フローレンス・ナイチンゲールという人がいました。
そんなの知っている。そうですね。「白衣の天使」(「クリミアの天使」)、誰でも知っていますね。
・Florence Nightingale with her lamp at a patient's bedside,1891,Henrietta Emma Ratcliffe Rae,Public Domain.
看護師さんになられた方や、身内の方が看護師さんになられた方なら継灯式(昔は戴帽式と呼ばれました)で唱和される「ナイチンゲール誓詞」を知っていたり、耳にしたりがあったと思います。
ナイチンゲールの生まれた19世紀、誰もが医療を受けることは叶いませんでした。
そもそもこの時代、世界中の女性に選挙権がありません。ナイチンゲールの母国イギリスも女性参政権は1918年(ただし資産の多寡による制限選挙)まで待たなければなりません。
ナイチンゲールは1910年に亡くなっていますので、彼女のような偉大な女性でも生涯にわたって選挙権がなかったということですね。本当にひどい話です。世界中たくさんの人々が勝ち取ったこの権利、選挙には必ず行きましょう。
ところでナイチンゲールの代名詞である「看護」という言葉は比較的新しく、19世紀半ばまでは「誰かが面倒を見る」といった感じで看護という仕事は『看護覚え書』という、これまた看護師になられた方やその関係者は一度は通る本を彼女が書くまで公には存在しませんでした。
ナイチンゲールは〈人類史上初めて、この本の中で「看護とは何か」という定義を明らかにした〉とされていますが(※1)、現代における医療とはナイチンゲールの思想哲学から始まったと言って過言ではありません。
しかし彼女が看護師として現場にいたのは、彼女を一躍有名にしたクリミア戦争への従軍看護を含め2年ほどとされています。多くの伝記、とくに子ども向けに書かれたたくさんのナイチンゲールの物語のほとんどは彼女の若き日の一部、ということになります。

・Florence Nightingale(1820 - 1910),Public Domain.
ナイチンゲールは看護師であり、思想家でした。37歳で心臓をやって以来、ものを書くことしかできなくなったのもあるのでしょうが、天命だったのでしょう。保健看護学の理論形成に生涯を捧げることになります。
彼女の現場を離れてからの看護理論、とくに環境論の構築はそれまでの医療の考え方とはまったく違う「患者目線」という考え方でした。看護医療に統計学を持ち込んだのも彼女ですし、看護教育として看護を学問にしたのも彼女です。
現代では「ケア」とも呼ばれますね。若くして現場を離れざるをえなくなったナイチンゲールは看護についての理論書を150点以上も執筆しました(※2)。
ナイチンゲールについてはすでに伝説と化した面もあり、とくに名言などは時代に合わせて変わっています。研究者の間でも、あれは彼女が言った言葉の通りではない、彼女の行動とは違う、などいまも論争の絶えない人物でもあります。
しかし、私が言いたいのはそういうことではないのです。
ナイチンゲールのたった2年余の献身、それでも命を賭した献身という「愛他」こそ大事に思うのです。
ここでは「利他」とは書きません。「利」ではなく「愛」なのです。やさしい言葉なら「思いやり」でしょうか。
別に利他の言葉が悪いとは言っていませんよ。私も羽生結弦について書くときには「利他」としています。
メディアには統一表記というものがあって「利他」にせざるを得ない事情もあるのですが。そもそも「愛他」という言葉は古い言葉で「利他」に置き換わったのですね。
この思想の提唱者とされる哲学者オーギュスト・コントの「altruism」は当初「愛他主義」と訳されました。古い文献もだいたい「愛他主義」です。

・Auguste Comte portrait(1798 - 1857),Portrait by Johan Hendrick Hoffmeister,Public Domain.
1:人間を「個」から共同体、さらには人類へと開くはたらき
2:他者への共感を促すはたらき
3:他者との共存に幸福を見出すはたらき (※3)
ひとりの愛他の心が、はたらきが共同体から人類全体へ、それが多くの人たちの共感を促し、共存することへの幸福を見出す希望につながるということ、ナイチンゲールの「はたらき」もまたそうでしょう。遠い昔のその「はたらき」が何百億もの人を救った、偉人とはそうした人のことです。
ナイチンゲールは愛他を広めることに力を注ぎましたが、自身を広められることは好みませんでした。とくにナイチンゲール自身を戦意高揚や母国(イギリス)の宣伝に利用されることには嫌悪したとされています。写真嫌いで本稿にある写真と数点しかないのもよく知られた話です。
いっぽう、ナイチンゲールを心よく思わない人々や当時の敵国からは目立ちたがり、天使きどりといった誹謗中傷に晒されました。いつの時代もそういう連中はいますが、この時代に声を上げた人々がいたからこそ、いまのナイチンゲールがあると考えれば、やはり声を上げるのは大切なことです。
誹謗中傷ーーそれでも、ナイチンゲールは人々のため、前に進み続けました。まさに愛他の精神ですね。
この「愛他」について、コントと違った意味で提唱したのがピティリム・ソローキンというロシアの哲学者です。彼は愛他の人を「超意識」であるとしました。

・Pitirim Alexandrowitsch Sorokin(1889-1968),1917,Public Domain.
