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ひのきょうのブログ

このブログは、滋賀県内の真宗寺院を預かる愚僧のブログです。

このブログで、世の中の道理と無理を顕かにしていきたいと思います。

 よろしければ、ご意見、ご相談などお寄せください。


        なむあみだぶつ ・・・ 合掌


収益予算の算出は、単価と数量の掛け算だ。

 

そこで、起業するに際し、のっけから赤字予算なんてものはあり得ない。

 

仕方なくかどうかは解らないにしても、やり勝ちなのが辻褄合わせだ。

 

いわゆる数字合わせは誰にでもできる。

 

ましてや、恣意的な数値あわせは危険極まりない。

 

最早、未踏の領域においては、数値たるものはすべて『望みや願い』に変化していく。

 

問題は単価と数値の算出根拠なのである。

 

たかを括っても、所詮、市民は素人。

 

いかに数値をいじっても、素人は『ふーん、そういうものなのか』ということになってしまうのだろう。

 

どこかの町であった話だが、規模の算出根拠を尋ねたところ、『たまたま、療養ベッドが空いていたので・・・』とか、『現在が200床だから・・・』という括りはごめんだ。

 

県内データからの疾病構造、入院率、patient吸収率、回転率など、素人を唸らせる積算根拠をあからさまに解りやすく説明していただく度胸が欲しい。

 

『アカンものはアカンでいいじゃないか。』

 

むしろ、そこで目を覚ますのもアリだ。

 

これからの経営戦略は、『多分、解らないだろう。』の押し切りではなく、組織の強み(S)、弱み(W)、機会(O)、脅威(T)をさらけ出して話し合うべき気がする。

 

併せて、BSC(狂牛病ではない)を視点においた分析も必要かも。

 

 

サンライズ

 


『ギギ』と言えば、野洲川で捕獲できるナマズの一種で、三方向の背びれに鋭いトゲがある在来種である。

 

だから、ギギは美味だが、食すのにもなかなか難しい淡水魚だ。

 

まあ、それはとりあええず横に置いといて、本日、地元のあるセミナーで、『地域医療はどうあるべきか?』という講演の講師依頼をいただいた。

 

勿論、愚僧は地元の一住民でもあることから、今日までの体験談を元に約1時間のお話をさせていただき、ご質疑をお受けした。


やはり、私が受け止めていたとおりの質疑であった。

 

皆、充員の方々は、市当局から配信されるQ&Aに素人ながらも疑義を抱いておられるということだった。

 

感じ得たのは、すべての方々が真剣な眼差しのもとにご参加いただいているということであった。

 

住民は素朴な方々ばかりである。

 

このような方々を言葉巧みに煙に巻きつつ、疑義(ギギ)を抱かせている行政の問題はただ成らないものがある。

 

財政的にも瀕死の行財政において100億円近い投資は尋常ではない。

 

 

この戦いは、これからも続くであろう。

 

結果、講演1時間、質疑1時間という結末であった。

 

やはり、行政の住民への説明が不足しているように思えてならない。

 

 

サンライズ

 


昨日(20日)、10日間のご本山佛光寺でのお茶所布教を終え、久々の自坊に帰ってきた。

 

この10日間にお参りくださるお同行(聴聞者)方は殆どがお馴染みの顔ぶれだ。

 

このご縁をいただいて今年で4年目となるが、同じネタが使えないのが厳しいところである。

 

内容的には、阿弥陀さまの本願とお念仏にまつわるお話なのだが、切り口というか、導入部分は常にフレッシュでなければならない。

 

自らの体験を元にその感動を伝えなければ法話にはならない。

 

いかに感動的であっても、どこかの記事をひろい読みしただけでは単なるメッセンジャーでしかない。

 

 

この10日間にもさまざまな出来事があり、滋賀と京都の往復の毎日だった。

 

生前、『断るのは簡単』と何気なく父からいわれたことがある。

 

この言葉が耳から離れない。

 

坊守は、『よくやるわ!』とあきれかえっている。

 

 

サンライズ

 


今朝から東京都心のニュースが舞い込んできた。

 

渋谷や世田谷では道路が凍っていて、町行く人が転んで大変だという。

 

愚僧から言わせれば普通だ。

 

だったら転ばんように考えて歩け!

 

TVでは、こんな全局天気予報から始まった。

 

新潟や山形では屋根の雪下ろしのために独居老人が毎日転んでいる。

 

転んで屋根からすべり落ちて命を落とす人もあるという。

 

それからすれば、今日のニュースなんて比較にならない話だ。

 

なぜ、山形、仙台方面のニュースをないがしろにして、たまたまの東京をいかにもイニシャル付けるような報道をするるのかが理解できない。

 

百歩譲れば、まあ、解らんでもない。

 

地方のトピックは、東京ではニュースにならないという視聴率に影響するのだろうか。

 

おしなべて、東京と言えども日本の一部にしか過ぎず、そこら辺の一区域でしかないのに。

 

雪が積もることもあれば、豪雨に晒される事もあって何の不思議でもない。

 

これは、あたりまえのことだ。

 

まあ、大した話ではないけどな。

 

気温が0度以下になれば自然界は凍るわな。

 

そしたら、雪も降るわな。

 

わざわざ、取り立てて言うことでもないし、ただ、それだけのことだわな。

 

TVで注意を促すのはあっても良いと思うが、転ぶ人は転ぶし、転ばん人は転ばん。

 

ただ、それだけのことだわ。

 

(本山標語)
『晴れてよし。降ってよし。今を生きる。』

 

今を生きるためには、知識だけでなく智慧もちゃんと入っていないとあかんということだわ。

 

