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ドキュメンタリーと演劇の類似性

 もうひとつ、下村さんのHPより。


下村健一の「目のツケドコロ」

●同時出版!ドキュメンタリーの「力」と「嘘」

 http://www.tbs.co.jp/radio/np/eye/050416.html


ドキュメンタリーについては、前にも書いたことがあったが、「ドキュメンタリーの力」と「ドキュメンタリーは嘘をつく」という本を書いたお二人の話を聞いていて、「映像の観劇化」がすすんでいるのではないかということを思いついた。ただの思いつきなので、映像の観劇化というわかりにくい表現を使っているけれど、ドキュメンタリーにしろニュースにしろ、映像を演劇とかある種のパフォーマンスとしてみるという意識が高まっているのではないか、というぐらいの意味である。


それこそ、現在、多くの人たちは映像に「編集」や「やらせ」が介在しているだろうことをしっている。しかし、このドキュメンタリーの作り手たちは、映像に作り手の意図や意識が組み込まれてしまうことにもっと積極的な意味を見出そうしているように思う。そのために、あえて偽善的なそぶり(ドキュメンタリーの「力」)をみせたり、偽悪的なそぶり(ドキュメンタリーの「嘘」)をみせたりしているのだろう。 しかし、「うそ」も「ほんと」もまざりあいながら、作り手と受け手の想像力がぶつかりあう装置として、古来から受け継がれてきたものに、演劇やダンスなどの「パフォーマンス」がある。とくに、演劇は「昔ながらのドキュメンタリー」という事ができるかもしれない。


もちろん、例えばテレビや映画などで視る「映像」と劇場で観る「演劇」は、コミュニケーションの仕方が根本的に異なる。しかし、この二つを並べて考えることは、後者の特に西洋社会での実践と批評の歴史が長く、そして深いだけに、多くのヒントと考えるための枠組みを提供してくれると思う。もちろん、日本の演劇や古典芸能にも多くのヒントが隠されているはずだ(平田オリザ「リアルだけが生き延びる」とか、中沢新一「精霊の王」なんかはその例にあたるかもしれない)。


一例をあげるのならば、演劇論にはブレヒトのいう「異化効果」というものがある。「異化」という言葉は、それこそ現在大学でドキュメンタリーのつくり方などを教えているSさんの話ではじめて意識したのだが、私はブレヒトの「異化効果Verfremdungseffekt;alienation; estrangement)」からきているのではないかと勝手に思っている。


ブレヒトは、演劇におけるいわゆる「リアリズム演劇」を否定したといわれている。彼の舞台では、演劇の作り出す意味と演じる役者を完全には一致させず、「異化効果」を仕込むことによって、役者自身(actor)と役柄(character)とそれをあわせた舞台(staging)間に楔を打ち込み、意識化させていたという(異化効果はV-effectともいわれる)。演劇でなくとも、この手法はマンガでも多用されていると思う(漫画家がでてきちゃったりするやつ)。 これは、ドキュメンタリーでも同じことである。森さんは「フィクショナライズ」という言葉を使っていたが(演劇論の専門用語だと思ってた!)、その過程をより意識するために、作り手の意図をはっきり見せたり、作り手を映像に登場させるといったところは、まさに「異化効果」ということができると思う。


おもしろいのは、ブレヒトは、この「異化効果」を中国の役者(Mei Lanfang)を観たときに思いついたという話。「演劇=現実」という方程式を解体している、Meiのパフォーマンスを観て、ブレヒトは「非幻想的な演劇」の重要性に気づいたのだという。East meets Westがこんなところにあるのですね。そして、この「異化効果」を少し乱暴にまとめると、リアリズムにあえてヒビを入れることによって、より「リアル」さが際立ってくるということだと思う。演劇にしろ、ドキュメンタリーにしろ、その他、日常にあふれれさまざまなリアルの演出にしろ、リアリズムとフィクションの間の曖昧模糊とした何か(それは「力」でもあり「嘘」でもある)、私達を惹きつけるものがあるのだろう。そのとき、私達はたんなる観客になる以上のものになる(ボールは、SpectatorからSpect-actorという)のだろう。


 *平田オリザ「演技と演出」にリアリズム演劇のグルであるスタニスラフスキーとブレヒトについてのわかりやすい記述がある。同著者による「リアルだけが生き延びる」も好著。


*David Boyle "Authenticity: Brnds, fakes, spin and the lust for real life"が、リアルとフェイクについてさまざまな例を引いて説明している。学術書ではないが、かなりおもしろい(日本語訳もでてほしい)。最後に「わび-さび文化」がこれからのニュー・リアリストの基本になってきているといっているところが、日本人としては嬉しい(という私は、わび・さびの意味についてこの本ではじめて知った・・・)。

