332 二人暮らし | プレ介護アドバイザーはまじゅんのおしゃべりサロン

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翌日の月曜日、みどりは退院した。

 

健太は、カフェ ル ボワ シャルマンで

朝一番にケーキとフルーツサンドを買うと、

午前11時に病院に迎えに行く。

 

健太は、遠回りして川沿いの桜並木の下を

通った。今年の桜は少し遅かったので、まだ

まだ満開だった。

 

家に着くと、まずはみどりを応接間に通して、

健太は紅茶を入れる。

 

テーブルにケーキとフルーツサンドを

並べると、やっと久しぶりにみどりの明るい

声が聞けた。

 

「わーい、ケーキとフルーツサンドだ。

病院の食事ってやっぱりおいしくないのよね。

久しぶりに美味しいものの匂いがする」

 

みどりは、サンドイッチを手に取ると、

クンクンと匂いを嗅ぎながら言った。

 

「おいおい、みどり、犬じゃないんだからさ。

ガツガツ食べると、胃がもたれるぞ」

 

「おあいにく様、健太、私の胃袋はそんなに

ヤワにはできてません」

 

みどりは機嫌よくケーキまで平らげた。

しかし、さすがに疲れたのか、

ソファの上で少し横になった。

 

「みどり、ベッドで寝たほうが良いんじゃ

ないか。

おふくろの部屋だけど、準備してあるぞ」

 

みどりは健太の言う事を素直に聞いて、

君江の部屋に入って、パジャマに着替えると

横になった。

 

「おふくろの使ってたものばかりで、

すまないな」

 

健太が言うと、みどりは首を横に

振りながら言った。

 

「ううん、おばさんの部屋だから良いの。

おばさんの匂いがするから。

とっても懐かしい匂い」

 

「夕飯になったら起こしに来るから、

ゆっくり寝てろ」

 

「健太、ありがとう」

 

ニコっと微笑んだみどりの顔は、

少女のようだった。

 

それから3日間、健太は家事をしながら、

みどりと色々話す。

 

みどりが、おそらく話したかったのに遠慮

して話せなかったことを、健太はひとつ

ずつ丁寧に聞いた。

 

今後の治療は、抗がん剤治療をするけれど、

仕事と両立しながらできるので、職場には

ゴールデンウィーク明けから復帰したいと、

みどりは言った。

 

健太は、みどりのアパートよりも職場に遠く

なるけれど、ここから通えばいいよ、と言う。

復帰したらしたで、身体への負担は大きく

なるに違いない。

 

洗濯や食事作りなど、健太は自分がすること

でみどりの負担を減らしたいと思っていた。

 

「当分、俺はみどりの主夫になる。

いや、執事かな。どんなご要望にも

お応えしますよ。みどり様」

 

「健太、良きに計らえ」

 

そんな軽口も出るようになって、

健太は少し安心した。

 

水曜日の午後、みどりが眠っている間に、

健太は特養にいる母親の君江に面会に

行った。

 

2月の終わりにグループホームで会って

以来だから、1か月半振りだ。しかも、

その間に特養に転所して、誤嚥性肺炎にも

なっている。

 

どんなにか衰えているかと思ったが、

意外と君江は元気そうだった。

 

ちょうど庭に咲いている桜の花が散り始めた

ので、健太は君江の車椅子を押して庭に出た。

 

君江は手を伸ばして、桜の花びらを取ろうと

する。なかなか取れないのだが、それを

楽しんでいる様子だった。

 

「おふくろ、はい。桜の花びら」

 

健太が花びらを取って、君江の手の平に

のせた。

 

「ありがとう、強さん」

 

君江は亡くなった夫の名前を言う。

 

「何だよ、おふくろ。親父が亡くなって

37年だよ。

相変わらず親父の事が好きなんだな」

 

健太は、心の中に温かいものが流れ込んで

くるのを感じた。

 

健太!  優しい時間だね!

 

TO BE CONTINUED・・