大阪での個人セッション1枠あきあります
明日から再び大阪です
10月2日(土)
個人セッション1枠あります@大阪堺
アロマライフリーディング 3時間3万円
※ほかセッションメニューはご相談くださぃ。
詳細は蔦田さんの記事をご覧くださいませ~

ゆみあさんセッションin大阪☆1枠空きアリです!
http://ameblo.jp/t-payforward/entry-10658341896.html
そして
本日10/1は ゆるり@亀山の 西山千春さんによる
インナービューティー・プログラム
@名古屋名東区
たのしみです^^

10月2日(土)
個人セッション1枠あります@大阪堺
アロマライフリーディング 3時間3万円
※ほかセッションメニューはご相談くださぃ。
詳細は蔦田さんの記事をご覧くださいませ~

ゆみあさんセッションin大阪☆1枠空きアリです!
http://ameblo.jp/t-payforward/entry-10658341896.html
そして
本日10/1は ゆるり@亀山の 西山千春さんによる
インナービューティー・プログラム
@名古屋名東区
たのしみです^^
愛の目線と恐怖の目線とバランスと
先日とあるセッションで 究極の闇であるブラックホールを
映し出す鏡を持ってるといぅ方に 出会いました。
単に映し出すだけでなく 照らし出すといぅ感じで
もぅ 自分の闇であるブラックホールが 映し出されて自分へと
降りそそいでくるのであります。
ブラックホールは エネルギー的には 絶対近づいてはならなぃ場所。
闇の力が強すぎて 闇にのまれて 危険とされているのだけれど・・・。
あくまでもそれは 一般論であり 一般的なチャクラシステムが
まったく応用しなぃ人が 存在しているのと同じで
人っていぅのは ほんとぅに ひとりひとりが特別で
ユニークなものなのです。
このブラックホール的な闇といぅのは 腐ってる部分ともいぇるかな。
単にトラウマ的な傷といぅよりも 傷を負って その傷を育ててきて
腐った精神とでもいぅか・・・。
そこに 愛は存在できなくて 恐怖しかなぃ世界。
愛と恐怖は 同時に存在することが無いし 出来ないのです。
だから 恐怖を抹殺して 愛だけで生きようとするよぅな風潮が
スピリチュアル中毒者といぅか ニューエイジ愛好家の中には
あるよぅなのですけど・・・。
恐怖は 生命の危機などに直面するときには センサーとして
働くものでもあるので あってしかりで なぃと危ない感覚では
あると思われます。
が・・・。
愛をもてなぃで 愛がひっくりかぇって 恐怖になってしまぅといぅ
本来なら愛のはずが 恐怖になってる時っていぅのはあって
それは 恐怖でなくて愛でいーんじゃなぃの?って とこかと思います。
じゃぁ 愛って何よ?って ハナシですけど
究極のところ 全容認 すべてはオッケーといぅスタンスかと思います。
じゃぁ すごく甘やかすことになるんじゃなぃかって
思うかもしれなぃですけど(その地点で 恐怖に支配されているのですが)
すべてにオッケーを出そうと思ったら 普通は
かなり苦行をしぃられることに なるのです。
相手に特に興味がなぃのなら 無責任にオッケーだしまくれますが
相手が大事であればあるほど 自分がわかってることを伝えたり
指導したくなるのが 人間の性(エゴ)でもあったりします。
(自分が心配したり ハラハラしたくないからともいえます。)
なのですが 相手を思って 相手の自由意志を尊重するとき
自分とは違うやり方を 相手が選択したぃとき
オッケーを出すことは 見守る、信頼するといぅ 愛がなくては
成立しなぃと思われます。
自由意志で 自己責任で 選択した道を進むものと
もっと早い道があるといぅことを わかっていながら
その相手を見守るものと 双方にとって 魂の成長があるといぇます。
愛は 成長をもたらすもの。
恐怖に支配され 縛られてしまぅと そこにとどまり鬱屈して
進まなくてもよぃいいわけや 成長しなくてもよぃいいわけを
考えることに頭脳を使うことで 頭のよぃ人ほど 武装が強固に
なってゆくのです。
そぅやって 外側に強固ないいわけマインドをつくって それで生きて
その内側には 腐ってよどんだ水が たまってゆく・・・。
その腐りが深くなるほどに ブラックホールが形成されてゆく。
そして 腐った水が 腐った水をよびこんで 闇はどんどん深まる。
いいわけマインドはさらに 強固になってゆくといぅ 悪循環。
この連鎖をとめるためには 腐った水を 出すしかなぃ。
それを浄化といったりするけれど 腐った水が深いほど
おそろしぃほどのパワーでもって ネガティブな形で
外側にあらわれてくるものなのです。
最悪は 病気や 犯罪や殺人などに発展してしまぅのですが
それが その人にとっての浄化なのであって
そぅするしかなぃギリギリの時に そぅなってしまぅだけのことなのです。
腐った水をためこんだ相手に 優しい言葉をかけることは簡単ですが
そぅすることで 傷はさらに腐り 腐った水は深まります。
そんな相手に 優しくすることが 愛とはいぇなぃ。
そんな相手に 成長をもたらすものは 腐った水を吐き出すことを
うながす行為になるのでしょう。
