往相(おうそう)とは、迷いの境界から清浄な悟りの境界である浄土へ生まれていくありさまをいい、還相(げんそう)とは、往生成仏の証果を開いた者が仏(諸仏)となって、衆生を教化し、仏道へ向かわせる相(すがた)をいう。
よく、TVドラマなどで亡くなった人のことを『仏』と表現しているのも然りと言えよう。
葬儀式の弔辞に、『どうぞ、天国で安らかにお眠りください』という表現がやたら多いが、そもそも、仏教でいうところの天国なる世界は六道界の六番目であって最上位ではない。
従って、最上十番目の如来位からすれば、未だ、死者は迷いの世界を彷徨っていることになる。
しかも、その天界で安らかに永眠なんてことは、還相の論理から申せば辻褄が合わない。
お釈迦さまは、お悟りを開きになった後、『ああ、しんどかった。』ではなく、最後の入滅まで仏として民衆の教化につとめられた。
これと同じように、凡夫も命終後は諸仏の一人として再び娑婆世界に還り来て、苦悩する衆生を教化し続けていくのである。
ただし、このはたらきに気づけるかどうかが問題なのだ。
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