最近、英語の「Religion」を「宗教」と訳したのは間違いだったのではないかと思っている。じゃあどうしたらいいのかと言われると困るが、少なくとも西洋人と日本人が宗教またはReligionについて会話しているときにその違いのために大きなすれ違いが起きているような気がする。
「Religion」と「宗教」は全く別物とは言わないがその指す物はずれている。私の考えでは「Religion」は「宗教」の部分集合になる。「宗教」のうちある特徴を持つ一部が「Religion」だと思う。
ある特徴とは、
①絶対的存在を提示する
②道徳規範を提示する
③生活規範を提示する
という機能だと考えます。日本人的には驚きですが西洋人は「宗教」はこれらの機能があるはずだと考えています。だから「宗教を信じない人がなぜ正しいことがわかるのか?」などと意味不明なことを言います。それに対する日本人の答えは「正しいことすら神様に決めてもらわなければわからないのか」という逆に西洋人には意味不明の言葉です。これは話がかみ合いません。
神道は基本的にはこれらすべてを有しません。(宗派によっては有しているものがあるのは確かです。神道も「Religion」の影響を受けるわけですから) なので日本人は②③を宗教以外のものに求めます。端的に言うと世間の空気でしょうか。(それではあまりにも海外に説明しにくいので考え出したのが新渡戸先生の「武士道」でしょう。これは日本人に「このように生きろ」とした指針ではなく、海外の人に日本人は「このように生きている」と説明するためのものです)世間の空気は宗教ではありません。もちろん宗教からの影響は受けますが、それを決定しているのはどこかの神の教えではなくみんなの何となくの合意です。
これが示すことは道徳規範は生活規範は宗教と別に存在しうるということです。日本人は何を当たり前のことをというでしょうが、キリスト教に染まり切った人には衝撃の発言、下手したら神への冒涜でしょう。
この差を知ると西洋人が異常なほど「Religion」を持たない人を警戒する気持ちもわかるでしょう。規範を持たないからいつ殺しに来たり盗みに来たりするかわからないのです。日本人に言わせれば「神様に言われなくても殺したり盗んだりするなよ」という話ですが。
え?①ですか?それあってもなくてもどうでもよくないですか?