イラク戦争をふつうの人の視点で描く「Little Birds」

下村さんの「目のツケドコロ」で『Littel Birds』という映画が紹介されていた。


GW必見!イラク映画『Little Birds』上映中
http://www.tbs.co.jp/radio/np/eye/050430.html


かなり観たい。(けど、いまは無理・・・)


渋谷のUplinkでこのお二人のトークイベントもあるらしいです。Uplinkは、「うたかた」を観にいったことがありますが、小さいけれど、かなりくつろいだ感じの映画館でした。いろんなデザイン・チェアーがありました。イベントも盛り上がりそう。下村さんとお話ししたいなぁ。


『Little Birds 公開記念トークイベント~インディペンデント・ジャーナリズムの未来~』
http://www.uplink.co.jp/factory/log/000462.html


*自主映画会のために英語版もあるということなので、うちの大学のアーツ・センターで上映できないかメールしてみようかな。英国だと難しいかもしれないけど、アーツ・センターは「In this World」とか、「Osama」とかの映画も上映しているから、もしかしたら反応してくれるかもしれない。ものは試し。

知識人は絶滅種なのか?

私の所属する社会学部が、Annual Sociology Debateなるものを開催した。そんなものやってたのかと思っていたら、今年が第一回目だという。そして、第一回目のテーマは、"Is the Intellectual an Endangered Species(インテレクチャルは絶滅種なのか?)"。討論者は、最近それぞれが「インテレクチャル」についての本を書いた、我らがスティーブ・フラー社会学部教授と、ケント大学社会学部教授のフランク・フレディ。


Steve Fuller. 2005. The Intellectual: the positive power of negative thinking...
Frank Fredi. 2004. Where Have All the Intellectuals Gone?: Confrinting 21st Century Philistinism.


討論会は、二人がそれぞれ20分~25分ぐらいずつしゃべり、その後に会場からの質問に二人が答えるという形式だった。ぱっと聞くと(とくにインテリというすこし皮肉のこもったカタカナ用語を使用する国からやってきた私にとっては)、インテリによる、インテリのための、インテリ話という完全に自己完結した会なのかと思ってしまいがちだが、かならずしもそういうことではなく、「知識社会」といわれる現代において、知識人の存在にはどんな意味があるのか、あるいはもっと広い意味での知識って何なのか、という問題とつながってくるのである。だから、インテレクチャルといっても大学に勤める人や科学者、テレビや雑誌にでてくるひとだけでなく、もっと広い意味で考えたほうがいいようだ(フラーの本では、より理念型として扱われているようだが)。けれど、やっぱり大学の人たちばかりが集まっており、当事者性がたかいので、討論も「(大学人である)我々は~(We...)」という話し方が増えていったのも確かなのではあるが。。。


私自身にとっても、暗い未来が予見されている(最近の内田先生のブログでも日本のインテレクチャルの悲惨な現状についての一事例が報告されていた。またまたTBさせていただく。)大学や知識人社会とどう付き合っていくのか(大学人になるとしても、大学外にいくとしても)という差し迫った問題でもあるので、耳をダンボにして聞き入った。会場も満員で200人以上いたかもしれない。


フランク・フレディの話しは、インテレクチャルの世界が、いかに"culture of flattery(お世辞の文化)"であり、"conformism(体制順応)"にまみれており、現世的であるかということであった。よくいわれる大学の市場化もしかり、人々を小バカにしたような選挙活動やマスメディアもしかり、子供だましの科学館(ボタンを押しているだけ)もしかり・・・、ということだそうだ。つまり、本の副題にもあるように、ここまではびこった"philistinism(俗物根性)"とどう立ち向かっていくのかということを問題としているようだった。私の感想としては、フレディは、どうやら大いなるインテレクチャルの復旧(復活とはいわないでおく)を呼びかけているようなのだけど、それにしてはインテレクチャル社会の負の側面を強調しすぎだと思った。それは現実なのだろうけど、インテレクチャル悲観論だけであって、ビジョンに欠けるといったところ。でも、さすがに頭の回転と受け答えはすごいと思った。


それをうけた、スティーブ・フラーの話しは、「インテレクチャルの未来は明るいのではないか。でも、アカデミアの中では逆だけどね。」という一言からはじまり、プロタゴラスだって、ボルテールだって、・・・・サルトルだって、マルクスだって、歴史上に名を成して、社会に影響をあたえてきたインテレクチャルはみんなアカデミアとは折り合いが悪かったじゃないかい!という話しや、20世紀の後半になっていままでにないくらい多くの人々が大学を卒業して、アカデミアの外で活躍しているじゃないか!という話を出してきて、アカデミズム悲観論を一蹴する(シニシズムは湛えたままだが)。その上で、インテレクチャルの重要性とは何かという核心に進んでいく。特に以下の二点のことについていっていたと思う。


