93 温泉旅行 | プレ介護アドバイザーはまじゅんのおしゃべりサロン

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翌日の土曜日、温泉旅行に出発する日。

 

母親の君江が支度に時間がかかるだろう

からと、朝はゆっくり目の出発で、特急

列車に乗って出かけるように、浩介が

手配をしてくれていた。

 

浩介と颯介が先に特急に乗り込み、健太

達3人はS駅から合流した。

浩介が買っておいた駅弁を食べながら、

5人は車窓から見える景色を楽しんだ。

 

目的地の温泉駅に着くと、5人が1台に

乗り込める大型のタクシーが予約して

あった。

 

タクシーは、テレビドラマのロケでよく

使われる、有名な海岸や砂浜を案内して

くれて、その後、海を眺めながら美味

しいパフェを食べられると人気の

カフェに案内してくれた。

 

5人は、思い思いのパフェを注文した。

健太は、母親の君江が残すのではないか

と思ったが、君江はフルーツパフェを

ペロッと平らげた。

 

早目に旅館に入って、5人は交代で海の

見える家族専用露天風呂に入った。

 

姉の楓は母親の君江と入り、健太は浩介

と颯介に背中を流してもらった。二人が

小学生の頃はよく一緒に風呂に入ったり

したが、大人になった二人と一緒に入る

のは、感慨深かった。

 

夕食は、食堂で豪華な料理に舌鼓を

打った。

食べきれなかった分は、きれいにパック

してくれて、部屋で飲むおつまみになる

ようにしてくれるサービス付きだった。

 

部屋に戻ると、楓が浩介と颯介に早めに

話を始めるように促した。母親の君江が

眠くなってしまうと困るからだった。

 

浩介が、「私のこれからノート」を取り

出すと、颯介がさりげなく話を切り出す。

 

「ねえ、おばあちゃんって、食べ物では

何が好きなの?」

 

「そうねえ、昼間食べたパフェも好き

だけど、やっぱりかつ丼かなあ」

 

「どうして、かつ丼が好きなの」

 

と颯介が不思議そうに聞くと、君江が

子供の頃の思い出を話し始めた。

 

君江の両親は、S市からずっと山の方に

入っていった所の上ノ山村で、よろず屋

を営んでいた。

農具から日用雑貨、化粧品にタバコ、

食料品まで扱っていたので、年末年始は

大忙しで、正月どころではない。

毎年、明日から学校が始まるという日に

店を休んで、家族でS市のお稲荷様に

初詣をするのが恒例だった。

お稲荷様の参道にある食堂で、年に1回

だけ食べられる贅沢がかつ丼だった。

父と母、6歳年上の兄康平と2歳下の妹

華江、家族5人で楽しく食べたごちそう

の思い出が、かつ丼を食べるたびによみ

がえるのだ。

 

「そうか、それでおふくろはいつも、

かつ丼を注文するんだな」

 

健太はやっと、君江の想いが理解できた。

 

そこから、君江の幼い頃の思い出話に

なった。

 

「おばあちゃんの小学校はどこなの?」

 

「上ノ山小中学校だよ。村に一つしか

なかったからね」

 

「小学校の時は何が得意だったの?」

 

「算数とソロバン、いつもお店の手伝い

していたから、暗算はお手の物だわ」

 

「中学では何が得意?」

 

「数学と音楽。コーラス部で歌ってたの」

 

「小中学校で一番の思い出は何?」

 

「学校に登っていく坂の両側に桜並木が

あってね。春になると、それはきれい

だったわね」

 

君江の目が遠くを見つめているよう

に見えた。

 

「高校はどうしたの?」

 

「S市の商業高校に通ったの。ただ、バス

で1時間以上かかるし、バスが1日に4

往復しかなかったから、朝は1番バスに

乗って、帰りは部活なんてやってられ

なかったね」

 

「それは、大変だったね、おばあちゃん」

 

「でもねえ、あの頃はまだ中学卒業して

就職する子もいたから、高校に行かせて

もらえるだけでも嬉しかったの」

 

そこから、兄や妹の話になった。

康平兄さんは、工業高校で遠かったから

下宿して通ってたこと。

妹の華江は、君江と違って勉強はあまり

得意じゃなかったが、美人で愛嬌が良く

て村一番の人気者だったこと。

父親が、高校に行かせなくてもと言った

が、母親が2歳しか違わない姉妹で差を

つけるのは可哀想だと言って、商業の隣

の、料理や裁縫や栄養のことを学ぶ

家政科の女子高に入れたこと。

 

次から次から昔の思い出話を話す君江を

見て、健太は「よく覚えているものだ

なあ」と感心した。

 

颯介は、祖母の君江の人生をたどるのが

面白いのか、順番に話を聞いていく。

浩介は、話を聞きながら「これから

ノート」に整理してメモしていく。

 

「この調子で話していたら、一番聞き

たい肝心のお墓や葬式や延命治療の話

にたどり着けないだろう・・・」

 

健太は、話を二人に任せた手前、

口出しはしなかったが、内心少し

イライラしてきた。

 

健太! 焦らない!

 

TO BE CONTINUED・・・