熱田巡礼 【大初位下 西市少令史】 | ひむかのブログ

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ゴールデンウィークだから、という訳ではないのだが、改めて熱田さんにお参りしてきた。

足柄「今年は初詣行ってないものね」

という訳で地下鉄名城線を堀田駅で下車する。

足柄「はい? いや、名古屋の人以外はスルーするだろうけど、普通は熱田神宮行くのに堀田駅では下りないでしょ。寝過ごしたのかしら」

失礼な。ちゃんと意図あってのことだ。

足柄「針は? って、冷たい目で見ないでよ。提督こういう駄洒落好きじゃない。」

確かに嫌いではないが、タイミングがなあ。ともあれ今年のテーマは摂社末社だ。堀田駅を出て熱田神宮へ向かって西へ行くと、熱田神宮の境外末社の浮島神社(1)にたどり着く。天穂日命を祭る神社だ。

 

 

足柄「こんな公園の片隅にそういう由緒正しい神社があるなんて」

 

絶対近所の人しか来ないだろうなと思わせる神社だ。あと、私のようにもの好きでめぐる人とか。今回はこんな神社をぶらぶらめぐるつもりだ。

 

足柄「何の意味があって?」

 

意味? そんなものはないさ。ただ、そうやってうろうろするとこんなものにぶつかったりする。

 


 

足柄「そういえば、家康が竹千代と呼ばれてた頃に熱田に人質として暮らしていたわね。このあたりだったの」

 

そう、熱田の南、東海道沿いのさらに南のあたりだ。そしてここから北を目指し東海道にたどり着くと、鈴之御前神社(2)がある。

 

 

昔はこのあたりを流れている小川で身を清めてから熱田さんに参ったそうだ。

 

足柄「ちょ、なんか写ってる」

 

霊光だな。さすが霊験あらたかな禊の社だ。

 

足柄「いや、光が入ったとか何か言ってよ。怖いじゃないの」

 

さて、ここからさらに南西へと進むとグーグルマップには「村社 笹宮」と書いてある場所にたどり着くのだが、ここに複数のお社が立っている。そのうち一番東にあるお社が末社南楠社(3)だ。ちなみに名前の由来は社の後ろに見えている御神木の楠らしい。

 

 

足柄「しかし、よく見つけたわねえ」

 

ここから南に行くと海、

 

 

ではなく堀川に出る。

 

 

七里の渡しだな。

 

足柄「昔は海だったのよね」

 

ただ、遠浅すぎて足柄みたいな喫水の深い船には近づけない港だったんだけどな。

 

足柄「だから、という訳でもないんでしょうけど、港区一つ分埋め立てたのよね」

 

正しくは港区一つと、南区、熱田区および中川区の三割ぐらいだな。さて、ここから一気に北上して熱田神宮の鳥居も横を抜けていく。

 

足柄「通過するのかよ」

 

すると、小学校のすぐ横に青衾神社(4)がある。

 

 

足柄「小学校って関係あるの?」

 

ある、というか、この神社は子供にかかわる神社なんだ。生まれた子供が熱田さんにお宮参りに行く前にこの神社をお参りするという風習がある。さて、ここからさらに北に行くと影向間社という神社があるはずなんだが、実は見つけられなかったので参ってない。

 

足柄「グーグルマップで検索すると駐車場のあるあたりがヒットするんだけど、それらしい社はなかったのよね」

 

で、しょうがないからこんなのを見てきた。

 

 

足柄「おお、鎌倉殿。三つの幕府の創設者のうち二人が熱田さんがらみなのねえ」

 

さらに北へ行くともう一つ境外摂社があるけど、この日はもうばてたので熱田さんの正面に回って南側にあるもう一つの摂社松姤神社(5)にお参りした。

 

 

 

足柄「ビルの谷間にあるのね」

 

社殿は結構高いところにあるので、写真の撮り方によってはこんな具合に街中の神社とは思えない写真も撮れる。

 

 

という訳で、熱田さんの南西側にある境外摂社末社を回ったのだが、これだけで最寄りの駅で言うと堀田駅、伝馬町駅、神宮西駅と地下鉄三駅分歩くから結構運動になるぞ。

 

足柄「で、ようやく熱田さんの境内に入るのね」

 

ということで以下次回。