まず、一点は、インテレクチャルは、自分の領域だけの学術雑誌や大学の授業だけにとらわれずに、さまざまな言葉をつかって、さまざまなメディアを通して、さまざまなテキストで、さまざまな長さで、さまざまな理由のために発言をしていかなくてはならないという主張をしていた。「scholatism(スコラ学的な内向きのメンタリティのことだと思う)」に陥ったり、ギルド(組合)を作ったりしないで、できるだけ多くの人達に自分が生産した知識をとどける。つまり、(今回はこの言葉を使っていなかったが)パブリック・グッド(公益)のために仕事をしていかなくてはならないということであった。


そして二つ目は、アカデミアのテニュア(終身ポストのこと)の意味について。フラーいわく、アカデミズムの歴史をひもとけば「テニュア」ができたのは、"taken-for-granted(当然だと思われている)"な事柄を、インテレクチャルが不断に批判していくことを保証するためにできたのだという。つまり、インテレクチャルがテニュアにまもられながら、硬直した保守的な考え方やシステムを常に批判していく、そういう機能が期待されていたというのだ。大学は権力の手先と考えている人にはちょっとおかしく思えるかもしれないが、フラーがいうには、大学は、批判精神(クリティシズム)を担保する場所として歴史上存在してきたというのだ。残念ながら、今のテニュア制度はそういう風には、働いていないことが多いのだという。


これだけではなんだかよく解らないが、私なりにまとめると、フラーが言いたかったのは、インテレクチャルは、パブリックのために(そういう意味では市場化には賛成していると思う)働き、そして批判精神の義務の遂行を矜持としなくてはならないという事だったのだと思う。


後半の、質疑応答では、フロアーからインテレクチャルの「市場化」(大学の学部が企業にスポンサーされていることとか)について、学術誌に論文を載せること(パブリッシュ)について、「犠牲」について、「マスマディア」との関係について、などの質問がでて、面白いやりとりが展開された。しかし、あまり覚えていない(聞き取れないところもあった)ので、ここもフラーが応答として述べた二点だけを記憶と本に頼りながらまとめてみる。


一つは、インテレクチャルのアカデミック・フリーダムを考えるときに、"freedom of teach(教育の自由)"だけでなく学生の"freedom of learn(勉学の自由)"もセットで考えなければならないという主張。これは、フラーが「大学」をインテレクチャルの牙城として一押しにする理由でもあるらしいのだが、「研究」だけでなく「教育」にも重点をおいていかなければ、パブリック・グッドにつながっていかないということらしい。つまり、(私の勝手な解釈になってしまうかもしれないが)インテレクチャルにもとめられているのは、「知識の生産」だけではなく、「知識の分配」であり、それが「教育」の重要性につながってくる。具体的には、大学院生には知識の生産の仕方だけでなく、つまり教育方法(つまり知識の分配の技術)も教えていかなくてはならないのではないか、というコメントをしていた。


少し話しがずれてしまうが、この線で考えてみると、日本の科学界・教育界がやろうとしているらしい「科学コミュニケーター」の育成というのが少し的をはずしたプロジェクトなんじゃないかと思えてくる。もちろん、科学ジャーナリストや科学コミュニケーションを専門とする仕事はもとめられるようになってきているのかもしれない。しかし、だからといって科学コミュニケーションという専門を学ばせるのではなく(そもそも科学コミュニケーションの専門なんて無いし)、もとからあるそれぞれの領域のなかで教育の仕方なりコミュニケーションの仕方なりという、知識の分配の方法を教えていくのが本当なんじゃないかということだ。だからこそ、自然科学でいえば、技術のスピンオフばかりを考えてないで、教育面も加味したカリキュラムを制定すべきだというのがフラーの主張だったはず。人文系だって、教職をもっと取りやすくしたり、教える機会をもっとあたえたりすればいい(これは私見)。そうすることで、大学や研究職にありつけたひとも、そうでないひとも、知識の分配をしていく。それが、知識社会の良好な循環をもたらすのではないか(governance of science)、というのがフラーの主張の私なりのまとめである。


話しをもとに戻して、もう一つ印象に残ったのは、インテレクチャルの仕事が楽になるはずがないということ(フラーは、「リスキーな仕事だ」という言い方をしていた)。そうだとは思っていたけれど、まともに言われると「それじゃ、ほとんど修行僧に成れと言うことなのか・・・」と思った。しかし、少なくとも必要とされ存在を認められていれば、修行僧としても幸せなのだから、そのための戦略と信条を持ってやっていかなければならない、といいたいのだろう。おお、なんてロックンロールな仕事なんだ!!


