92 鈴木君は誰? | プレ介護アドバイザーはまじゅんのおしゃべりサロン

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月曜日、KBL(君江防衛ライン)は

発動した。

 

昼過ぎに、健太の家の駐車場に2台

の車が停まっていた。

 

君江は応接間で、みどりともう一人

の男性と楽しく話をしていた。

その時、いきなり応接間の扉が開き、

誰かが入ってきた。

 

「君江さん、いますか。鈴木です」

 

入ってきた鈴木と名乗る人は、

応接間の中に君江以外に二人の人が

いるのにギョッとした顔をした。

 

「おい、君、インターホンも鳴らさ

ずに、勝手に他人の家に上がり込んで、

どういうつもりだ」

 

男の人が叫んだ。鈴木君はびくびく

しながらも言った。

 

「僕は、君江さんの知り合いの鈴木

です。いつもこうして君江さんの

ところにお邪魔しているんです。

ねえ、君江さん」

 

鈴木君は、君江の方を見た。君江が

うなづいたので鈴木君は強気になった。

 

「あなたたちこそ、どちらの方

ですか?」

 

「私は、弥生居宅介護支援事業所の

所長でケアマネジャーの田中みどり

と言います。」

 

みどりが、写真入りの身分証明書を

見せた。

 

すると、「僕は、鈴木明です」と

言いながら、名刺をみどりに渡した。

 

「君の免許証を見せてくれないか」

 

間髪を入れず、男の人が言った。

 

「ど、どうして、免許証を見せないと

いけないのですか?」

 

と鈴木君が言うと、男の人は畳み

掛けるように言った。

 

「こちらは写真入りの身分証明書を

見せているんだ。

名刺なんて、どこでも作ることは

できる。

君が、本当に鈴木明だという事を

証明するためにも、免許証を見せ

たまえ。

君は、ここに車で来ているんだろう。

それなら免許証を持っているはずだ。

もし、持っていないなら免許証不携帯

だから、警察を呼ぶことになるな」

 

この言葉を聞いて、鈴木君はひるんだ。

 

「君江さん、僕ちょっと用事を思い出

したんで・・・」

とだけ言うと、あわてて部屋を出た。

 

その後を、男の人が追いかける。

 

「君、待ちたまえ」

 

男の人が後をついて行くと、鈴木君

は玄関を出て、道路の向かい側の家

の駐車場に向かった。

そして、車に乗り込むとあわてて

車を発進させた。

 

男の人は、応接間に戻ると、

みどりに報告した。

 

「あいつ、向かいの家の駐車場に

車を停めていたぞ」

 

「ありがとう、中村君。

やっぱりこういう時は、男の人の方が

すごみがあって良いわね」

 

みどりが言うと、中村哲也は笑いながら

言った。

 

「あいつ、相当ビックリしたみたい

だな。まさか、君江さんの家にこんな

防衛隊がいるとは思わなかっただろう

からな」

 

君江は訳が分からず、キョトンとして

いる。みどりは、ゆっくりした口調で

君江に話をした。

 

「おばさん、あの鈴木君って人、

嘘の名前だったみたいよ」

 

「えっ、そうなの?」

 

君江はびっくりしている。

 

「嘘の名前を使ってお年寄りに近寄る

人は、だいたい悪いことをする人なの。

おばさんもそう思うでしょう」

 

「そうねえ。でも鈴木君、とっても

優しくて良い子だったわよ」

 

君江はまだ納得がいかない様子だった。

今までずっと信じてきた人を、急に疑え

と言っても無理なことだろう。

 

みどりは腕時計を見て、中村哲也に言う。

 

「中村君、私そろそろ仕事に戻らないと。

でも、あの人、私が出て行った後に、

また来るかもしれないから、もう

しばらく居てくれる?」

 

「みどりちゃん、僕は今日は夜勤だから、

まだ時間の余裕があるから大丈夫だよ」

 

中村哲也の言葉に、みどりは安心した。

 

「それじゃあ、おばさん、私はこれで、

おいとましますね」

 

「あら、そう、じゃあ、みどりちゃん、

ありがとうね」

 

みどりは、君江に頭を下げると、

応接間を出て行った。

 

