歴史家の林千勝先生の講演会に参加してきました。
インターネット内では有名ですが、まだまだ知らない人も多いと思います。
著書はこちら
3冊とも目から鱗ですが、初めての人は「日米開戦 陸軍の勝算」
が新書なので、読みやすいです。
そんな林先生の講演会で、日米開戦80周年ということで大東亜戦争のことを
お話しされました。
当時の一次資料で、アメリカは日本の立場をよく理解していたことが、林先生の研究で
明らかになっています。
アメリカのまともなエリート層の人達は日本が満州国を作り、五族協和で植民地支配もせずに
ソ連の共産党を食い止めようとしていたこと知っていたそうです。
それを、ルーズベルトが無理矢理方向転換を図り、日本に敵対的な態度を取るようになると
共に、メディアを使って反日宣伝を行います。
しかし、まだまだアメリカにはまともな世論が存在していて、
なぜ、ルーズベルトはシナ大陸に首を突っ込みたがるのか!という意見もあり
そういう著作や言動が沢山あったそうです。
代表的な著作
『東洋不干渉論:なぜ極東に干渉するのか』
ボーク・カーター著
ネットでは見られませんが国立国会図書館にはあるようです。↓
さらに、日本軍は海軍の一部を除き、アメリカとの戦争はさけつつ南方作戦を実施して
石油を取り、西に進む作戦計画だった。
その証拠も、国会図書館にあるそうです。
「対英米蘭戦争指導要綱 昭和16年9月 大本営」
「対英米蘭蒋戦争終結促進の腹案 昭和16年11月 大本営」
こちらから、閲覧もダウンロードも出来ます↓
大本営は、パレンバンの石油を取りに行くのに、フィリピンの通過は避けられない、
そこで米軍と戦闘になるのは仕方がないとしても、フィリピンは占領せずに統治機構は
現存のまま残し、兵站路の確保を行い作戦が終結すれば、フィリピンはアメリカにそのまま
返せばよい。
という作戦内容だった。
アメリカ世論は、フィリピンがどこにあるのかも知らない人が殆どで、日本軍がフィリピンに
入って局地的な戦闘が起こっても関心を示さない。と日本軍は考えていた。
これは、希望的観測ではなくて、日本軍のインテリジェンスがアメリカを分析した結果だった。
仮に、その分析結果が外れてアメリカ海軍がやってきても、マリアナ沖で待ち構えて応戦すれば
よいという考えだった。
アメリカ軍がマリアナ海峡まで船団を率いて来るまでに、1年は要するという分析結果も
同時に日本軍は出していた。
その間に、マリアナ沖に強靱な防衛ラインを構築すればよいと考えていた。
戦力は距離の2乗に反比例するというのは、軍事を知るものなら常識だった。
だから真珠湾などに出かけなくても、日本軍はマリアナ付近で待っていればよかったのだ。
大本営も『真珠湾攻撃などもってのほか。アメリカを怒らすだけでなんらメリットは
ない』という考えだった。(リンク資料参照)
ルーズベルトも、日本がフィリピン攻撃だけではアメリカ議会が参戦することに賛成すると
思っていなかったし、アメリカ国内はフーバー元大統領の影響もあり反戦ムードが高かった。
ルーズベルトのシナ大陸干渉や日本に敵対する姿勢も批判される世論が形成されつつあった。
しかし、そんな時に起こったのが「真珠湾攻撃」だった。
アメリカ領土が直接攻撃されたのだ。
本土ではないが、ハワイはアメリカ人の間で知らない人はいなかった。
この映像やニュースはアメリカ国民に衝撃を与え、それまでの反戦ムードやルーズベルトへの批判が一気に吹き飛び、
戦争突入となったのだった。
「真珠湾攻撃」を強力に主張したのは「山本五十六」である。
天皇陛下の反対を押し切ってまで行ったのだ。
(山本五十六は日本人が尊敬する対象なのだろうか?)
偶然にしては出来すぎていると思いませんか?
「陰謀論」と片付ける人もいますが、日本軍はアメリカと交戦することは避けようと
していたのは事実で、一次資料からそれが確認できる。
殆どの人が、「反対」していたのに真珠湾攻撃を行い、アメリカ人に火を付けてしまった。
これは偶然?
そして、当時の日本の情報収集能力と分析能力はピカイチだった。
戦後、全く評価されていないのが残念で仕方がない。
12月16日は近衛文麿の命日でもあります・・・
今一度、日本人の目で大東亜戦争を見直してみませんか?
NHKは未だに、GHQの使い走りを行っているので信用してはいけません。
情報を収集するなら、林先生の本の一読をお奨めします。
最後までお読み下さりありがとうございました。
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