でもね・・・。・・・は想像にお任せいたします。

英研究ニュース:グリーン・エネルギー、進化心理学、脂肪酸、等

サイコム・ニュース(メルマガに登録していただけるとうれしいです)のためにまとめた先週の英国科学ニュース。サイコムでは、研究ニュースとしているけれど、科学一般、知識社会一般の話しを広く拾っているつもり。それでも、すこし個人的な見解がはいってきてしまうのはしょうがないかと。自主的に勉強のつもりでやっているわけだし。。。


粥川さんがご自身の日記で当ブログを紹介してくださった(ありがとうございます!)。さすがに人気サイトだけあって、カウンターも通常の四倍になっています(粥川ファンのみなさん、はじめまして)。粥川さんは自分は「嫌われ者」と卑下しているけれど、議論を巻き起こす知識量と経験と気力があるところがすごいところで、それでこそインテレクチャルの証なのだと思う(Steve FullerのThe Intellectualを読んでいるところなので、「インテレクチャル」という言葉を使っている。これについては別エントリーする予定)。


以下、ニュースのまとめ。

▼先週は、晴れた日が続きました(私がいるMidland地方だけかもしれませんが)。でも、英国はまだまだ寒いです。

▼今回も、栄養とこどもの行動のつながりについての研究の話しがでてきました。これから、さらに研究が進むと思われますが(そして英国の食状況がもっとよくなるといいのですが)、こういう記事でよく出てくるのが、脂肪酸(Acid oil)です。脳の働きにとって重要なこの栄養が英国の人たちには足りてないそうなのです。日本人は魚をたくさんたべるので、大丈夫なのでしょうか。実は、高価な魚の摂取が少なくなっている私も脂肪酸が豊富な亜麻仁(ゴマに似ている)を買ってたべたりしています。頭の働きがよくなることを期待して。。。

▼博士が100人いる村という話もありましたが、心の衛生は研究者のみならず現代人の一番の関心ごとかもしれません。「Healing Without Freud or Prozac(フロイトにもプロザックにも頼らない癒し)」という本は、100万部以上売れているベストセラーであるとか、著者が医師・科学者であるというのもありますが、「国境なき医師団」として紛争地での治療経験から編み出されたというところに興味がいきます。ちなみにここでも、脂肪酸(Omega3)がでてきます。

▼大学関係者が主な読者であるTHES紙には、気鋭の進化心理学者の新著に関連した記事がありました。暴力が遺伝であるという主張は、本を読まないうちから大きな議論を起こしそうですが、入念に集められたデータも見てみたい気がします。前回のコメントでも述べましたが、勢いを増しつつある遺伝決定論や進化心理学などとどう付き合っていくのか、あらゆる分野の学者にとって大きな問題になってきそうです。誠実でオープンな議論に発展していってほしいものです。

▼来週には、政府の環境アドバイザーがブレア首相に風力などのグリーン・エネルギーをすすめる報告をする予定となっています。ガーディアン紙を中心にみているからかもしれないですが、他にも環境問題に関連した研究ニュースがありました。原子力エネルギーにもどる様子を見せているブレア首相がどう対応するのか、来週の一面になるかもしれません。

▼他には、大学の現状のニュースや代替エネルギーの問題、動物権利関連、北海の魚、温暖化否定派のデータの怪しさなどを少しずつまとめてあります。皆さんからの情報提供やご意見もお待ちしています。(岡橋)

研究ニュース

科学者
●Theory of the killer-instinct in our genes dismissed as 'bullshit'
http://www.thes.co.uk/current_edition/story.aspx?story_id=2021842

▼アメリカの気鋭の進化心理学者のDavid Bussが、今月末に「The Murder Next Door: Why the Mind is Designed to Kill(お隣の殺人者:何故、心は殺すようにデザインされているのか)」という本を出版する。マンチェスター大学の心理学者の は「ブー*ット」、スティーブン・ローズも「進化学的ファンタジー」とコメントしている。このTHES紙には、Buss氏のインタビューも二面を割いて掲載され(要購読)、議論がすでに沸騰していることを感じさせます。(アメリカの状況はどうなのでしょうか。>舘野さん)

●The stress buster: His ground-breaking book about coping with tension has sold more than a million copies. Here David Servan-Schreiber tells Harriet Griffey how to relax
http://www.guardian.co.uk/g2/story/0,,1480217,00.html