この人の思想、とてつもなく難解なのですが、ものすごく簡単にこの「超意識」を書くとするなら「愛他の心は無私無欲の心から沸き起こる、自我の底にある他者を中心に据えた発想と行動という自我」とでもしましょうか。
〈人間には、可変的な肉体とは別に、不変の「私」ないし「霊」がある。それに気づくと、今度は、他者の中に「私」を発見し、手を差し伸べることとなる。はじめは近しいものから、しだいに縁遠いと思われる人たちに対してまで、差し出される。その働きを端的にいうと「愛」ということになろう〉※4
つまり自然とそうした他者に手を差し伸べる、愛他の行動ができる人の発心が「超意識」ということになります。
で、「どうして彼は、彼女はそこまで多くの人々のために行動できるんだろう」は、実のところ「超意識」の愛他に聞いたところで「したいからしたのです」に終始するのではないでしょうか。
もちろん理由はいくらでも言うことはできますが、そうした愛他の人からすれば「したいからした」、まさに崇高な精神と言うべきですが、この精神の持ち主はそう多くありません。私だってそうです。
しかしその精神がそんな私たちに「愛他」の輪を広げてくれます。まさに先の「ひとりの愛他の心が、はたらきが共同体から人類全体へ、それが多くの人たちの共感を促し、共存することへの幸福を見出す希望につながる」ですね。
ナイチンゲールの「超意識」がいまもたくさんの看護師さんのみならず、たくさんのエッセンシャルワーカーの方々に引き継がれています。だから私たちは19世紀の劣悪な環境よりはずっと良い生活ができています。たった2年余のナイチンゲール、あのランプを持ってずっと患者さんのために献身を続けた彼女の姿が100年、150年経ったいまもたくさんの人々に受け継がれている。
冒頭に継灯式のことを書きましたが、これはナイチンゲールの灯とその愛他の魂を受け継ぐという儀式でもあるんですね、たくさんの灯が受け継がれる、なんだか『羽生結弦 notte stellata』を思い出します。羽生結弦の見た震災の星々、真っ暗な被災地に見た希望、それを私たちもまた「愛他」の輪になって受け継ぐ。
やっと羽生結弦の話になります。
長かったですか?
でも、どうしてもナイチンゲールの話が必要だったのです。男とか女でなく人として、愛他の人として語りたいのです。
それくらいに尊いはたらき、ナイチンゲールと羽生結弦、それは比べるでなく、等しく尊いはたらきに思うのです。
宮城・ベルサンピアみやぎ泉スケートリンク、今回の5420万5800円の寄付。私は愛他の人として語りたかった。
報道についてはすでに知るところなので割愛します。私もかつて著書発売の際にはお世話になった報知新聞社さんがしっかりと取材報道されてますので。
そしてこれまでの数億円、10億円はいったのではとされる羽生結弦の愛他、
〈活動費も少ない時代から私財を投げ打ち、誰に言うでもなく、何の贅沢をするでもないジャージ姿の偉人、それが羽生結弦〉
拙筆で恐縮ですが私もこの文、とても気に入っています。ライブドアニュースに掲載したものなので誰でも読めます。
他にもこんなことを書いています。
〈何度でも言うが、こうした行為を10代で、それも自身にとって一番大切な時期に行う羽生結弦という人物は、やはり「歴史上の人物」になるべき運命にあるのだろう。そういう青年なのだと思う。我が事の大事とともに多くの人々の大事を思い、自身の出来得る限りの滑りと活動の中でそれらを表現し、具現化する。まさしく羽生結弦という存在には「社会性」がある〉
〈この事実は本当に尊く、私は2011年から2012年、震災に苦しみながらも大好きなスケートに打ち込み、私欲もなく、人々のために尽くした尊い10代の青年がいたこと、そんな彼がいま、フィギュアスケートの歴史にとどまらない偉人として歩み続けていること、そして多くのプログラムでプロになったあとも人々を楽しませ、驚かせ、そして幸せにし続けていること、このすべてをたまらなく尊く思うし、その羽生結弦の思いと行いは多くの人を救い続けてきたと確信している〉
