ひのきょうのブログ

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このブログは、滋賀県内の真宗寺院を預かる愚僧のブログです。

このブログで、世の中の道理と無理を顕かにしていきたいと思います。

 よろしければ、ご意見、ご相談などお寄せください。


        なむあみだぶつ ・・・ 合掌

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往相(おうそう)とは、迷いの境界から清浄な悟りの境界である浄土へ生まれていくありさまをいい、還相(げんそう)とは、往生成仏の証果を開いた者が仏(諸仏)となって、衆生を教化し、仏道へ向かわせる相(すがた)をいう。

 

よく、TVドラマなどで亡くなった人のことを『仏』と表現しているのも然りと言えよう。

 

葬儀式の弔辞に、『どうぞ、天国で安らかにお眠りください』という表現がやたら多いが、そもそも、仏教でいうところの天国なる世界は六道界の六番目であって最上位ではない。

 

従って、最上十番目の如来位からすれば、未だ、死者は迷いの世界を彷徨っていることになる。


しかも、その天界で安らかに永眠なんてことは、還相の論理から申せば辻褄が合わない。

 

お釈迦さまは、お悟りを開きになった後、『ああ、しんどかった。』ではなく、最後の入滅まで仏として民衆の教化につとめられた。

 

これと同じように、凡夫も命終後は諸仏の一人として再び娑婆世界に還り来て、苦悩する衆生を教化し続けていくのである。

 

ただし、このはたらきに気づけるかどうかが問題なのだ。

 

 

サンライズ

 

 

♪ ささのはサラサラ のきばにゆれる
おほしさまキラキラ きんぎんすなご
ごしきのたんざく わたしがかいた
おほしさまキラキラ そらからみてる ♪

 

幼い頃、覚えていたのだが殆ど歌詞もメロディーもおぼろげ。

 

目下、歌詞と譜面をリサーチしているところ。

 

人権啓発のため、地元の老人福祉施設で披露する予定である。

 

 

幼子が願いを込めて吊した短冊が、笹とともに揺れているのが軒先から見える。

 

その先には、天の川の星たちが『金銀砂子』のように輝いている。

 

赤青黄白紫の短冊は、それぞれの個性を彩りとても綺麗である。

 

そして最後は、眺めている私とは逆に、『星たちが私を見てくれている。』という括りがとても素晴らしい。

 

 

サンライズ

 


以前から愚僧が心配していたことが、本日のニュースで報道された。


『今回の豪雨災害は松本智津夫死刑囚の死刑執行の祟(たた)りだ。』と元信者達は言っているとのこと。


こんなバカげた模倣発言は許せない。

 

欺されてはいけませんぞ!

 

災害は天候異変によるものであり、死刑執行とは微塵の関係もない。

 

真実の因を他の何かに擦り付けて安易に物事を解決しようとするのは、日本人の悪しき風習である。

 

でも、こういう報道を鵜呑みにする人々がいることが怖いところだ。

 

真宗の教えは、『偶然や奇跡を認めるようなお粗末な教団ではない!』ときっぱりと申しあげておきたい。

 

同時に、『六曜』や『謂われ』の他、『霊』とか『魂』という考えも肯定しない。

 

これらは、宗祖親鸞聖人のお諭しや生き様に由来している。

 

真の因を、自身の都合で他に擦り付けるような解決はされなかったのである。

 

死刑の是非は議論の余地があろうが、今回の死刑執行は松本智津夫死刑囚の犯罪の量刑によるものである。

 

しかも、同日日に命終した人は、松本智津夫一人ではない。

 

例えば、火事が起こるのは火の不始末であり、交通事故が起きるのも運転手の不注意でしかないのである。

 

したがって、『祟り』という何の根拠もない事由で解決できるものではない。

 

今回の悲惨な災害は、台風と梅雨前線がもたらした天候災害なのである。

 

くどいようだが、欺されてはなりませんぞ!

 

 

サンライズ

 


おかげさまで、左手後甲部の切傷も綺麗にくっついた。

 

ありがたいことである。

 

でも、末梢神経が寸断されているので、いまだにピリピリして、一部、感覚がない。

 

まあ、この種の神経は時間との勝負だろな。

 

もう二度とゴメンだ。

 

これからも、少しずつ賢くなって、少しずつ弱くなっていくのだろうな。

 

 

サンライズ

 


この7月、またもや要職をいただいた。

 

このモヤは、なかなかぬぐいきれないモヤである。

 

年を重ねると、ありがたいことにアレやコレやと、一杯、要職をいただく。

 

この背景には、やりたくてウズウズしている方もあるだろうに。

 

ところで愚僧は『要職』よりも『和食』の方が好きなんだが・・・。(失笑?)

