軍艦島と姫路モノレール跡
どうもです。
8月3日付けのブログ にて、「オータムフェスティバル」 で行われる予定の
「産業遺産写真展」 の告知を書いた時、 「世界遺産」 へと登録されました
日本各地にあります、「産業革命遺産」 のひとつを思い出したのでした。
少し前に話題となった事ですが、先月7月に世界遺産へと登録されました
「軍艦島」 について、自分の乏しい知識と聞いた話を元に書いてみます。
それから、これより書いていきます、「軍艦島」 についは、実は2009年に
1度書いたまま更新しなかったブログを、今回改めて書き直したものです。
ニュースに取り上げられた事もあってか、普通に知られるようになりました
長崎県長崎市沖にあります 「端島 ( はしま )」 、 通称 「軍艦島」 。
この度、世界遺産となりました廃墟好きさんには馴染みの場所でしょうか。
1974年に島の海底炭鉱が閉山し、同年の4月に全島民が島から離れて
無人島になってしまいましたが、一時は、「世界一の人口密度を誇った。」
とも言われていた島なのです。 ( 詳しくは 端島wiki をどうぞ。)
2001年に 「三菱マテリアル」 さんより、当時の 「高島町」 へと無償譲渡。
そして2005年には、上記 「高島町」 が長崎市へと編入された事によって
「軍艦島」 の所有権は、そのまま長崎市が継ぐ事になったのでした。
2002年より、「軍艦島を世界遺産に!」 という運動が始まったそうですが
2000年以前の知名度は、離島な事に加え企業の所有物という事もあり
地元の人や廃墟好きさん等、一部の人だけに知られる存在でした。
どうやら、2000年に放映されたドラマが、その知名度を上げたようです。
「軍艦島」 は、2009年まで一般人の上陸、立ち入りを禁止していたため
通常、一般人が島を見学できたのは、船に乗って海側からの見学だけで
「軍艦島」 へ上陸しての見学は、「建前上」 不可能でした。
なぜ 「建前上」 と書いたかというと、島の防波堤は絶好の釣り場でもあり
釣り人を防波堤へ渡してくれる舟もあって、そこは黙認?という形でした。
昔の 「軍艦島」 好きさんたちは、その釣り人に混ざり上陸するわけです。
高校の 先輩 で、何度かいっしょに姫路モノレール跡散策もした事があり
濃い鉄道ファン ( ローカル線、廃線、廃墟、バス、廃バス ) でもあります
先輩から、2009年に 「軍艦島」 の上陸話を聞いた事がありました。
先輩も約30年前に、大学の友人とともに 「軍艦島」 へ上陸したそうです。
もちろん、その当時でも、一般人に対しての上陸規制はあったそうですが
現在より規制が厳しくなくて、釣り人なら普通に上陸していたんだとか。
ただ、現在のようにネットも携帯もない、そんな時代では確かな情報がなく
「釣り人なら舟で渡してくれるらしい?」 との半信半疑な情報だけを頼りに
友人たちと、関西から長崎県の 「軍艦島」 へと向かったそうです。
どこの港から島へと渡してくれるのかもわからず、現地で情報を得ながら
とりあえず渡してくれる舟があるという情報を得て、その港へと到着。
当然まわりは釣り人ばかり、明らかに先輩グループは浮いていたそうな。
肩から釣り竿の代わりに三脚を掛け、手にはクーラーボックスの代わりに
カメラ用のアルミケースを持っているのですから無理もありません。
最初は釣り道具も持っていないし、船頭さんが渡してくれないかも…、とか
心配したらしいのですが、船頭さんもそういった状況には慣れたものらしく
「お前らこれか?」 と、カメラを構える格好をし、渡してくれたんだそうです。
それから夏休み毎に、何度も上陸を繰り返し、時に島で泊まりもしたとか。
写真や8ミリ映画撮影が趣味だった先輩は、同じような趣味の仲間たちと
閉山から10年余り経過した 「軍艦島」 を撮影しまくったんだそうです。
「そのうちお前にも見せたる。」 とか言われましたが、実現していません。
そんな 「軍艦島」 好きだった先輩も、就職し自由な時間が取りにくくなると
自然と 「軍艦島」 へは行かなくなったそうです。( やっぱり遠いですから )
姫路モノレール跡好きには廃墟好きも多いと思ったのか、その時の先輩は
自分たちに 「軍艦島」 の話をしてくれたわけですが、ひと通り話を聞いた後
「また機会があれば行きたいですか?」 と、自分は聞いてみたのでした。
先輩は、今の ( 話してくれたのは2009年 ) 「軍艦島」 に一切興味がなく
心無い人に荒らされ、ついには上陸見学ツアーまでできると言われていた
2009年当時の 「軍艦島」 に、何の魅力も感じなくなってしまったとか。
先輩たちグループも無許可上陸しているのですから、それ自体ダメですが
気を付けて歩いたり、物の移動や荒らす行為は一切しなかったとの事。
当時上陸していた 「軍艦島」 好きさんたちは、そんな人が多かったのかな。
ちなみに、一般人や釣り人に無許可上陸の取り締まりが厳しくなったのは
ドラマで知名度が上がり、遺産登録運動が始まった2002年頃だとか。
無人島になって30年弱、建物の傷みも相当酷くなっていたと思われます。
なぜ今回、わざわざ 「軍艦島」 の事を書き直し、ブログにしたのかというと
「軍艦島」 の 「世界遺産」 登録は、地元の人にとってうれしい事でしょう。
でも先輩のような昔からの 「軍艦島」 好きにとっては、「世界遺産」 登録も
上陸可能な見学ツアーができた事も、うれしい事なのでしょうか?
