331 みどりの退院 | プレ介護アドバイザーはまじゅんのおしゃべりサロン

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「健太、みどりちゃん、今入院しているの」

 

姉の楓の言葉に、健太はビールのグラスを

持つ手が止まってしまった。

 

「入院?けがか?病気か?いつから?

大丈夫なのか?

何で俺に知らせてくれなかったんだ?」

 

健太の頭の中は、たくさんの?が駆け巡る。

 

健太が何か言いかけた瞬間、楓がそれを

さえぎった。

 

「健太、みどりちゃんから口止めされてたの。

健太の仕事が一番忙しい時期だから、

心配かけたくないって。

 

乳がんの手術をしたのよ、3月の半ばに。

去年の暮れの人間ドックで見つかってね。

でも仕事の段取りが付くまで、手術の日程を

入れなかったの。

 

もちろん、手術は無事成功したから大丈夫よ」

 

ここまで一気に話して、楓は一息ついた。

 

「健太の仕事のため」と言われたら、

二の句が告げない。

 

健太は、手にしたビールを飲み干すと、下を

向いて大きなため息をついた。

 

「健太、そこで相談があるんだ。

みどりちゃんの退院が来週の月曜日なんだが、

俺も楓さんも仕事が入っててさ。

 

健太に、迎えに行ってもらいたいんだ」

 

哲也が健太の肩を叩きながら言った。

 

健太は、富岡社長からお疲れ様の特別休暇を

もらって、来週は木曜日からの出勤だと、

さっき二人に告げたばかりだった。

 

「もちろん、俺で良ければ迎えに行くけど」

 

「それでね、もう一つ、お願いがあるの」

 

楓が顔の前で両手を合わせて、祈るような

ポーズをしながら言う。

 

「何だよ、姉貴。俺がいない間、姉貴には

色々迷惑かけたから、その分、何だって

聞くよ」

 

健太は、母親の君江の事を姉に任せっきり

だったので、ここは恩返しをしなければと

思っていた。

 

「健太、みどりちゃんをね、しばらく

この家で預かって欲しいの。

みどりちゃんね、退院しても1か月ぐらいは

自宅療養なの。

 

だけど一人暮らしでしょう。

絶対に無理すると思うのよね。

それに、一人にすると、仕事の事が気に

なって、絶対職場に連絡とかして、全然

療養にならないと思うの。

 

うちで引き取ることも考えたんだけど、

マンションで手狭でしょう。

みどりちゃんに逆に気を遣わせることに

なっちゃうし。

 

この家なら、部屋も空いてるし、健太は家事

全般何かと出来るから、みどりちゃんも

ゆっくりできると思うのよ」

 

健太は、楓の話を聞きながら、まんまと

二人の術中にはめられたな、と思った。

 

でも、考えてみれば楓の言う事は一理ある。

 

みどりが今どのような状態なのかは

分からないけれど、退院後にすぐに職場

復帰できるわけではないことは、健太に

もわかる。

 

しかも、あのみどりだ。

一人にすれば無理をすることも、仕事を

しそうなことも、目に見えるようだった。

 

今まで、健太が一番辛い時に、いつも側に

いてずっと支えてくれていたのは

みどりだった。

 

今度は、自分がみどりを支える番では

ないのか。健太は、何よりも早く、

みどりに会いたかった。

 

「姉貴、わかったよ。この家で良いなら、

みどりに来てもらうよ。俺がみどりを

ちゃんと監視して、無理をしないようにする。

 

でも、みどりが嫌がったらどうするんだよ」

 

哲也が健太の背中をドンと叩きながら言った。

 

「健太、本当に女心に鈍い奴だな」

 

翌日の土曜日、健太は楓の指示のもと、

みどりがゆっくり過ごせるようにと、

色々な物を買いに出かけた。

 

部屋は、君江の使っていた部屋にするとして、

ベッドパッドや寝具は新しいものに替えた。

 

ベッドサイドに置く引出し付きのテーブルや、

パジャマの上に羽織るガウンなど、楓の

心配りは本当に細かい。

 

タオル類も全部入れ替えて、風呂場で使う

シャンプーやリンスも、女性用の香りの

良いものを置く。

 

健太は、買い物よりも先にみどりに会いに

行きたいのに、楓に一日中振り回された。

 

翌日の日曜日、健太はやっとみどりの

見舞いに行くことが出来た。

 

「健太、ごめんね、ずっと黙ってて」

 

健太の顔を見るなり、みどりが言った。

ベッドの上に起き上がったみどりは、

少しやせて、顔に艶もない。

見るからに病人という顔をしている。

 

手術が無事終わったとは言っても、

いつものみどりの元気さを思えば、

10分の1もないと健太は感じた。

 

「みどり、俺こそごめんな。

仕事にかまけて、みどりの事、少しも気が

付かなかった。

本当は、もっと前からわかってたんだろう。

ずっと一人で、苦しい思いしてきたんだろう。

 

俺が、おふくろの事でいっぱいいっぱいに

なっていたから、誰にも相談できずに

いたんだろう。

 

一番辛い時に、側にいてやれなくて、

話聞いてやれなくて、ごめんな」

 

健太は、そっとみどりを抱きしめた。

 

健太!  優しいね!

 

TO BE CONTINUED・・