81 訪問調査の日 その2 | プレ介護アドバイザーはまじゅんのおしゃべりサロン

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社会保険労務士・行政書士・認知症ケア准専門士のはまじゅんが、介護や認知症についておしゃべり。介護にかかわるすべての人に笑顔を届けます。

応接間に入ると、調査員の鈴木さんは、

奥の椅子、君江と楓は二人掛けのソファ

に座った。

母親の君江の姿勢がいつもより良くて、

背筋がピンと伸びているように楓は

感じた。

 

鈴木さんは、まずは君江の名前や住所など

の基本的なことを聞いた。それから、君江

に立ったり座ったり、少し歩いてください、

と言ったり、体の動きを観察していた。

 

鈴木さんは、ボードに挟んだ用紙に時々

メモをしながら、テキパキと進めていく。

 

君江も言われたことをさっさとこなしていく。

 

「日常生活動作には問題は無さそうですね」

 

と鈴木さんに言われて、君江は嬉しそうだった。

 

「お金の管理は君江さんがなさっているん

ですか?」

 

今度は、毎日の生活の様子を色々と聞かれた。

 

「洗濯やお掃除も君江さんお一人ですか?」

 

「息子の健太は仕事が忙しいので、たまに

買い物に連れて行ってくれるぐらいで、全部

私がやってます」

 

君江は、背筋を伸ばして自信たっぷりに言った。

 

「お買い物は、どこに行かれるんですか」

 

「近くのスーパーの・・・」

名前が出てこない。

 

「すぐそこのスーパー安西に歩いていくんです。

昔は八百屋さんだった小さなスーパーです」

 

楓が助け舟を出した。

 

「母は、保険の外交員をしていたころは原付に

乗っていたんですけど、さすがにもう危ない

からって、処分したんで、今は、歩いて

行けるところで買い物をしています」

 

「まあ、原付に乗っていらしたんですね。

カッコイイですね」

 

鈴木さんは、話を合わせてくれた。

 

「いつもお化粧はなさっているんですか」

 

「いえね、今日はこの子が塗ってくれたん

ですよ」

君江が少し照れくさそうに答える。

 

「ブラウスの色とよく似合ってますよ」

鈴木さんの返事に、君江は満面の笑顔だ。

 

こうして、雑談をしながらも、鈴木さんは

必要な項目を織り交ぜてチェックしている

様子だった。

 

1時間ほどで調査項目が終了して、鈴木

さんが最後に言った。

 

「君江さんは、お元気そうで安心しました。

ただ、お一人で過ごす時間が長いようです

ので、色々な方とお話しなさる時間を取る

ようにすると良いですね。

それでは、これで、家庭訪問を終わります」

 

君江は、ホッとした様子だった。

楓は、駐車場まで見送るからと言って、

外に出た。

 

駐車場で、鈴木さんが聞いた。

 

「弟さんはお仕事お忙しいそうですが」

 

「毎日帰るのは9時近いそうです。

建設業の現場監督なので、土曜日の出勤も

多くて、私もF市で仕事をしているので、

なかなか見に来られないので心配です」

 

楓は、心配そうに答えた。

 

「かかりつけの病院は無いそうですが」

 

「今回の要介護認定申請のために、弥生

病院で健康診断を受けました。糖尿病の

心配があるので半年に1回受診する

ように言われています。

昔から医者が嫌いなので・・・」

 

楓は、医者に行ってないと胸を張って

答えた母親を思い出して言った。

 

「わかりました。それでは、いただいた

メモを参考にさせていただきますね」

 

鈴木さんが車に乗り込む。

楓は、車が見えなくなるまで見送った。

 

郵便ポストをのぞいて家に戻ろうとして

いると、後ろから声をかけられた。

振り向くと、道を隔てたお向かいの加納

さんだった。

 

「あら、平日に来るなんて、珍しいわね。

楓ちゃん」

 

楓は頭を下げながら思い出していた。

 

加納のおばさんは、近所でも有名な

スピーカーおばさんで、自分が離婚した

時も、隣の県だから分からないはずなの

に、どこから聞きつけたのか、あっと

言う間に近所に振れ回っていた。

 

「この人に、母親の認知症のことは

知られたくない」

と楓は強く思った。

 

「久しぶりにお休みが取れたんで、

遊びに来たんです」

 

「あら、そうなの。息子さんたちも

お元気?確か、大学生だったわよね」

 

「お陰様で、二人とも卒業して就職

しました」

 

これ以上話していたら、就職先など

根掘り葉掘り聞かれそうなので、

 

「あっ、母が呼んでいるので失礼します」

 

と言って、急いで玄関に走った。

 

家に入ると、君江は台所にいた。

 

「遅かったのねえ」

「加納のおばさんにつかまっちゃって」

「それは、大変だったわね」

 

君江が笑いながら言った。

 

「お茶にしましょう。鶴屋のどら焼きが

あるから」

君江は、背中を向けてお茶の支度を

していた。

 

「あら、嬉しい。お母さん、いつ買って

きてくれたの?」

「えっ、・・・今日の朝よ」

 

君江が言葉に詰まったので、楓はどら焼き

の賞味期限を見た。とっくに過ぎていた。

 

楓は、さりげなくどら焼きを隠すと言った。

 

「お母さん、私が羽二重餅持って来たから、

羽二重餅にしようよ」

 

「あら、そう、お昼ご飯の海鮮丼といい、

お土産ばかりで申し訳ないわねえ」

 

楓は、羽二重餅を取りに台所を出て、

健太にメールをした。

 

「ミッション コンプリート」

 

お茶をした後、楓は君江を乗せてスーパー

に買い物に行った。少し離れた、車でない

と行けないスーパーだった。

 

買い物を済ませると、

「お母さん、疲れたでしょう。少し座って

休んでてね」

と、母親を応接間で休ませると、冷蔵庫の

中の点検を始めた。

 

賞味期限の切れたものや、匂いの怪しい

もの等、食べては危なそうなものが色々

と入っている。

 

楓は、沈みそうになる気持ちを奮い立たせ

ながら、君江に気づかれないように一つに

まとめて、ゴミ箱に捨てた。

 

これからの君江と健太の二人の生活を

思うと、心が揺れた。

 

健太! 頑張ってね!

 

TO BE CONTINUED・・・