枯れぬれど 懲りずてまたも蒔かむとぞ思ふ 山部赤人 巻三 384 直訳:自宅の庭に韓藍の種を蒔いたが枯れてしまった。性懲りもなくまた蒔いて咲かせてみようと思う。意味:一生懸命の恋だったが、実ることなく枯れてしまった。諦めずにもう一度恋花を咲かせてみよう。  山部赤人は、失恋に終わった自分の懸命の恋心を『韓藍』(カラアイ)に喩えたようですね。 何故に『藍』と書くのかと不思議に思って広辞苑を捲ると、『紅色の小花を穂状につける』とありました。『藍』は『藍色』と思っていましたが、『紅色』をも意味するとは・・・これまた初めて知りました。参考:ケイトウの植物生態分類科名: ヒユ科 Amaranthacea属名: ケイトウ属Celosia学名: Celosia argentea L.   和名: 鶏頭(ケイトウ)別名: 鶏冠花(ケイカンカ)、韓藍(カラアイ)英名: PlumedCock’s Comb  開花時期: 8~10月 夏~秋の花草丈: 15~150cm 一年草原産地: アジア・アフリカの熱帯地方

  • 13Aug
    • 天気に恵まれない日になりそう・・・

        台風接近のために暫く拝めないと思っていた我が家の借景の富士山が、昨日の19時前になって、チラッと山頂だけを見せてくれたのですが・・・一時間後には漂う雨雲に隠れて姿を消してしまいました。 今日も天気に恵まれない一日になりそうです。(下写真)8月12日18時41分の富士山  急ぎの所用が発生したために、午前6時から車を駆って東京に向かうことになりました。自宅に戻るのは、所用が順調に片付いたとしても、おそらく深夜になるでしょう。 天候が崩れないことを祈りつつ・・・それでは行ってまいります。

  • 12Aug
    • 久しぶりに夕焼けを背にした富士山

         2019年8月11日 18時56分、外出先から自宅に戻ると、居間の大窓から夕焼けを背にした夏富士のシルエットが見えました。夕焼けの富士を見るのは本当に久しぶりです。   ところが、神奈川県辻堂近辺の明日以降の天気予報は、最低気温27℃、最高気温37℃の真夏日が暫く続き、しかも四日連続の雨模様になるというのですからガッカリです。  車の定期点検も終えたので、足柄下郡箱根町仙石原の長安寺の五百羅漢像を撮影に行こうと思っていたのですが、降雨となると延期せざるを得ませんね。 今週は、スポーツジムで身体を動かすことにします。

  • 11Aug
    • 『オクラ』の由来はナイジェリアの ❛Okuru❜でした!

        大型洗濯機を備えているセルフクリーニングデポに、冬用の絨毯やシープスキンを車で運んで洗濯処理をしている間の90分間、近場の植え込みや菜園の植物を観て回りました。  最初に目に入ったのは、茎丈が2mを超えるほど成長したオクラ(Okra)です。花弁は五弁の薄黄色、花芯部分は濃赤色をしているのですが、開花している時間は、夜から朝にかけてと短いらしく、午前10時過ぎには、すでに萎み始めていました。  角状のオクラの果実は長さ20㎝以上は優にあります。『オクラ』を実際に育てた経験はないのですが、これほど大きくなってしまうと、繊維部分が発達し過ぎて食感が悪くなってしまうのでは・・・と、ド素人の立場を忘れてあらぬ心配をしてしまいますが・・・そんなこともないのでしょうね?     『オクラ』の漢字を調べると、『秋葵』と書いてある無理筋の記事を見つけました。納得できなくて調べると、『オクラ』の由来は、英語名の“Okra“でした。  更に、英語名の『Okra』の由来を調べると、原語は、西アフリカのナイジェリアのイグボ語の『ネバネバしている』を意味する“Okuru”から来ているとする説を読んで納得です。   しからば、『和名はなんぞ?』と思って調べてると・・・ 『オクラ』(Okra)が日本に渡来したのは、江戸時代の1670年代でした。それ以降、糊(ネリ)、亜米利加糊、陸蓮根(オカレンコン)などの和名が付けられた記録が残っているそうですが、何れの和名も定着することなく、近世以降になって英語の“Okra”がカタカナ化して市場に広まったようです。参考:植物生態分類(APGⅢ) 科名:アオイ科 Malvoideae 亜科:Malvoideae 属名:トロロアオイ属 Abelmoschus学名: Abelmoschus esuulentus (L.)Moench 英名:オクラ(Okra)、Lady's finger原語:“Okuru” ナイジェリアのイグボ語和名:秋葵、亜米利加糊、陸蓮根、ネリ(糊)、トロロアオイ食用果実

