97 デンジャラス スピーカー | プレ介護アドバイザーはまじゅんのおしゃべりサロン

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温泉旅行の翌日の月曜日、健太は今日も

渡辺さんが来てくれるからと母親の君江

に言った。

君江は渡辺さんのことを覚えていた。

 

昨日までの楽しかった温泉旅行の余韻に

浸りながら、健太は会社に向かった。

 

母親から聞いたお墓の移設の件は、

難しい手続きが分からないので、浩介に

墓じまいの方法を調べておいて欲しい

と頼んだ。

 

君江は、旅行の疲れが出たのか、健太を

送り出してからうたた寝をしていた。

気がついたら玄関のインターホンが

鳴って、渡辺さんが現れた。

 

渡辺さんは、君江がまだお昼を食べて

ないと聞いて、冷蔵庫にあるもので

簡単に焼きメシを作ってくれた。

 

君江が、美味しいと言いながら食べて

いると、インターホンが鳴った。

渡辺さんが出ると、「警察の者です」と

言って、いかつい顔の男の人が二人

立っていた。

 

渡辺さんは、君江に

「セールスマンが来たから、ちょっと

話して追い返してくるわね」

と言って、玄関の外に出た。

 

「あの、何でしょうか?」

警察官は、身分証明書を見せると言った。

 

「佐藤君江さんですか?」

「いいえ、違います」

 

渡辺さんは、君江が軽い認知症なので、

複雑な話は理解できないこと。

自分は、息子の健太に頼まれて、君江

さんの話し相手に来ていること。

もし、何なら息子さんの携帯電話番号を

教えるので、確認して欲しいと、自分の

免許証を見せながら説明した。

 

警察官は、それでは、息子さんに連絡を

取りたいと言うだけで、なぜ来たのかを

言わない。

 

渡辺さんはドキドキしながら、健太の

電話番号を教えた。

警察官は、健太にすぐに電話を入れた。

 

「はい、佐藤です」

「佐藤健太さんですか」

「はい、そうですが・・・」

「S署の者ですが、鈴木明を名乗る人物

の詐欺事件でお話をお聞きしたいの

ですが・・・」

 

渡辺さんはやっと納得した。あの怪しい

鈴木君は、結局詐欺事件で警察沙汰に

なったのだ。

 

警察官は、健太に事情を聞きたいと

言って、夕方5時半にまた家まで来る

ことになった。

健太が母親に聞かせたくないのでと

言ったので、駐車場の車の中で話を

することになった。

 

健太との電話を切って、

「佐藤君江さんは、お家の中ですか」

と警察官が聞いたので、渡辺さんは

言った。

 

「はい、今お昼を食べています。

その鈴木君が来るといけないからって、

私が頼まれて来ているんです」

 

「そうでしたか。彼らはもう来ないと

思いますから、安心してください」

 

警察官はそう言って、帰って行った。

 

「渡辺さん、どうしたの」

家の中に戻ると、君江が聞いた。

 

「ちょっとしつこいセールスだったから、

時間がかかっちゃたのよ。

君江さん、ごめんなさいね」

 

健太は、見慣れない番号から電話が

かかってきたと思ったら警察官だった

ので、びっくりしてしまった。

残業をやめて、早目に帰らせてもらうこと

にしたが、駐車場に車を入れると母親に

気づかれるかもしれない。

困った時のみどり頼みで、ケアマネジャー

の田中みどりに電話をしてみた。

 

「健太、仕事中じゃないの?どうかしたの」

「みどり、今、警察から電話があってさあ」

「健太、何やらかしたの!」

 

早とちりのみどりは、健太が何か悪いこと

をして、警察から電話があったと思った

ようだった。

 

健太は、あわてて事情を説明した。そして、

今日の午後5時半ごろに、家に来て母親の

相手をしてもらえないかと聞いた。

 

「やっぱり、あの鈴木君は悪い奴だった

ってことね。あー良かった。おばさんが

騙されずに済んで。

じゃあ、5時半に健太の家に行くね」

 

みどりの返事に、健太は安心した。

 

夕方5時半、みどりは駐車場に車を入れ

ると、家の中に入って行った。

 

「おばさん、みどりです。近くに来たから、

鶴屋のどら焼き買ってきたの。

一緒に食べましょう」

 

君江は、みどりとどら焼きを食べながら、

温泉旅行の楽しかった話をいっぱい

おしゃべりしていて、健太の車が駐車場に

入ったのにも気づかなかった。

 