 

60歳までは『何をやってのけたか。』の人生であったが、これからは『どう生きていくのか。』をモットーにしたい。

 

まあ、年を取ると様々な役職札が立ってくるものだ。

 

まるで墓標のごとくな。

 

立たないのは『腹』ぐらいだろうな。

 

 

サンライズ

 


長年、続けてきた『愚僧の気ままブログ』であったが、Facebook社の連携投稿機能の提供終了に伴い、2018年7月24日付けをもって投稿できなくなるらしい。

 

昔の人は、良いことを教えてくれた。

 

いつまでもあると思うな親と金。

 

まあ、こんなもんだろう。

 

今まで快く使わせてもらっていたのだから不平は禁物だ。


今日まで目を通してくださった方々に感謝、深謝である。

 

今後は、別の方法を考えてみようかな。

 

 

サンライズ

 


不如意とは、文字どおり『意の如くならず』ということだ。


『そんなこと解ってるがな!』と誰もが言いたいところだが、みんなこの

 

スパイラルに落ち込んでいく。

 

清沢満之(キョサワマンシ)は、四苦八苦を不如意と表現している。

 

もとより、四苦八苦はごく自然で、当たり前のことなのだろう。

 

ところが、これをどうにかしようと思うところに苦悩が生じてくる。

 

その苦悩の因は渇愛であり、渇愛とは激しく自分の思いを満たそうとする欲望や執着のことである。

 

自分を中心に物事を考えると、世の中のすべてが不如意に思えてくる。

 

苦を好む人は誰もいないだろうが、苦によって成長させてもらっていると考えれば、苦はありがたいことかもしれない。

 

 

サンライズ

 


もうこの時期、境内に雑草の繁茂が半端ない。

 

先日、あるお寺を訪問した時、駐車料金は念仏三回と記されていた。

 

なかなかのものである。

 

ところで、当寺の拝観料は草引き10本だ。

 

比べる、何となく住職の怠慢が見え隠れしそうでとてもひもじく、次回から改めるつもりだ。


さて、野菜という名の下に生まれた草は悉く弱々しいが、雑草はとても強い。


踏まれて、踏まれまくって今の姿を形成している。

 

でも、雑草もいずれは花を咲かせ、精一杯結実する。

 

『おまえ、本当に雑草だったのか?』

 

ある時、車から降りようとした時、タンポポが誇らしげに咲いていた。


とても健気で綺麗だったので、思わず踏みとどまってしまった。

 

雑草というカテゴリーは、やはり人間の奢れる感性でしかない。


害虫、害獣、雑草、皆同じで、彼らは、精一杯生きている。

 

今日も、愚僧はひたすら境内清掃のために雑草を刈っている。

 

南無阿弥陀仏

 

 

サンライズ

 

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実のところ、本日4日はゴルフの予定だった。

 

かつての仕事仲間とのお楽しみだった。

 

ところが、前述のとおり手を受傷して半抜糸(8針中4針)の状態である。

 

受傷後、まだ八日目だが、楽しみにしている仲間に申し訳ない。

 

断る決断も出来ず、しっかりとテーピングして、コースに着いてから考えようと迷っていた愚僧であった。

 

しかし、プレーするということは、前日、肝に命じた事柄が嘘になる。

 

 

迷っていた矢先、救いのお告げがあった。

 

『明日は、台風が近づいていて降雨率70%らしいぞ!』と仲間から、昨晩遅くになって電話が入ってきた。

 

すかさず、『どうせ、プレーするなら快晴がいいな!』と、無意識のうちに呟いていた。

 

 

やはり、嘘はつきたくない。

 

結果、台風を理由に順延となった。

 

仲間っていいなー。

 

しかし、どう考えてもアホですなー。

 

 

サンライズ

 


去る6月26日の午後、それは一瞬の出来事だった。

 

固定すればいいものを横着に左手で木材を浮かして持ったまま、ノコギリを引いてしまったのだ。

 

ノコギリは見事に板を滑り、左手甲を引いていた。

 

『ガツン』という衝撃のもと、左手甲はパックリと裂け、鮮血が吹き出した。

 

久々にやっちまった瞬間だ。

 

無残にも腱と骨がのぞいているではないか。

 

すぐさま腱断裂を疑い、怖々ながら手指を動かしてみた。

 

幸いにもセーフのようなので元の職場へ向かった。

 

 

救命センター長のSドクターから、半笑いの面持ちで『杲さん、どうしたの?』と聞かれた。 Sドクターは、今年度の自坊永代経法要で招聘することになっている。

 

『いやー、恥ずかしながらノコギリで・・・』云々。

 

センター長は、『念のためレントゲンを撮って、傷を綺麗に洗浄してから縫いましょう。』と言われたが、フライト(Dヘリ)のため研修医に交代。

 

 

『私、研修医のHと申します。骨も腱も大丈夫でしたので、ただ今から洗浄してから縫合させていただきます。』と爽やかに告げられた。

 

『ノコギリは錆びてましたか?』、『過去に局所麻酔を受けましたか?』、『気分は悪くありませんか。』と、クソ丁寧な処置がはじまった。
結果、八針の縫合に至った次第である。

 

 

一連を省みると、無謀な自損行為が暫しの休息をもたらしてくれた。

 

この巧妙に感謝せねば怪我が無になってしまう。 当面は静かにしていよう。

 

そんな訳で、今年の永代経法要は『湖国の救命医療(プレホスピタルへの挑戦!)』と題してSドクターにご講演戴く予定である。

 

乞うご期待を!!

 

 

サンライズ