母親の君江の看取りについて、健太と
話し合った翌日、楓は特養の主治医と
面談した。
「それでは、佐藤君江さんに何か異常が発見
された場合、救急搬送はしないで、こちらの
ホームで最期を看取ってもらうという事で
よろしいんですね」
主治医は、もう一度確認した。
「はい、このノートに書いてある通り、母が
元気だったころに母の意思を聞き取って
書いたものですし、弟とも話し合いました」
「そうですか。弟さんとも話し合われたの
ですね。それなら良かったです。イザという
時に、ご家族で意見が合わずに、ホームの
スタッフが困惑することが時々あります
からね」
主治医の言葉に、同席していた看護師が
大きくうなずく。
「わかりました。それでは、本日の意思確認
については、こちらの書類にしっかり記録を
しておきます。
実際にそういう事態になった時には、ホーム
の担当者から、看取りプログラムについて、
詳しい説明がなされると思いますから」
楓は、主治医の話を聞きながら、健太と
話し合っておいて良かったと思った。
そして、そういう事態が、ずっと来ないで
欲しいと心の中で祈った。
3月の末日で、健太が参加していた
プロジェクトは無事に完了した。
最後の追い込みで疲れてはいたが、無事に
完成した建造物を見ると、関係者全員が
安堵と共に、誇らしさを感じていた。
翌日、健太は富岡建設を指名してくれた大手
ゼネコンの支社に、鳥居を連れて挨拶に行く。
支社長も同席する中、健太を指名した責任者
は、今回も無事に工期を守れたのは、健太の
お陰だと言った。
「いやいや、わが社のエースの鳥居を連れて
きて、本当に正解でした。今じゃあ、現場で
タブレットだのパソコンだのが自在にでき
ないと、工程監理もできない時代ですからね。
私なんて、突っ立ってるだけの時代遅れの
銅像ですよ」
健太は頭をかきながら、さりげなく鳥居を
支社長に紹介する。
「いやあ、富岡建設さんは、優秀な若手社員
をちゃんと育てていらして、さすがですね。
これからも、ご協力のほど、よろしく
お願いします」
大手ゼネコンへの挨拶を済ませると、健太は
鳥居に明日荷物を引き払って、自宅へ帰る
ように指示した。
健太は、それから2日間、下請けに入って
くれた業者さんや親方たちを回って、
一杯傾けながら労をねぎらった。
それから、自分の荷物を引き払って、4月の
最初の金曜日に自宅に戻った。
金曜日の夜、楓と哲也が来てくれて、
お疲れ様会を開いてくれた。でも、いつも
なら来るはずのみどりがいなかった。
年度初めの忙しい時期だからだろうと、
健太は思っていた。
そう言えば、3月は週末のLINEもあまり
していなかった。健太の仕事が忙しかった
こともあるが、途中からみどりが、自分も
忙しくてしばらく返事が出来ないからと、
送って来たからだった。
健太は、少し寂しさを感じながらも、週末も
仕事に追われていたので、特に気にも留め
なかった。
楓と哲也と3人でビールを傾けながら、
健太は何げなく聞く。
「ところで、みどりは余程仕事が忙しいのか?
3月中はほとんど連絡してこなかったよ」
すると、楓と哲也がお互いの顔を見合わせる。
「健太、みどりちゃん、今入院しているの」
健太! 寝耳に水だよ!
TO BE CONTINUED・・