  • 10Aug
    • 心に響く名曲 ♪白百合の花が咲く頃♪

        駐車場の金網フェンスに沿って植えられていたシラユリ(白百合)が開花しました。(下写真)  シラユリ(白百合)をみると、太平洋戦争時の沖縄戦で散った男性の幼い頃の恋心を唄ったメロディーが頭に浮かんできます。それは、反戦の心を込めた歌でもあります。   それは、シンガーソングライターの宮沢和史さんが作詞作曲し、魂のテノール歌手として知られる沖縄出身の新垣勉(アラガキ ツトム)さんが朗々と歌う名曲です。♪白百合の咲く頃に 僕は消えるけど どうか君だけには 届きますように♪♪交わした約束さえ果たせはしないけれど 澄み渡る空の青 ふと手を伸ばした♪♪僕はただその無力さを知った 巻き戻しのきかない 冷たく時を刻む秒針は♪♪悲しいくらい永遠を拒んだ♪♪白百合の咲く頃に 僕は消えるけど どうか君だけには 届きますように♪♪深い眠りの底でいつまでも歌うから 淡く滲む思い出も柔らかな痛みも♪♪全て土へと還るのだろうか? どれくらいの涙が僕には残されているのだろう♪♪やがて訪れる 終わりと静寂♪♪白百合の咲く頃に 僕は消えるけど この想いだけは 枯れはしないから♪♪遠い記憶の中で 鮮やかに揺れていたいよ 灰色に積もる♪ ♪望まれぬ願いと 薄弱な祈り どうか どうか・・・ 儚く響いた♪♪限りある命なら 終わらない愛を 最果ての地から 君に捧げよう♪♪伝えたい言葉はただ「ありがとう♪♪白百合の咲く頃に 僕は消えるけど 一瞬一瞬をそう 愛していこうよ♪♪新しい光の下 また歩き出せるように 百合は咲いて 君を想う♪  白百合は、花言葉では純潔と清らかさの象徴とされていますが、死や悩みをイメージする花とも言えます。昨年の年末、ドイツで亡くなった僕の実妹の甥や姪によると、ドイツの墓地にある白百合は、死者となった母から子供へ残された挨拶なのだそうです。  植物生態分類から遠くなる園芸種の白百合(シラユリ)は、僕には苦手な花ですが、幼い頃に恋心を抱いた女性に捧げる男性の心は、僕の心にも響く奥深い花のように見えてきました。

  • 09Aug
    • マリーゴールドを見て"あいみょんさん"を思い出しました!

      我が家の近くの他人様の菜園に、人によって好き嫌いのある防除剤のような匂いを発する濃橙色のマリーゴールドが咲いていました。 茎の先に花径7cm位の花を一輪ずつ付けています。(下写真)   この花を八重咲と言ってよいのか? 花弁先端の黄色を斑入りと呼んでいいのか? 園芸種のような花を大の苦手とする僕にはさっぱり分かりません。  葉の姿形は、鳥の羽根のように左右に小葉が互生する羽状複葉です。 小葉の縁には細かい鋸歯があったように思います。(上写真)  上写真は、タイ国滞在時のマンションの屋上庭園で撮った花頭がボンボンスタイルのマリーゴールドです。タイ国では、“輝く星の花”を意味する『ドークダーオルアン』 ดอกดาวเรือง の花名で呼ばれていましたが、辻堂で撮った花とは、明らかに品種が違いますね。  僕が30年間近くに亘るタイ生活を切り上げて日本に出戻りしたのは昨年の2018年でした。その年の日本の夏に流行っていたのが“あいみょん”という女性歌手が唄っていた『マリーゴールド』という長い歌でした。 日本の我が家にはテレビが無く、ラジオ&カセットで聴いているだけなので、間違って覚えているかもしれませんが、次のようなフレーズを口遊んでいたことを覚えています。♪麦わら帽子の君が 揺れたマリーゴールドに似ている♪ ♪あれは空がまだ青い夏の事 懐かしいと笑えたあの日の恋♪  此の歌詞にあるマリーゴールドの姿形が、ボンボンスタイルだったのか? それとも八重のようなスタイルだったのか? 一重の花だったのか? 歌詞からは何も分からないのですが・・・とにもかくにも、日本に出戻ったばかりの浦島太郎の僕には、なぜかとても印象に残る曲でした。  現在も相変わらずテレビの無い我が家ですので、未だに“あいみょう”さんの御顔を存じ上げていないし、その後の消息も全く分かりません。 お元気でご活躍されているのでしょうか?参考:マリーゴールドの植物生態分類(APGⅢ) 科名:キク科 Asteraceae亜科:キク亜科 Asteroideae属名:コウオウソウ属 Tagetes 英名:Marigold 和名:萬壽菊、千寿菊 学名:Tagetes L.原産地:アメリカ大陸 (約50種分布)日本渡来:江戸時代(寛永年間)