健太が車を停めると、私服の警察官が二人

現れて、車に乗り込んだ。

 

「実は、佐藤さんからの情報提供のお陰で、

鈴木明と名乗る詐欺集団の事件が発覚しま

した」

 

「そうでしたか。やっぱり怪しいと

思ったんです」

 

警察官の説明はこうだった。

鈴木明の名刺を使って、昼間一人の高齢者

を訪問していたのは、S市内で10数人。

彼らは、介護保険サービスを利用している

高齢者ばかりを狙っていた。サービス

利用者は、心身が弱まっているので、

判断能力も衰えていると考えたからだ。

 

では、なぜ、そのような高齢者の情報を

得ることができたのか?

それは、町内に大抵一人はいる

「スピーカーおばさん」の心を

つかむ事から始めていたからだ。

 

君江の場合は、お向かいの加納さんが、

デイサービスの曜日や、息子と二人暮らし

だとか、昼間は一人だとかの情報を、

ペラペラと話したようだ。

 

彼らは、言葉巧みに高齢者に近づき、

最初は試供品だと言ってタダで健康食品

を配り、信頼関係を築いたところで、

大量に買わせたり、キャッシュカードを

借り出してお金を下ろしたりという手口で、

色々な県で高齢者を餌食にしてきていた。

 

幸い、S市では、健太からの情報提供が

あって、高齢福祉課が先週の水曜日に

一斉にファックスを送信したため、大勢の

人が犠牲にならずに済んだ。

 

ただ、ファックスが流れたことを察知した

彼らは、今までの元手を取るために、少々

手荒いことをした。

情報提供者であるスピーカーおばさん

たちに、今までのお礼を振り込むからと

言って、キャッシュカードを出させて、

市役所に提出すると偽って書類を書かせ、

印鑑がいるからと言って、奥に印鑑を

取りに行かせたスキに、キャッシュカード

を奪って逃走した。

 

そして、10数人の鈴木君が一斉に、

すぐにATMで200万円を引き出して、

事務所も片づけてドロンしたのだ。

 

「という事は、お向かいの加納さんは

200万円だまし取られたのですか」

 

健太が聞くと、警察官は答えた。

 

「暗証番号をお孫さんの誕生日にしていて、

言葉巧みにしゃべらされたようですね」

 

そうか、それで、哲也が言っていたことが

わかった。鈴木君はいつも加納さんの

駐車場に車を停めて、近所の年寄りを

騙しに出かけていたのだ。

 

「いやあ、まったく、スピーカーおばさん

というのは、犯罪者にとっては、貴重な

情報源ですが、善良な市民にとっては、

危険なおしゃべりとも言えますな」

 

結局、その詐欺集団は捕まっていないので、

証拠を集めるのに協力して欲しいと健太は

言われた。

健太は、母親から名刺を受け取っただけで、

鈴木君との面識もない。

 

「ちょうどその鈴木君と面談したケアマネ

さんが今来ているので、呼びましょうか」

 

健太は、みどりに電話をして、ちょっと

外に来て欲しいと言った。

 

「おばさん、ちょっと仕事の電話。

外で話してくるね」

 

みどりはそう言って、警察官の所に来た。

 

みどりは、ポケットから鈴木明の名刺を

出した。きれいにラップで包んである。

 

「絶対に怪しいと思ったので、私の指紋が

付かないように気を付けて受け取りました。

それから、写真は撮れなかったけど、

音声は録音してあります。何なら、似顔絵

を描くのも協力しますよ」

 

健太は、みどりがテレビの刑事ドラマの

見過ぎではないかと思って笑ったが、

警察官の二人はとても感心していた。

みどりは、自分の名刺を渡して、後日協力

することを約束した。

警察官は、感謝しながら帰って行った。

 

「みどり、おふくろが騙されずに済んで、

本当に良かったよ。これも、みどりや

哲也のお陰だよ。ありがとな」

 

健太は、両手を合わせてみどりを拝んだ。

 

「さあ、健太、おばさんには、私が旅行の

お土産を欲しいって言ったから、

早く帰って来たってことにするわよ」

 

母親に、早く帰ってきたことを、

どうやって言い訳しようかと

考えていた健太は、さすがみどり!

と思った。

 

「健太!まさか、私にお土産買ってこな

かったとは言わないでしょうね」

 

健太! ちゃんと買ってあるの?

 

TO BE CONTINUED・・・