しかし その行為は あまりに危険で 誰も手をだそぅとはしなぃ
エリアでもあります。
また 誰にでも 出来ることでもありません。
腐った水が表面に出るときには 怒りや絶望や恨みや呪いや
この世のありとあらゆるネガティブな感情が 伴っていて
それが一揆に 爆発します。
その感情の大爆発を 誰もうけることを選べない。
愛をもってるもの意外には・・・。
生命がけで 相手をうけとめる愛。
そぅいぅ愛を持ってる人は 稀ではあるけれど
確かに存在は しているのです。
そして 私たちは そんな愛を使ってゆける人間へと
日々進化成長を 重ねているのでしょぅ・・・。
映し出す鏡を持ってるといぅ方に 出会いました。
単に映し出すだけでなく 照らし出すといぅ感じで
もぅ 自分の闇であるブラックホールが 映し出されて自分へと
降りそそいでくるのであります。
ブラックホールは エネルギー的には 絶対近づいてはならなぃ場所。
闇の力が強すぎて 闇にのまれて 危険とされているのだけれど・・・。
あくまでもそれは 一般論であり 一般的なチャクラシステムが
まったく応用しなぃ人が 存在しているのと同じで
人っていぅのは ほんとぅに ひとりひとりが特別で
ユニークなものなのです。
このブラックホール的な闇といぅのは 腐ってる部分ともいぇるかな。
単にトラウマ的な傷といぅよりも 傷を負って その傷を育ててきて
腐った精神とでもいぅか・・・。
そこに 愛は存在できなくて 恐怖しかなぃ世界。
愛と恐怖は 同時に存在することが無いし 出来ないのです。
だから 恐怖を抹殺して 愛だけで生きようとするよぅな風潮が
スピリチュアル中毒者といぅか ニューエイジ愛好家の中には
あるよぅなのですけど・・・。
恐怖は 生命の危機などに直面するときには センサーとして
働くものでもあるので あってしかりで なぃと危ない感覚では
あると思われます。
が・・・。
愛をもてなぃで 愛がひっくりかぇって 恐怖になってしまぅといぅ
本来なら愛のはずが 恐怖になってる時っていぅのはあって
それは 恐怖でなくて愛でいーんじゃなぃの?って とこかと思います。
じゃぁ 愛って何よ?って ハナシですけど
究極のところ 全容認 すべてはオッケーといぅスタンスかと思います。
じゃぁ すごく甘やかすことになるんじゃなぃかって
思うかもしれなぃですけど(その地点で 恐怖に支配されているのですが)
すべてにオッケーを出そうと思ったら 普通は
かなり苦行をしぃられることに なるのです。
相手に特に興味がなぃのなら 無責任にオッケーだしまくれますが
相手が大事であればあるほど 自分がわかってることを伝えたり
指導したくなるのが 人間の性(エゴ)でもあったりします。
(自分が心配したり ハラハラしたくないからともいえます。)
なのですが 相手を思って 相手の自由意志を尊重するとき
自分とは違うやり方を 相手が選択したぃとき
オッケーを出すことは 見守る、信頼するといぅ 愛がなくては
成立しなぃと思われます。
自由意志で 自己責任で 選択した道を進むものと
もっと早い道があるといぅことを わかっていながら
その相手を見守るものと 双方にとって 魂の成長があるといぇます。
愛は 成長をもたらすもの。
恐怖に支配され 縛られてしまぅと そこにとどまり鬱屈して
進まなくてもよぃいいわけや 成長しなくてもよぃいいわけを
考えることに頭脳を使うことで 頭のよぃ人ほど 武装が強固に
なってゆくのです。
そぅやって 外側に強固ないいわけマインドをつくって それで生きて
その内側には 腐ってよどんだ水が たまってゆく・・・。
その腐りが深くなるほどに ブラックホールが形成されてゆく。
そして 腐った水が 腐った水をよびこんで 闇はどんどん深まる。
いいわけマインドはさらに 強固になってゆくといぅ 悪循環。
この連鎖をとめるためには 腐った水を 出すしかなぃ。
それを浄化といったりするけれど 腐った水が深いほど
おそろしぃほどのパワーでもって ネガティブな形で
外側にあらわれてくるものなのです。
最悪は 病気や 犯罪や殺人などに発展してしまぅのですが
それが その人にとっての浄化なのであって
そぅするしかなぃギリギリの時に そぅなってしまぅだけのことなのです。
腐った水をためこんだ相手に 優しい言葉をかけることは簡単ですが
そぅすることで 傷はさらに腐り 腐った水は深まります。
そんな相手に 優しくすることが 愛とはいぇなぃ。
そんな相手に 成長をもたらすものは 腐った水を吐き出すことを
うながす行為になるのでしょう。
しかし その行為は あまりに危険で 誰も手をだそぅとはしなぃ
エリアでもあります。
また 誰にでも 出来ることでもありません。
腐った水が表面に出るときには 怒りや絶望や恨みや呪いや
この世のありとあらゆるネガティブな感情が 伴っていて
それが一揆に 爆発します。
その感情の大爆発を 誰もうけることを選べない。
愛をもってるもの意外には・・・。
生命がけで 相手をうけとめる愛。
そぅいぅ愛を持ってる人は 稀ではあるけれど
確かに存在は しているのです。
そして 私たちは そんな愛を使ってゆける人間へと
日々進化成長を 重ねているのでしょぅ・・・。















