デイサービスの契約を土曜日に終えて、
翌日の日曜日に、健太の姉の楓は母親
の君江を連れてショッピングモールに
買い物に行くことにした。
「お母さん、デイサービスに持って
行くものを入れる専用のおしゃれな
バッグが欲しいわよね」
楓は、下着類も新しく買おうと思った。
母親のタンスをチェックすると、はき
古したものばかり。
倹約家の母親らしいと思ったが、人前
で着替えるとなると、やはり見栄えが
気になるところは女同士だった。
「姉貴、ショッピングモールに行ったら、
迷子にならないように気を付けてくれ
よな」
健太は楓に、先回出かけた時に迷子に
なりそうになった話をした。
「大丈夫よ、健太。私は健太と違って、
トイレの中まで一緒に行けるからね」
母親の君江と楓は、楽しそうに出かけ
て行った。
健太は、母親の元同僚の渡辺さんに
電話をした。
母親が認知症だと気が付いてくれて、
何かあったら協力してくれると言って
くれた人だった。
デイサービスの利用が来週から始まる
と報告すると、渡辺さんはとても
喜んでくれた。
「健太君、これで一安心ね。包括さん
とかデイサービスとか、いろんな人の
目が行き届くようにしておくのが一番よ」
渡辺さんは、義理のお母さんの介護経験
があるので、色々と頼りになる存在だ。
「健太君、デイサービスに行かない日で、
君江さんの話し相手が必要だと思ったら、
いつでも声をかけてね」
渡辺さんは、本当に気が利く人でありが
たいと健太は思った。
母親の君江がデイサービスを利用する
ようになって、健太は母親との会話の
話題が増えたように思った。
「今日は、こんなものを作ったのよ」
とデイサービスのレクレーションで
作った作品を持って帰ってきたり、
「介護士の佐々木君って颯介に似ている
のよ」とスタッフの話をしてくれたり、
母親はとても楽しそうだった。
毎週火曜日と木曜日に利用することで、
曜日の感覚や日にちの感覚も戻って
きたようだ。
時間も間違えずに支度をしているようで、
デイサービスからの連絡帳にも、お迎え
の時には、玄関先まで出ていることも
多いと書いてあった。
「みどりも言っていた通り、おふくろに
生活の上での適度な刺激や規則正しい
生活習慣があれば、認知症の進行も
抑えられているみたいだな」
同級生のケアマネジャー田中みどりに、
今が踏ん張り時だと言われたのを、
健太は思い出していた。
デイサービスの利用が始まって、2か月
近くが過ぎた。2週間後には温泉旅行だ、
と健太も君江も楽しみにしていた。
そんなある日、デイサービスの無い水曜
日だった。健太が帰って来た時に、
玄関先に見慣れない箱が置かれていた。
「おふくろ、この箱は何だい?」
「ああ、それは、鈴木君が持ってきて
くれたのよ」
君江は、ニコニコしながら答える。
「鈴木君って、誰だ?」
「市役所の方から来たって言って、時々
お話をしに来てくれるの。とっても
楽しいお話をしてくれる鈴木君よ」
健太は、今まで聞いたこともない話に
違和感を感じた。
「この箱には何が入っているんだ?」
「年寄りが食べると健康に良いお菓子
ですって!」
健太は急いで箱を開けてみた。
カルシウムやビタミンを強化した
ビスケットです、と書かれた袋が
4つ入っている。
「おふくろ、いくら払ったんだ?」
健太がキツイ口調で言ったので、
君江はビクッとした。
「何を言ってるの、健太。試供品だから
タダで良いって、鈴木君が置いていって
くれたのよ」
「本当に、払っていないんだな」
健太は、念を押した。
「健太、何を怖い顔をしているの。
鈴木君は優しくて、とってもいい子
なのよ」
君江は、その鈴木君というのを信じ切って
いる。
これ以上、何を聞いても無駄だと思って、
健太はその話をやめた。
本当に試供品を持って来ただけなら、
被害を受けたわけではないし、どこに
相談することもないか・・・
健太は、違和感を持ちながらも、
誰にも言わなかった。
次に健太が箱を見つけたのは、金曜日
だった。
今度は、台所の棚に入れてあった。
玄関先に置いてあると、健太に見つかって
叱られると思ったのだろう。
「おふくろ、今日もその鈴木君が来た
のか?」
「そうよ。今度は体にいいジュースの
試供品を持ってきてくれたのよ。
健太も飲んでみる?美味しいのよ」
君江は嬉しそうに箱から紙パックを
出すと、健太に渡した。鉄分強化で
健康に良いと書かれた野菜ジュースだ。
「おふくろ、今回もタダなのか?」
「そうよ、鈴木君が言うにはね。S市の
お年寄りが元気になるようにって、
配っているんですって。親切でしょう」
「おふくろ、何か他に貰っていないか?
何か紙に名前を書かされたりとかして
いないか?」
君江は、キョトンとしている。
健太は、ここは怒ったりせずにじっくり
話を聞かないとまずいと感じた。
「おふくろ、その鈴木君は、毎日
来ているのか?」
「月曜日と水曜日と金曜日に来て
くれるのよ」
「何時ごろ来るんだ」
「そうね、だいたいお昼ご飯を食べ
終わったころね」
「どれぐらい長くいるんだ」
「さあ、1時間ぐらいかしら。鈴木君
のお話がとても楽しいから、時間の
ことなんて気にならないから」
「いつごろから、来ているんだ」
「先週からよ」
「先週も何か箱を持って来たのか」
「先週は、お話だけだったの。家族の
こととか、デイサービスのこととか、
病気のこととか色々おしゃべりしてね。
それで、その人に合った試供品を持って
きてくれるようになったのよ」
健太はこれはまずいと思った。母親は、
鈴木君の口車に乗って、個人情報を
ペラペラしゃべっている。
今は、タダでくれているかもしれないが、
その内に契約させられるか、支払いに必要
だとか言って通帳やキャッシュカードを
盗られるか。
どちらにしても、昼間一人でいる高齢者を
狙って、言葉巧みに近寄って、しかも
2週間の間に6回も、デイサービスの無い
日を狙って通ってきている。
それにしても、どうして急にうちの母親が
狙われたのだろうか。
おふくろは、前から昼間一人だし、急に
狙われたのは、何かあるのだろうか・・・。
健太は不安でいっぱいになったが、鈴木君
を信頼しきっている母親に、自分の不安を
ぶつけたところでどうしようもないと
思った。
「みどりに相談しようか・・・」
と一瞬考えたが、待てよ!と思った。
たしか、地域包括支援センターの業務の
中に、悪質商法から高齢者を守るという
のもあったはずだ。包括のパンフレット
に書いてあった。
これは、明日包括に相談するしかない、
と健太は思った。
「おふくろ、その鈴木君って名刺とか
チラシとかは持ってきてないの?」
「ああ、最初の時に、名刺をくれたわよ」
おふくろのくれた名刺には、
「S市の高齢者の健康を守る、○○商事」
と書いてあって、
「コーディネーター 鈴木 明」
と書いてある。
住所は、市役所と同じ町で、番地だけが
違う。
これなら、市役所の依頼で来たと
高齢者は勘違いするだろう。
「タダで貰っている間に気が付いて
良かった。
それにしても、おふくろをだますなんて」
健太! 怒りだね!
TO BE CONTINUED・・・