「おじいちゃんって早くに亡くなったん
だよね。病気だったの?それとも事故?」
颯介の疑問に母親の楓が話し始める。
「あれはね、私が小学校6年で、健太が
4年の時ね・・・」
父の佐藤強は建設会社に勤めていて、
その頃工期が遅れているとかで、連日
帰宅が深夜で土日も出勤していた。
その日も、午前0時近くに帰宅した
のだが、玄関に迎えに出た母、君江
の前で急に倒れ込んだ。
「キャーッ」と叫ぶ母の声で、楓は
目を覚まして、急いで玄関へ行く。
倒れている父の横で母が、必死で
声をかけていた。
やがて、救急車が来て、母は一緒に
乗って行ったが、父はそのまま
帰らぬ人となった。
「今なら、過労死だよね」
と浩介が言って、楓はうなづいた。
「35年前だし、小さな会社だった
しね」
職場で倒れたならまだしも、自宅で
倒れたのだからと、会社はたいした
補償はしてくれなかった。
それどころか、葬式に来た社長が
「肝心な時に死なれて、工期が間に
合わないじゃないか」
と言ったのを、楓は今でも覚えている。
母が、小さな肩を震わせながら必死で
耐えていた姿も・・・。
「俺、幼かったんだな。何にも
覚えてないよ」
健太は、父の葬式のことは、大勢の人が
次から次から来たことや、見たことも
ない東北の親戚の人たちが、たくさん
来た事しか覚えていない。
強は農家の三男坊だったが、親にして
みれば大事な息子が早死にしたのだから、
怒りの矛先は全て君江に向かった。
母が作った食事が悪いだの、健康管理が
できていないだのと散々君江をなじって
帰って行った。
それ以来、強の身内とは絶縁状態だ。
「おばあちゃん、可哀想すぎる・・・」
颯介は涙目になっている。
「でもね、良いこともあってね。
会社の同僚や、職人さんたちが、社長が
ひどすぎるって言って、みんなでカンパ
したお金を後で届けてくれたの。
持ってきてくれた代表の人が、
『ご主人は、現場の職人にも我々にも
分け隔てなく接してくれる、優しくて
誠実な人でした』
って言ってくれたの」
その時、君江が葬儀以来初めて声を
あげて泣いたのを、楓は知っていた。
「それから、おばあちゃん、どうしたの。
ちゃんと食べていけたの?」
颯介が心配そうに聞く。楓は、颯介を
安心させるように話した。
「大丈夫よ、颯介。お父さんはね、
建設業は危ない現場が多いからって、
生命保険にしっかり入ってくれていたの。
お陰で、私が入学する時に建てたあの家
の借金も返せて、まだ手元にも少し残った
から、親子三人、路頭に迷うことは
無かったのよ」
だが、育ち盛りの子供を二人抱えて、
これからは自分が働かなければならない。
どうしたものかと、君江は喫茶店ひまわり
のママとマスターの所に相談に行った。
「前に働いていた会社には、戻れなかった
の?おばあちゃん、経理をしていたん
だから」
浩介が言うと、楓は首を横に振った。
「お父さんが死んだとき、お母さんは
40歳よ。昔の会社は寿退社と言って、
結婚したら退社するのが当たり前。
安い給料の若い事務員さんをどんどん
入れ替えていくのが普通の世の中だったの」
ひまわりで君江は、強の生命保険のお陰で
当面の暮らしは何とかなることのありがた
さと、これからの生活の不安を話していた。
ちょうど、その話を常連の生命保険会社の
営業の人が聞いていた。
「あなたの今のお話、たくさんの方々を
救うことのできる素晴らしい体験談です。
一緒に生命保険で、皆さんの暮らしに
安心を届ける仕事をしませんか?」
君江はその話を聞いて、自分の経験が
役に立つならと、生命保険会社で仕事を
することにしたのだ。
「俺、そんな話全然知らなかったなあ」
健太がボソッと言った。
「私が離婚した時に、お母さんが教えて
くれたの。あなたの人生の参考になる
かもしれないからって・・・」
楓が言うと、男3人は納得した顔で
うなづいた。
「僕、おばあちゃんがそんなすごい人生
送ってきたなんて、全然思わなかったよ。
おばあちゃんは、いつも明るくて元気で、
優しいおばあちゃんだから」
颯介が言うと、健太も言った。
「俺だって、今日初めて聞いた話ばっかり
だよ。何十年も一緒に暮らしてても、
こういう話はなかなか聞けないからな。
今日は、ホントに良い一日だったよ」
健太! 「人に歴史あり」だね!
TO BE CONTINUED・・・