▼世界で100万部以上も売れている"Healing Without Freud or Prozac(フロイトにもプロザックにも頼らない癒し)"の著者(医師であり神経科学者でもある)のインタビュー。よくありがちな本ではなさそうです。「ハート・コーヒーレンス」と呼ばれる彼の方法は、「国境なき医師団」の一員として紛争地域での治療にあたった経験が生かされているようです。

●'This is how science is done': Nobel physicist Richard Feynman wrote hundreds of inspiring letters, often to strangers. Below, his daughter Michelle Feynman introduces an edited selection - published here for the first time

▼ノーベル物理学賞受賞者のリチャード・ファイマンが書いた、手紙が、娘によって公開される。同じ分野の人たちではなく、様々な分野の人たちに書いていたそうです。

大学・教育
●Star staff cosseted in bid to up RAE rating
http://www.thes.co.uk/current_edition/story.aspx?story_id=2021834

▼2008年の大学評価にむけて、一流の研究者が厚遇されている模様を伝えている。教育オンリーの契約が増えたり、評価の仕方に問題があったり、ということもあるようです。いくつかの大学は自前の評価を準備している模様。

●Number crunching: Universities see data provision as a chore, but they must take care with the figures or face the consequences, warns Rosa Scoble
http://education.guardian.co.uk/higher/comment/story/0,9828,1482406,00.html

▼Higher Education Statistics Agency (Hesa)に関してのコメント。1993年に設立されたこの機関の出すデータは、大学関係者の間でかなり使われるようになっている。しかし、そのデータを誰が、どこで、どのように使うのか、そしてその結果がどうなったのか、ということに注意を払わなければならないと忠告している。

●Scientists at Oxford fear lab closures
http://www.thes.co.uk/current_edition/story.aspx?story_id=2021820

▼オックスフォード大学の物理と化学の学部が資金繰りに苦難している。研究スペースの縮小や人員削減もありうるそうです。

●University heads reject science rescue plans
http://education.guardian.co.uk/higher/sciences/story/0,12243,1483629,00.html

▼先日、物理や化学の学部の縮小を危惧した議員たちが、地域ごとの協力体制の設立を提案したが、大学からは否定的にみられているようです。議員達の提案が問題の解決にはならないといっているが、中央からのコントロールを嫌う傾向もあるらしい。

●Exam results reveal gender gulf in schools: Study proves boys lag far behind girls nationwide
http://observer.guardian.co.uk/uk_news/story/0,6903,1484284,00.html

▼男子生徒の成績が女子生徒の成績より、大幅に劣っているという驚きのデータがでたことについて。

健康
●Why it's time we faced fats
http://www.guardian.co.uk/life/feature/story/0,13026,1476219,00.html

▼栄養と行動や学習障害とのつながりについての新しい研究がはじまることについて、いままでの研究(オランダの刑務所、等)などをまとめつつ書いている。脂肪酸(Omega 3とか)が1つの解決法らしい。

●£74m for research into new treatments
http://education.guardian.co.uk/higher/sciences/story/0,12243,1481730,00.html

▼患者への新しい治療のための研究に医療系チャリティーと政府の機関が7400万ポンドを拠出。最新の分子生物学の成果を、病気の早期発見や治療の向上に生かすのが目的。

動物権利
●'Hundreds shouted at me, roll over and die': Science gave a Parkinson's victim new life but animal rights activists called him a Nazi
http://observer.guardian.co.uk/uk_news/story/0,6903,1484312,00.html

▼動物実験のおかげで、パーキンソン病の先進的な治療を受けることができ人生が変わった人が、パブリック・ミーティングで動物権利活動家から非難を浴びたことなどについて。

環境
●Junk science: David Bellamy's inaccurate and selective figures on glacier shrinkage are a boon to climate change deniers
http://education.guardian.co.uk/higher/sciences/story/0,,1480375,00.html

▼植物学者のBellamy博士が、New Scientist紙上で、「世界の氷河は後退しているのではなく、成長している」と述べたことが、温暖化を否定する人たちに引用されるようになっているが、その出所がとても怪しいということが書かれている。

●North Sea fish on the move to cooler waters
http://www.guardian.co.uk/life/science/story/0,12996,1483209,00.html

▼北海の魚が北に生息地を移している。研究者は温暖化の影響といっている。

●Wave, wind, sun and tide is a powerful mix
http://www.guardian.co.uk/life/opinion/story/0,12981,1481539,00.html

▼オックスフォード大学での研究で、代替エネルギーの可能性を計算。場所や技術の組み合わせで、大きな違いがでることを示しているようです。

●Government report gives new wind to green energy
http://news.independent.co.uk/uk/environment/story.jsp?story=638548