「軍艦島」 上陸見学ツアーのため、島の一部に見学通路が敷かれました。
「世界遺産」 への登録や、上陸見学ツアーのせいで変わっていく島の姿に
また、島の上では見学に訪れた観光客で賑わっているという変わりように。
そんな 「軍艦島」 が嫌で、先輩のようにファンをやめた人もいたかもです。
今回のブログの元ネタを書いたのが、「手柄山駅舎跡」 の改装が始まった
2009年で、先輩からこの話を聞いたのが、「1日見学会 」 の日でした。
2011年 、姫路モノレール跡も 「手柄山駅舎跡」 が改装され展示室となり
車輌も保存が決定、開館時間ならいつでも無料で見学ができます。
でもそれって、いい事?うれしい事?って、当時の自分は思っていました。
姫路モノレール跡は、2009年以降の約6年間で駅舎跡の改装を含めて
軌道桁や橋脚跡の撤去、それ以外にも多くのモノを失ってきました。
「手柄山駅舎跡」 の改装では、車輌4両のうち2両が 解体 、あとの2両も
展示用にシートやカーテンの内装が一新、元の姿を保ってはいません。
また、現在は 「水族館」 と 「モノレール展示室」 とになってしまった空間も
改装前までは休止されました1974年の姿を、ほぼ保ったままでした。
「モノレール展示室」 になっていますホーム側も、水族館になってしまった
検車場側も、改装前までほとんど物置状態でしたし、モノレールの車輌も
休止から軌道上で放置のまま、ほこりをかぶってはいましたが…。
その上に改装前の 「手柄山駅舎跡」 は、建物が古く傷んできていたため
大きな改装をするか、解体してしまうかを選ばなければなりませんでした。
もし駅舎跡が解体となれば、建物の中で保存されていました4両の車輌も
保存しておく場所がなくなり、4両とも解体しなければなりません。
そして姫路市は駅舎跡の改装を選択、建物内は変わってしまったものの
「手柄山駅舎跡」 の外観はその姿を保ち、2両の車輌も保存されました。
「手柄山駅舎跡」 の改装は残念でしたが、そこは仕方がなかったのか?
中には 「潔く、駅舎跡も車輌も解体してしまえ。」 と思った人がいたかも?
姫路モノレール跡が失ったモノは、何も車輌や空間だけではありません。
2013年に解体されてしまいました、「船場川」 沿い姫路モノレール跡と
並行して建っていました、「山陽色素」 さんの 第二工場跡 もそうです。
100年以上前に建てられたというレンガ造りの建物で、「船場川」 を挟み
姫路モノレール跡との 並び がすばらしく、自分も好きな撮影場所でした。
そして、この5月末で閉められました、「高尾アパート 」 跡の 「住人」 さん。
人が住んでいての 「アパート」 なのですから、住人さんがいなくなった今
「高尾アパート」 も、ついに 「跡」 の文字が付くようになってしまいました。
「高尾アパート」 の建物は変わらずにありますが、アパートとしての機能
住人さんがいるのといないのとでは、大きな違いがあると思うのです。
新しいファンや普通の人からしたら、「なぜ、そんなにこだわるの?」 って
思われるかもしれませんが、そこはやっぱりこだわってしまうのです。
昔は 「軍艦島」 が好きだった先輩も、似た感覚ではなかったでしょうか?
「誰でも上陸できて、整備された 「軍艦島」 なんか、もうどうでもええわ。」
実際、「軍艦島」 に興味をなくした先輩も、話しぶりはそんな感じでした。
自分の場合、もう開き直っている感覚でして、この先姫路モノレール跡が
どうなっていこうが、姫路モノレール跡好きでいく覚悟で決めています。
もし仮に、自分が今、初めて姫路モノレール跡に興味を持ったとしたら?
おそらく、1~2度くらいの散策と撮影をして、それ以上進展はないかな。
せめて6年、姫路モノレール跡を早く知っていたらと後悔、さえしないか。
「軍艦島」 と姫路モノレール跡とを比べてしまうのも無理がありましたが
2009年当時、大きく変わっていく 「軍艦島」 と姫路モノレール跡を見て
昔からいるファンの中に、同じような気持ちの人がいるのでは?と思って
2009年に書いていたネタを、今さらながら書き直してみました。
毎度の事ながら、自分勝手なブログの内容でしたので、お気を悪くされた
「軍艦島」 が好きな方、姫路モノレール跡が好きな方、そしてそれら両方
2つとも好きですよって方がおられましたら、申しわけございません。
それではまた。