おおっ、何と素晴らしいことか。

 

余計な言葉は何もいらんな。

 

 

サンライズ

 

 

 

 

今年は、ご本山をはじめ教区、別院、地元仏教会など沢山のお役目を頂きそうである。

 

加えて、病院の役員、地元にあっては人権擁護、住民監査請求の審査、障害児支援など犬の手も借りたいほどだ。

 

どこまでのお返しができるかは未知数だが、今までその恩恵を授かってきたことを考えればやらねばなるまい。

 

まったく、現職を辞めてからの方が忙しい。

 

断る勇気も大切だが、今は引き受けることの勇気を選択しようと思う。

 

昨年から今年に欠けて6Kgほど体重が減少したが、病気でなければよいのだが。

 

ただいまのところ検査中だ。

 

さて、どうなることやら。

 

 

サンライズ

 


正月早々、訳のわからん老婆が書院の垣根から豹みたいな大きな猫をちらつかせて喜んでいるではないか。


愚僧は、傍にあった棒で追い払おうとつつくが、なかなか猫に当たらない。

 

すると老婆は仕返しするが如く、今度は境内に移動して焚き火をし始めた。

 

そこには、大勢の見たことも無い老人達が集まって焚き火を囲んでいる。

 

『おお、正月早々、何ということだ。』

 

 

冬の火は危険なので、すぐさま必死の思いで水を掛ける。

 

すると、次にお茶所に入って来て、また焚き火を始め出し、もう手のつけようがない。

 

『そうだ、家宅侵入罪で警察を呼ぼう!』と思った瞬間に、目が覚めた。

 

 

これが今年の初夢だ。

 

夢って、面白いぞ。

 

つまり、年末年始に掛けて余裕の無かった我が身を物語っているようだ。

 

そして、出てくるキャラは不思議なことに一言も語らない。

 

ただ、行動だけが襲ってくるのである。

 

どうも、どうも!

 

 

サンライズ

 


皆さま、謹賀新年

 

昨年は、将棋界の藤井棋士の話に明け暮れた年だった。

 

今年は犬年だ。

 

古より、犬を題材にした諺は沢山あるが、喩えの良いものは極めて少ない。

 

 《犬も歩けば棒にあたる》
 《夫婦げんかは犬も食わない》
 《飼い犬に手を噛まれる》
 《負け犬の遠吠え》
 《犬猿の仲》

 

など、まあこんな感じかな。

 

とりわけて、『煩悩の犬は追えども去らず』というのもある。

 

つまり、『人間が抱える煩悩は、いくら追い払おうとしても常につきまとって離れないもの』という喩えだ。

 

ここまでは誰でも解るのだが、問題は次の一手だ。

 

さて、あならが棋士ならどう指すのかな。

 

 

サンライズ

 


阿弥陀如来ご本尊に向かって合掌。

 

ご先祖への訪らい、ありがたいことへの感謝、これでよいのかの自問が愚僧の基本姿勢だ。

 

先日、ご門徒さんの御内佛の中に”ジャンボ宝くじ”の束が置いてあった。

 

気持は解らんではないが、当たることもあれば当たらんこともある。

 

いざ、ご本尊に正対してしまうと何か他のお頼みをしたくなるのだろう。

 

時、場所、人を選ばず、手が合わさるところに仏さまはいてくださるのに。  

 

難しくしてしまって、わからないのかな。

 

 

サンライズ

 


先日、『人権ふれあいのつどい』に参画した。


愚僧は子ども人権委員として舞台係りをさせていただいた。

 

アトラクションでは、明富中学校のブラスバンドと平野小学校の吹奏楽団の演奏は素晴らしかった。

 

ドラムの三連音符やパーカッションは実に見事だった。

 

小学生でもトランペットやサックスが吹けるんだ。

 

 

午後は、中学生の人権作文コンテストの表彰があり、9名の授賞者が作文を朗読してくれた。

 

父方に多くの混血を持つ中学生が、日本人の母に、「ねえ、私はいったい何人?」と聞いたとのこと。

 

混血の中には、髪がちじれ、肌は黒く、瞳はブルーというのもあるようで、見た目、異様なのだろう。

 

古来より、列島育ちの閉鎖的文化に培われてきた日本人は、その異様さに、すぐに「何人(なにじん)?」』と反応するのである。

 

その母の返答は、ニコニコしながら、「あんたは地球人やでー」と一言。

 

多感な成長期の子に、このボケ的返答は突っ込みようがないほどイケてる。

 

その後、いろいろと悩んだようだが、今ではすべてが吹っ切れて、聞かれる度に「私は地球人!」と自己紹介しているとのこと。

 

未だに、子ども達から人権を学ばせていただいている昨今である。

 

 

サンライズ

 


去る、火曜日は仏教会仲間のゴルフに付き合わせていただいた。

考えて見れば、前日から左手肘の調子がおかしかった。
 
何とかハーフは持ちこたえたが、午後のティーショットの瞬間、左肘に電気が走った。
 
痛みを飛び越え、『痺れ痛い』というやつだ。
 
今まで大概のことには絶えてきた。
 
でも、今回は我慢の比ではなかった。
 
ゲーム途中でのノーリターン(no retun)は初めてだ。
 
クルクルと回る赤点灯のカートで迎えに来ていただいた。
 
穴があったら入りたかったけど、穴はすでに諦めていた。
 
しかし、弱くなったもので、次のラウンドが脳裏に浮かんできたのだ。
 
結果、テニス肘という疾病に罹患していた。
 
もとよりアホで強かったのだが・・・。
 
少しずつ賢くなりつつ弱くなるのかな。
 
 
サンライズ