▼政府の公式の環境アドバイザーが、原子力よりも風力と今週ブレア首相に報告する予定。

ビジネス
●If this is wasteful, I'm a banana...
http://education.guardian.co.uk/higher/comment/story/0,9828,1481609,00.html

▼ケンブリッジ大学とMITの協働が、先週のガーディアン紙のコラムニストに批判されたものにCambridge-MIT Instituteのディレクターが反論。アカデミアとインダストリーをつなげるのに役立っているらしい。英国の産学連携の象徴みたいなところのようです。

その他
●Experiment goes hunting for haunting under the Royal Mile
http://www.guardian.co.uk/life/science/story/0,12996,1482881,00.html

▼エジンバラの古くからある通りで、心理学者が幽霊体験の実験。

●Unknown mammal found at Laos market
http://www.guardian.co.uk/life/news/story/0,12976,1482801,00.html

▼ラオスの市場で売られているネズミのような動物が30年ぶりの新種の哺乳類。

政策空間というサイトで「予防原則の神話」論文を読む

リンクしてくださった kousin.comをちょっとみていたら、政策空間というサイトにリンクがあった。なかなかすごそうなブログ形式のサイトだが、ほとんどコメントやトラックバックがないというのはどういうことだろうか?最近、この形式になったのか。それとも会員専用のMLとかで議論されているのだろうか。こういうところに足跡を残しておくのは、なんとなく不安だが、それがまた興味を引いてしまう。最近の記事にトラックバックして、感想程度のことを書いてみる。


「予防原則という神話」という刺激的なタイトルに引かれて読んでみた。「予防原則」は、科学技術社会論や科学政策の世界では常套句のようである。私は、学部時代に平川さんのHP(ブログじゃないほう)とかで知った。たしかに、その頃と比べると「リスク」とか「予防原則」とかいう言葉を目にすることも多くなったかもしれない。ともかく、西澤さんは「ヨーロッパの予防原則」VS「アメリカのサウンド・サイエンス」的な対立軸が正確に現状をしめしていないと言っている。たしかに、狂牛病の議論でも見受けられるように(これも平川さんのブログ経由)、「予防原則」があたかも政治的な論争の道具かのように利用されていることも多いようだし、概念が一人歩きしている状況があるかもしれない。私も、こうした対立軸で見がちだったので、これはいけないと反省する。


西澤さんの書かれた論文もいづれ読みたいが、紹介されていた二本の論文についても、ここにメモしておこう。
Wiener, J. and Rogers, M. (2002) Comparing precaution in the United States and Europe, Journal of Risk Research, 5 (4), 317-349.
Wiener, J. (2003) Who’s precaution after all?, Duke Journal of Comparative and International Law, 13, 207-261.


ただ、これは西澤さんの書かれたより学術的な論文に書かれているのだと思うが、これから「予防原則」をどうやって考えていくのかという指針みたいなのを数行でもいいから示しておいてほしかったと思う(たんなる私の怠慢なのかもしれないが)。リスクというビミョーで、繊細な問題において、少しでも偏ったことをいうとすぐに叩かれるという恐れが、最後のところで筆を鈍らせていないかと感じた。短い文章で、いわんとすることを言うのは難しいし、すぐにレッテルを貼られてしまう危険性もあるのかもしれない。でも、いわれたら言い返せばいいわけで、それが開かれたアカデミックな議論(政策空間?)につながってくると思う。


私には、この文章では、「予防原則は神話なのです」というまた新しい神話が生まれていくような気がしてしまう。もし反「予防原則」を標榜するのであれば、そのラフな道すじを示していただけると、議論を見守る者にとっても、入っていきやすいなと思う。


以上、学生のタワゴトかもしれませんが。

英・科学ニュース-子どもの食,利己的遺伝子批判,等

サイコム・ニュース のためにまとめたものをコピペ.
遺伝子決定論については,「進化論の受容」で卒論を書いたこともあり,気になっているものの大幅に知識が不足しているので,なにも分析めいたことはできていない.規模も場所も対立軸も異なるが,サイエンス・ウォーズの続編と位置づけてもいいのではないだろうか.宗教の重みは日本だと違ってくるかもしれないけれど,だからこそ注目していきたい議論である.

ちなみに  kousinpage.com というところが当blogにリンクしてくださった.
ブログ書きはちょっとやる気がなくなってきたところだったので,励みになります.
ありがとうございます.


イギリス研究ニュース5/8

■先週は,イギリスは選挙でした.労働党が大幅に議席を減らしつつも,第三期目に入りました.選挙の結果やブレア首相の立場についての議論が盛んになされていますが,これからの政策がどのように決定されていくのかというところも気になるところです.


