週刊 姫路モノレール -77ページ目

書かなかった理由

 

どうもです。

 

前ブログ にて書きました 「高尾アパート 大将軍駅跡」 の解体の様子ですが

解体は更に進み、「ふぐ政」 さん店舗があった所の橋脚跡を残すのみとなり

アパートの建物自体は完全になくなって、瓦礫だけが残っています。

 

アパートのあった敷地に1基だけ残されました 橋脚跡 はしばらく?残されて

秋頃?に姫路市との立会いのもと、解体撤去される予定と聞いています。

 

ところで、昨年の夏 に始まりました 「高尾アパート 大将軍駅跡」 について

その期間や規模、話題のわりに、あまりブログに書いてきませんでした。

「もっと途中経過が知りたかった。」 と思っている読者さんもおられるかも?

 

しかしながら、「高尾アパート」 の解体を頻繁にブログに書かなかったのは

ある工事関係者さんとの約束と理由があったからなのでした。

 

自分の場合、姫路モノレール跡の撤去工事の撮影やブログに書くにあたり

撤去現場に最初に訪れた日に、撮影許可とブログ掲載の許可をいただきに

工事関係者さんへあいさつに行き、名前と理由を言うよう心がけています。

 

それは自分が工事の期間中、毎週毎日のように撮影しに現場へと行くため

不審人物と思われないように、顔を覚えてもらうためでもあります。

そして今回の 「高尾アパート」 の解体工事でも、初日に現場監督さんへと

撮影とブログの掲載許可をいただきにあいさつに行ったのでした。

 

以前、 解体の下見? でお会いした事のあった現場監督さんとあいさつをし

撮影とブログへ掲載許可について話すと、撮影は許可を得られたのですが

「ブログには工事の様子をあまり書かないで欲しい。」 と返答がありました。

外から見えている事ですから、全く書いてはダメと言われたのではないです。

 

理由としては、今回の 「高尾アパート」 の解体工事をブログに書かれる事で

興味を持った人たちが見学に来るのを、監督さんは不安に思っていたです。

 

「高尾アパート」 の解体が始まったのは、昨年8月14、15日に行われました

高尾アパート 大将軍駅跡見学会」 の直後、8月17日からでした。

夏休みという事もあって、平日の昼間でも常に何人かが現場を撮影している

そんな状態が8月末まで続いていたと、自分は関係者さんより聞きました。

 

ここで素人の自分は、作業している間中、誰かが常に撮影していると思うと

作業されている人たちも気が散っていやかもしれない、そう思ったのです。

 

その頃、上記の見学会がテレビのニュース等で放送されたりしたおかげで

当ブログのアクセス数は1日5000件を上回る日が続いたりもしましたので

多少なりとも、当ブログを見て見学に行った読者さんもいたかもしれません。

 

しかしながら、監督さんが話してくれた理由は、「作業をする人の気が散る。」

そんな自分が考えていたような、単純で簡単な理由ではなかったのです。

 

そこで監督さんから自分に話してくれた理由が、一体何だったのかと言うと

見学する人たちが増えると、「困った人」 が来る確立も増える、という事。

この場合の 「困った人」 とは、「いつの間にか現場に入って撮影している。」

自分には考えられない、そんな 「困った人」 がいるんだそうです。

 

今回の 「高尾アパート」 解体工事でも、そんな 「困った人」 は現れました。

 

お昼休みの休憩中、作業される人たちが現場を離れている間に中に入って

撮影する 「困った人」 がいたそうで、幸いまだ昼食に行っていなかった人と

現場でばったりと出くわし、それ以上大事に至らなかったそうです。

「もし現場で怪我でもしていたら 工事が一時中断」 なんて事も有り得るとか。

 

そんなトラブルがあった後、当ブログに 「現場へ決して入らないように!」 と

書いてくれないかと関係者さんから頼まれたのですが、ブログに書くと反対に

「現場に入れる。」 と 「困った人」 に思われそうでボツになったのでした。

 

そして自分の終業後に現場へ行った撮影中にも 「困った人」 は現れました。

 

作業が終わっているのを確認し、開閉式のバリケードの鉄パイプの隙間から

撮影しようとしていると、現場の中に白いカッターシャツの少年がいたのです。

自分は少年へ、「工事の関係者さんですか?」 と話しても黙ったままでしたが

すぐに鉄パイプの隙間から器用に外へとくぐり抜けて謝り帰って行きました。

 

後日、それを関係者さんへ言うと、鉄パイプの隙間に鉄パイプをもう1本入れ

どんなにスリムな人でも入れないよう対策されていました。

関係者さんたちの間でも、そこの鉄パイプの隙間が気にはなっていたらしく

おかげで、鉄パイプの隙間からの撮影がやりにくくなってしまったのでした。

 

自分が知っているだけでも、開始早々2件の不法侵入が起こったのですから

なかなかブログに途中経過を書こうにも、その気になりませんでした。

ですから大きな変化があった時や申し訳程度にしか書かなかったのです。

9月になって夏休みも終わる頃には、撮影する人も少なくなっていましたが。

 

「高尾アパート」 へ入って撮影したいのは、誰だって自分だって同じでした。

 

そんな 「高尾アパート」 も、今やその姿形もなくなってしまったわけですが…。

 

それではまた。