戦後、日本は線引き社会一辺倒に変化してしまった。
その原点は、突き詰めればGHQが強要した六三三に及ぶかも知れん。
『日本総国民、日本の歴史の事実をもっと勉強しろ!』と言いたい。
勿論、愚僧は偏った愛国者でも右翼でもなく、ただの人間であることは言うまでもない。
まあ、それは横に置いて、最早、時効なので記載するが、愚僧の次男が電車の中で客が往来できないような状況でふんぞり返って足を組んでいた外国人(言葉が通じず外国人と判明)が居たそうで、その足を下ろさせたところ電車内で乱闘事件が勃発したそうな。
傍にいたサラリーマン風の男性客は即座に寝た振りをし、他の多くの男性客も知らんぷりだったそうな。
ただ一人、ご婦人が『止めなさい!』と諫めたとのこと。後に、次男曰く、『一番、嬉しかった。』とのこと、
なぜ、日本人としてその状況を助けないのだろう。
明らかに相手の振る舞いは横暴極まりないのに何故だ。
近江八幡から野洲駅までたかが二駅だ。
その間、テコンドーの心得のあるような外国人は息子に殴りかかってきたようだが、息子は少林寺の技でねじ伏せ、野洲駅の交番までしょっ引いていったそうな。
その後、交番から愚僧に『息子を迎えに来い!』と電話があったが、すでに警察は外国人を保釈していた。
息子は、『右の頬を叩かれれば左の頬を差し出しなさい。』というクリスチャン精神の在学生だったので、後の想像は皆さんにお任せするが、親として承服できないものがあった。
生徒指導曰く、『過去は過去、これからですよ!』とのこと。
何だそれは!
その後、愚僧と息子達で相手の自宅に乗り込もうと電話するも、警察から聞いた携帯電話番号は存在しないことが判明。
オーマイブッダ、電話番号をしかと控えた滋賀県警しっかりせえ!
『過去のことは過去のこと、明日(未来)にすべてを懸けよう。』と言ったところで、当事者は、その時、その刹那が大切なのではないのか。
過去は己の栄華でしかなく、明日は不安だらけの未来でしかない。
こんなことは、仏説無量寿経にちゃんと記されている。
一見、『線引き』と言う言葉は響き良いかも知れんが、自己放棄の何物でもない。
サンライズ