82 温泉へ行こう | プレ介護アドバイザーはまじゅんのおしゃべりサロン

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母親の君江の要介護認定申請のための

訪問調査の日、佐藤健太は市外の建設

現場で監督をしながらも、時間が気に

なって仕方がなかった。

 

あまりに、時計をチラチラ見るため、

現場の職人さんにからかわれた。

 

「監督、子供でも生まれるんですか」

 

「おいおい、俺は花の独身だぞ!」

健太がやり返すと、

「それじゃあ、猫の子でも生まれるん

ですかね」とやり返された。

 

「まさか、親の要介護認定だなんて

言っても通じる訳ないしな・・・」

 

健太は、姉の楓からの連絡を待って、

ソワソワしていた。

 

午後4時近くになってやっと入った

メールには、「ミッション コンプ

リート」しか書かれていない。

 

「まあ、仕方ないか。おふくろの前で

長文のメールも書けないしな。どうせ、

今日姉貴は泊まるんだから、ゆっくり

話を聞けばいいや」

 

健太は、何とか心を落ち着かせた。

 

夜、9時近くに帰ると、姉の楓が夕飯の

支度をしてくれて、今から母親の君江と

一緒にお風呂に入るという。

 

健太が、夕飯のかつ丼をパクついていると、

風呂場から二人の明るい笑い声が聞こえた。

 

風呂から出た君江に健太が聞いた。

 

「おふくろ、姉貴と風呂に入ったのは、

何十年ぶりだ?」

 

「旅行で一緒に入ったことはあるけど、家の

風呂はそれこそ30年以上前だわね。

楓ったら、私を子供みたいに扱って、

頭までゴシゴシ洗うのよ」

 

君江は文句を言いながらも嬉しそうだった。

 

「健太も早く入りなさい」

 

楓に促されて、健太も早速風呂に入った。

風呂を出ると、母親は自室に戻っていて、

楓は布団を敷いた座敷にいるようだった。

 

「姉ちゃん、ちょっといいかな」

健太は頭をふきながら、座敷に入った。

「何よ、レディの寝室に忍び込むつもり?」

楓がふざけて言った。

 

楓は今日の訪問調査の様子や、お向かいの

加納さんに会った事などを報告した。一通り

報告を聞いた後、健太は言った。

 

「実は、相談があるんだ」

 

健太は、この前みどりに言われてから、

ずっと考えていた。今自分が母親のために

できることは何だろうかと。

 

「姉ちゃんと俺とおふくろと、浩介と颯介の

5人で温泉に行かないか」

 

「あら、それは良いわねえ。浩介が中学に

上がってから、ずっと5人では旅行に行って

ないものね。かれこれ、10年以上よね」

 

浩介と颯介が小学生の頃は、毎年温泉や

海水浴に連れて行っていたが、浩介の部活

が忙しくなってからは、5人で出かける

ことも無くなっていた。

 

「でも、急になあに?」

 

楓に言われて、健太はみどりに言われたこと

を話した。と言っても、自分が涙でグシャ

グシャになったことは、もちろん内緒だ。

 

「それなら、私からも提案があるの」

 

今度は、楓が言った。

 

「今日の調査の時にね、お母さんの兄弟姉妹

の話を聞かれたの。

康平おじさんは6年前に亡くなったわよね」

 

君江の兄の康平は6つ年上で、関東に長男家族と

暮らしていたが、75歳で脳卒中で亡くなって、

君江は一人で葬式に出かけていた。

 

妹の華江は2歳下で、やはり関東に長女家族と

暮らしていたが、君江とはあまり親しくして

いなかった。

 

「でね、華江おばさんと、おじさんのお葬式

以来、一度も連絡とっていないんですって!」

 

「だって、姉ちゃん、華江おばさんはエリート

サラリーマンの嫁さんで苦労知らずでさ。

いつもおふくろのことを下に見てバカにして

たんだぜ。

俺は、あの人のこと嫌いだし、おふくろだって

会いたくないんじゃないかなあ」

 

健太は強い口調で言った。

 

「そうかしら。昔はともかく、華江おばさん

だって、もうたしか73歳よ。

6年も会ってなかったら、おばさんだって病気

しているかもしれないし、お母さんだって、今

のうちに会わせてあげたほうが良いと思うの」

 

「今のうちに」という楓の言葉に、健太はハッと

した。そうだった。急がないと、おふくろは実の

妹のこともわからなくなるかもしれなかった。

 

「わかったよ。華江おばさんのことは姉ちゃんに

任せるよ」

 

「うん、それじゃあ、おばさんの連絡先、後で

教えてね。早速連絡取ってみるから」

 

楓は、ホッとした顔をしている。

 

「ああ、それと、旅行の件だけど、それも

姉ちゃんに任せていいかなあ。

浩介と颯介の行きたいところもあるだろうし。

金の方は俺が全部出すからさ」

 

「あらー、羽振りが良いわね。宝くじでも

当たったの?」

 

楓が茶化して言うと、健太がボソッと言った。

 

「違うよ。貯めておいたってしょうがない

だろう」

 

君江の老後のためにと思って、少しずつ

貯めておいたお金も、今使わなければ意味

がないと健太は思っていた。

 

「じゃあ、健太がお休み取れそうな土曜日

を先に言ってよね。

浩介と颯介は土日はお休みなんだから」

 

「うん、わかった。そう言えば姉ちゃん、

認知症の講座、いつ行くんだった?」

 

「次の次の日曜日よ。なんで?」

 

健太は、認知症の情報を色々知っている姉

の楓はともかく、浩介と颯介が自分と同じ

ように辛い思いをしなければ良いがと

思ったが、言えなかった。

 

「うん、浩介と颯介がわざわざお休みの

日に行ってくれて、申し訳ないなあ、

と思ってさ」

 

「あら、良いのよ。

二人とも自分から行くって言ったんだ

から。二人とも、健兄ちゃん一人に

苦労させちゃいけないって、自分たち

も手伝いたいって言ってたのよ」

 

健太は、若い二人の顔を思い浮かべて

いた。

子供の頃、一緒にキャッチボールした

二人がそんなことを言ってるのかと

思うと、嬉しかった。

 

姉の楓が大あくびをしたのを見て、

健太は言った。

 

「姉ちゃん、今日朝早くから出て来て

もらって、一日おふくろの面倒見て

もらって、ありがとう。

お疲れさまでした」

 

「おやすみなさい」と言って、楓は布団に

もぐりこむ。

健太は自分の部屋に戻った。

 

健太は手帳を出すと、今日の君江の様子を

手帳に記録した。みどりにしっかり観察

するようにと言われてから、毎日書く

ようにしていた。

 

思えば、要介護認定申請書を出してから、

ちょうど2週間が過ぎていた。

みどりから、申請書提出から認定通知が

来るまでに30日かかると聞いている。

 

「あと2週間ちょっとだな」

 

健太は、我ながらよく頑張ったなあ、

と思っていた。

その時、スマホにLINEが入った。

みどりからだった。

 

「訪問調査、無事終了して良かったね。

健太もお疲れさまでした。

明日は早いから、おやすみなさい」

 

家族でもないのに、こうして心から

心配してくれる人がいる。

ありがたいなあ、と健太は思った。

 

健太! もうちょっとだよ!

 

TO BE CONTINUED・・・