■前にもお伝えしたシェフのジェイミー・オリバーの学校給食改革ロビー活動は,実のところ,学校が業者と長期契約を結んでいたりしているため,なかなか進まない学校も多いようです.しかし,今週のニュースにもあったように,子どもの栄養と肥満,問題行動との関連に政府が注目しはじめているという流れも生んでいるようです.肥満は将来の医療システムを壊しかねない「時限爆弾」といわれていますし,十代の子ども達の問題行動は毎週のようにニュースになります.食からイギリスは変わっていくのでしょうか.日本の子ども達の「食」事情も気になります.


■チリ・パウダーに違法物質が入っていることもまた問題になっています.私は,こうした調味料をよく使うので,すごく気になるのですが,これまでどれだけ摂取してきたのか...複雑な心境です.


■また,今週のガーディアン紙では,研究者による二つの記事が「利己的遺伝子」で有名なオックスフォード大学のバイオロジストのリチャード・ドーキンス(彼の現在の役職名は「公衆の科学的理解」教授です)を大なり小なり批判していたのが,小さいながら,目に付きました.アメリカのダーウィニズム教育のニュースにもあったように,遺伝学(とその世界観)は欧米ではデリケートなテーマだということ以上のことはあまりわからないのですが,研究者内でも遺伝子決定論の功罪を気にかけている人たちいる様子が伝わってきます.


以上です(岡橋)


科学コミュニケーション
●The 21st century atheist
http://www.guardian.co.uk/comment/story/0,3604,1474570,00.html

▼「プラシーボ:信じる力」という本の著者が,反宗教むき出しの無神論者(リチャード・ドーキンスとかジョナサン・ミラーとか)を批判し,科学を道具として考え,宗教をアートとして価値を置く無神論を主張している.この主張より,プラシーボの本の方が面白いです.


●The unselfish gene: The new biology is reasserting the primacy of the whole organism - the individual - over the behaviour of isolated genes
http://education.guardian.co.uk/higher/sciences/story/0,12243,1477808,00.html

▼システムズ・バイオロジーの学者による,「利己的遺伝子」批判.ここでもドーキンスが批判されている.イギリスではシステムズ・バイオロジーのセンターが三つもできるそうです.


●Innovation and flexibility key in ESRC postgrad training guidelines
http://www.researchfortnight.co.uk/getPage.cfm?pagename=ResearchDay&lang=EN&type=UK&Publication=Research%20Day%20UK&Issue=2306

▼The Economic and Social Research Council(経済・社会研究カウンシル)が,ポスドクのトレーニングのガイドライン.


大学
●Warning to keep eye on academic consultancy
http://www.thes.co.uk/current_edition/story.aspx?story_id=2021678

▼大学の研究者のコンサルタントの仕事が,教育や研究の支障にならないために事前に対処しなければならないと,エジンバラ大学のビジネス・コマーシャリゼーション・マネジャーが会議で話す.


オープン・アクセス
●OUP widens open access trial
http://education.guardian.co.uk/higher/research/story/0,9865,1477643,00.html

▼学術情報のオープン・アクセス関連のニュース.オックスフォード大学出版(OUP)が,試験的に法律情報のインターネット上で無料公開するプランを発表.この記事では書かれていないが,国内の大学(おそらく研究機関も)では,OUPの学術雑誌を期間限定で無料閲覧できる.


健康
●Spice with illegal dye is found in 35 branded products
http://www.timesonline.co.uk/article/0,,8122-1600933,00.html

▼35種類の商品に使われているカイエン・ペッパーに違法染料.事態はかなり深刻なようで,来週火曜日には,欧州レベルで緊急会議が開かれる.


●Nutritionist to tackle unruly classrooms
http://education.independent.co.uk/news/story.jsp?story=634676

▼子どもの肥満や問題行動との関わりもあり,学校給食をはじめ子どもの食べ物は政府の注目となっている.政府のアドバイザーでもある栄養学者は,「研究者は十年以上研究してきたが,テレビ番組(ジェイミー・オリバー)でやっと注目をあびるようになった」とコメントしている.


生殖医療技術
●Eggs taken from stem cells may delay the menopause
http://education.guardian.co.uk/higher/research/story/0,9865,1476708,00.html

▼テネシー大学のブコフスキー教授が,女性の幹細胞を使い,ヒトの卵細胞をつくることに初めて成功した(Reproductive Biology and Endocrinology).不妊治療を大きく変えていく可能性.


製薬
●Cervical cancer drug could be global bestseller, says Glaxo
http://education.guardian.co.uk/businessofresearch/story/0,9860,1476072,00.html

▼子宮頸ガンの薬が,他の病気にも効果があるとGlaxoSmithKline.売れる薬になる可能性も言われている.


