早朝の賑わい
どうもです。
2012年 3月10日 土曜日、朝5時30分過ぎ…
春分の日まであと10日というこの日は、まだまだ太陽が昇っておらず
姫路モノレール跡下の道は点々と街灯が点いている所が明るいだけで
まだ辺りは暗く静かなままだ。
もし、この日が平日だったとしたなら、JRと山陽電車の両姫路駅から
徒歩で約5分の場所に位置する、この姫路モノレール跡下の付近にも
通勤通学する人たちが少しはいたかも知れない。
しかしその日は土曜日という事もあり、それら人々の姿を目にする事は
ほとんどなかった。
だがそこから少しだけ、ほんの数十m北へと行くだけで空気は変わる。
お店の灯はまだ暗い空間を明々と照らし、活気のある人々が行き交う。
実はそんな光景が、ここ姫路モノレール跡下付近にはあるのです。
てなわけで今日の写真は
撮影日は 2012年 3月10日と11日。
朝5時半過ぎだというのに、この辺りの市場は元気に営業中。
青果店、鮮魚店、乾物店に精肉店、雑貨店等色々なお店があります。
すべてのお店が営業をしているわけではありませんが。
この辺りの市場は、何十年も前から平日の朝は営業しているとか。
さすがに朝6時にもなっていないと、一般のお客さんは少なそうですが
それでも同じ市場内の人がお客さんとして来るようです。
おそらくもっと早い時間なら、青果店や鮮魚店は賑わっていたでしょう。
もちろん自分のような一見さんでも買い物をする事ができます。
モノレール跡下にあるコインパーキングでは、仕入れ終えた人たちが
談笑しながら仕入れの品を車へと積み込む。
6時半を過ぎて、姫路モノレール跡も撮影できるようになってきました。
早朝、誰もいないアーケード通り。
日曜日だけ市場の通り全体がお休みになるとお店の方に聞いたので
翌日日曜日に市場へと行ってみました。
確かに並んでいるお店のシャッターはすべて下りていました。
閉められたシャッターの向こうに見えるのがモノレールの軌道跡です。
昼間なのに市場のアーケードの通りは暗いまま。
市場の通りを北方へ行くと 「十二所神社」 、「お菊神社」 があります。
「お菊神社」 は 「怪談 播州皿屋敷」 で有名な 「お菊さん」 の事です。
「お菊さん」 が 「十二所神社」 にお参りしていた、との言い伝えがあり
「十二所神社」 の中に 「お菊さん」 を祭る 「お菊神社」 があります。
このような同所に2つある神社を、「本社」 と 「摂社」 と呼ぶそうです。
土曜日、自分が市場に着いたのは朝の5時半を少し過ぎた頃でした。
その時間では、どのお店もお店を開けてから大分経つようでしたので
一体市場の人は何時頃から営業をしているのか?聞いてみました。
すると大体のお店が4時~5時くらいには開けているとか。
確かに青果店や鮮魚店等は、業者さんたちが買いに来たりするので
お店を開ける理由もわかるのですが、雑貨やお菓子のお店までもが
同じようにお店を朝早くから開けて営業しています。
最初自分はそれを見て 「商売になるのか?」 と疑問に思いましたが
それでも菓子類とかを買い求める人を見かけたりもしました。
考えてみれば、もしガムテープが必要になったら雑貨店が必要だし
菓子店は菓子パンも置いていたようなので、 「ちょっと小腹が…。」
なんて時は菓子店も必要になってくるでしょう。
まぁ、ガムテープは近くのお店の人に借りればいい場合もあるかな。
今回書いた早朝から活気ある市場の事は、以前 「高尾アパート」 に
住んでおられ、学生時には市場でバイトもした事があるという方から
教えていただいた情報でした。
「高尾アパート」 から東へすぐの所にある通り一帯の市場の起こりは
戦後すぐに自然発生した市場 ( 闇市? ) だったとか。
その後、1957年に 「手柄駅」 横に 「姫路市中央卸売市場」 ができ
市場としての機能は次第にそちらへと移っていったそうです。
それでも五十数年経った今も、この辺りは市場として残っています。
自分はこれまで、昼間にこの市場へ何度も訪れた事がありましたが
その時はそんな歴史があり、毎日こんな朝早くから営業しているとは
思いもしませんでした。
朝も明けきらず、暗い街の通り一帯を明るく照らし営業している姿を
最初に見た時は、不思議な感覚を覚えました。
自分がまだ姫路にモノレールが存在していた事を知らなかった頃に
初めてモノレールの軌道跡を見た時感じた感覚に似ていたかも…。
20世紀から21世紀へ時間は進み、時代や世代、周りが変わっても
姫路モノレール跡と同様に、いつまでも姫路に残こしておいて欲しい
そんな風景なのではないかと思います。
それではまた。