〈思えば羽生結弦の寄付――これまでどれだけの年月、続けられてきた厚志なのだろう。その億を超える総額のこと、自分の将来すらわからない時代にもそれを実践してきたことなども書いてきたが、その「優しさ」がもっともっと世界中に知られたらいいなと願う。羽生結弦自身はその厚志に見返りなど考えてなく、ましてやそれが目的でも、望みでもないことはわかるが、私は伝えたい。羽生結弦と共にある人々もまた、そうだろう。こうした「優しさ」の伝播が人の世を変える。変わらなくともその努力は大切で、私たちはだからこそ人間であり結局、行き着く先は優しさなんだ。それを羽生結弦は教えてくれる。羽生結弦の時代とは、そういう「優しさ」の時代でもあり、そうした世界の希望と祈りにある。彼の作品も、彼の行為も、その象徴にある〉
まあ、こうして大事なことは長々と書くことも大切ですが、〈端的にジャージ姿の偉人〉でいいようにも思います。ナイチンゲールになぞらえるなら「ジャージの天使」でしょうか。
プログラムでは白衣の天使、あるいは黒衣の天使のように変貌する羽生結弦という存在ですが、根本にあるのはジャージ、シェイクスピアの『ハムレット』に知られる言葉「たいてい着るもので人柄がわかる」(※5)は、使う人それぞれに曲解されることの多くあまり好きではないのですが、良い意味で人をとらえるならばありのようにも思います。
もちろんグッチの羽生結弦も好きですよ。むしろ大好物です。以前から言っている通りに私、芸術としてファッションも好きですからね。ジャージだって高いものは高いです。グッチなら上下で50万円くらいします。さすが世界のグッチ。
でもやはりそういうことでなく、羽生結弦という人の愛他と真っ直ぐな生き方の、アスリートとしての象徴が「ジャージ」であるように思うのです。
羽生結弦という存在の灯が後輩のスケーターたちに受け継がれ、その愛他のはたらきが私たちに広がり、社会に広がり、世界に広がる。こうして善き時代が創られてゆく。
ナイチンゲールがそうであったように。
ソローキンはそうした人々を「善き隣人」としました。羽生結弦の願う希望そのものと思います。
繰り返しますが、何ものでもないうちから、先がどうなるかわからない被災者の立場の高校生のころから愛他の心で実践し、それを誇るでなくひけらかすのでもなく、ただひたすらに氷上で自分との闘いを続けてきた羽生結弦。
本当に同じ時代にあって、「善き隣人」として共に前に歩み続けることは僥倖でしかありません。みなさんもきっとそうでしょう。いや、そうでしょう!
本来はいつもの連載で出すつもりでしたがどうしても多くに読んでもらいたく綴りました。羽生結弦と愛他、そして私たちについてはもっと書きたいのですがそれはまた、後日。
日野百草
■参考文献
※1『看護の歴史』東京有明医療大学編
https://www.tau.ac.jp/department/nursing/content/history-k
※2『ナイチンゲール看護論』ナイチンゲール看護研究所編
https://nightingale-a.jp/nightingales-nursing-theory
※3 若松英輔著『利他とは何か 利と他の現象学』東京科学大学未来社会創成研究院、東京科学大学リベラルアーツ研究教育院
https://www.fhrc.ila.titech.ac.jp/report/about-rita-vol1
※4 吉野浩司著『利他主義社会学の創造』昭和堂,2020年初版,78頁.
※5 シェイクスピア著、福田恆存訳『ハムレット』新潮文庫,新潮社,1994年60刷,31頁.
※最後に元いた会社の宣伝ではないのですが、ナイチンゲールの伝記漫画は角川(KADOKAWA)の『ナイチンゲール 看護に生きた戦場の天使』が一番「いま」にふさわしい仕上がりで出来栄えがよいです。看護師志望のお子さん、お孫さんにおすすめです。ちなみに女医さん志望のお子さんお孫さんには『エリザベス・ブラックウェル 世界で初めての女性医師』です。いろいろある会社ですが「角川まんが学習シリーズ」はがんばっているなと思います。教えの仕事をしていたときもここの「日本の歴史」、「世界の歴史」は鉄板でしたから教室に揃えていました。全体像を掴むのとまず興味を引かせることがうまいなあと。「いま」の人気漫画家をたくさん使える角川ならではの強みですね。


