「あっ、おばさん、僕はもうしばらく

居ても良いですか。おばさんと話して

いたら、なんだか懐かしくなっちゃって」

 

中村哲也が言うと、君江は嬉しそうに

言った。

 

「そう、中村君、それなら、お茶でも

入れましょうかね」

 

「おばさん、僕も一緒に行きますよ」

 

中村哲也は、健太の中学の同級生で、

今は介護福祉士として特養(特別養護

老人ホーム)で仕事をしているので、

君江が台所でどのような動きをする

のかを観察していた。

 

一方、みどりは仕事の合間を縫って、

心配しているだろう健太にLINEをした。

 

「鈴木君撃退成功!詳細は夜に電話でね」

 

健太は、このLINEを見てホッと胸を

なでおろした。

 

その夜、君江が自室に入ってから、

健太はみどりに電話をした。

 

みどりは、中村哲也に協力してもらった

ことを告げた。健太は、みどりが哲也を

呼んでいたことに驚いた。

 

「だって、もし鈴木君が体の大きい

おじさんだったら、私一人では対峙

できないでしょう。でも、その実は、

色の白い20歳代前半の気の弱そうな

男の子だったわよ」

 

健太は、鈴木君がお向かいの加納さん

の駐車場に車を入れていたことに疑問

が残った。

 

とりあえず、月曜日は無事に終わった。

健太は、夜勤の哲也には、明日お礼の

メールをしようと思った。

 

水曜日、昼頃に佐藤家のインターホン

が鳴った。

「こんにちは。健太君の知り合いの渡辺

です」

 

この日は、渡辺さんが君江の話し相手を

してくれる日だった。

健太は火曜日の夜に、君江に渡辺さんの

ことを話しておいた。

 

「おふくろ、前にショッピングモールで

会った渡辺さんって覚えてるかなあ。

ご飯食べるところで会った女の人」

 

「ああ、健太の知り合いの人でしょう」

 

君江はやはり渡辺さんが元同僚だった

ことを忘れている。

 

「うん、その渡辺さんがね、定年して

時間を持て余しているから、おふくろと

話がしたいんだって。

明日の昼頃来るんだけど、

お相手してもらって良いかな」

 

「そうね、健太のお知り合いなら、

お話しても良いわよ」

 

何とか君江の了承を得ることができたので、

健太は安心した。

 

渡辺さんには、月曜日のいきさつを話して

おいた。そこで、渡辺さんは、君江と話し

ながらも、外の物音に気を付けるように

していた。

 

渡辺さんは、健太の知り合いという立場で

君江に会いに来たけれど、以前に清掃会社

で働いたことがあると話して、君江の昔話

に合わせてくれた。

 

午後3時頃までいたが、特に誰も来なかった

ので、渡辺さんは「また遊びに来ますね」

と言って帰っていった。

 

その夜、みどりのLINEを通じて、中央包括

の早川さんから連絡が入った。

 

市役所の高齢福祉課から、市内の各地域包

括支援センターと、居宅介護支援事業所

(ケアマネジャーの事業所)宛に、注意

喚起の文書が一斉にファックスされた。

 

金曜日、KBLの最終日、健太の姉の楓が、

明日からの温泉旅行の支度を持って、

昼前に現れた。

 

驚いている君江に楓は言った。

 

「お母さん、明日から温泉旅行でしょう。

お母さんの旅行の準備のお手伝いがしたく

なっちゃって、先に来ちゃったの」

 

昼ご飯を一緒に食べた後は、旅行の準備

をしたり、旅行での過ごし方などを話し

たりして過ごしたが、特に誰も訪ねて

来なかった。

 

健太が帰宅すると、姉の楓が言った。

 

「こらしめてやろうと張り切っていた

のに、なんだか拍子抜けしちゃった。

でも、まだまだ油断はできないわよね」

 

そこで、健太は渡辺さんに連絡して、

週明けの月曜日も来てもらえるように

頼んだ。渡辺さんは君江とのおしゃべり

が楽しかったらしく、喜んで引き受けて

くれた。

 

健太はやっと安心して、温泉旅行の

準備を始めた。

 

健太! 楽しんできてね!

 

TO BE CONTINUED・・・