●AstraZeneca stroke drug trials' results conflict
http://education.guardian.co.uk/businessofresearch/story/0,9860,1476938,00.html

▼AstraZenacaの新しい薬として期待されている,脳卒中によるダメージを抑制する新薬の治験があまりうまくいっていないことを伝える記事.どう客観的に効果を計る難しさも関わってきているようだ.


アメリカ
●Scientists protest as school chiefs put Darwin on trial
From James Bone in New York
http://www.timesonline.co.uk/article/0,,11069-1601051,00.html

▼アメリカでダーウィニズムが学校教育で反対にあっていることを伝える記事.カンザス州などいくつかの州では,ダーウィニズムは一つの説でしかないと教え,「インテリジェント・デザイン」と呼ばれる,キリスト教にもとづく進化論も学校で教えるように法律化しようとしているらしい.


●Bush drives a bulldozer through laws protecting the wilderness
http://www.timesonline.co.uk/article/0,,11069-1601371,00.html

▼ブッシュ大統領が森林保護区での開発を認めたことに環境主義者らが憤慨.

英オープン・ユニバーシティの学生コミューン

先週末は友人の誕生日パーティに行って来た.


オランダに交換留学していた頃からの友人で,進化論(創造説とか)とメディアの関係を研究している(もう飽きていると連発してたけど..).彼は,今年で30歳になるので,自分の住んでいるところで大きなパーティを開いたのだ.


彼の住んでいるところは,昔教会の牧師が住んでいた屋敷で,六人ほどのOU(オープン・ユニバーシティ)の学生がシェアして住んでいる.めちゃくちゃ古い建物っていうこともあるが,住んでいるひとがヒッピーの生き残りみたいな雰囲気があり,こういうところをコミューンというのかなという印象.60年代から変わらない何かがある気がする.そこは,OUの学生(卒業生)にはよく知られているフラットらしく,パーティーがあるときには,昔そこに住んでいた人たちや,大学と関係ないような人たちまで集まってくる.もちろん,そのことも想定済みだ.誕生日会なのだが,ほとんど学生や地元の人たちが集まるといった感じ.30~40人くらいは集まってホストである私の友人をまったくしらない人が半分くらいかな...


大きな焚き火をこしらえたり,物置小屋でダンスをしたり,バーベキューをしたり,久しぶりにアウトドアな夜をすごした.焚き火のまえにボーっと座って,飲みながら,しゃべるっていう幸せ.高校の時にはよく山にいったが,学校の寮だったし,お酒は飲めなかったからなぁ.


友人はドイツからの留学生なので,ドイツやスイスからも数人の友人(の友人とかも)が着ていて,ドイツ人率が高かった.いろいろと話をしたけれど,一番おもしろかったのが,「ドイツ人は外国にいるとドイツ人同士で無視しあう」という話.理由も「自分の国があまりすきじゃないんじゃないか」とか「外国の文化とか人を知るためにきているのだから,ドイツ人とはしゃべらない」,とか「戦後教育のせいだおる」とか,なんだか日本と似ているなぁと思ってしまった.それを聞いてたポルトガル人は,「僕の国はたかが1000万人(だったかな)の国だから,外国で会えば,絶対に仲良くなる」って言って,驚いた様子だった.


こういう集まりにいくといつも思うのだが,ヨーロッパの学生はエラスムス制度など,お互いに留学生の行き来が多いし,とくにイギリスはヨーロッパ各国から学生がやってくるので,お互いの文化の違いや,歴史,スポーツの話など,時にはつらい戦争の話でも,ジョークを交えつつ(たとえば,ぼくの住んでいるコベントリーはドイツ軍にはげしい空爆をうけたのだが,逆にドイツのドレスデンは終戦間際にイギリス軍に空爆を受けた),やりあいつつも,お互いの話を聞いている場面に出会うことが多いことだ.もちろん,日本の話だってきいてくれる(「ロスト・イン・トランスレーション」が日本人にとっては差別的な映画っていうじゃないかと三人くらいに別々にいわれたのは驚いた).


歴史的,文化的,地理的な差はあるといえ,アジアでももっと学生の交流を高めて,国家と国家ではなく,個人個人が関係を深めていけたらなぁといつも思う.こっちにきて,韓国とか中国の友だちをつくれてよかったけど,もっと近いはずなのに,なんで遠回りしてるんだろうなぁと思ったりもする.


科学カフェを考える

 STSNJのシンポジウム

「カフェ・シアンティフィーク-その現状と可能性」が行われた.

 http://stsnj.org/nj/schedule/sympo04s.html


私も科学カフェ(カフェ・シアンティフィークは長いのでこれを総称として使う)について調べたり書いたりしていることもあり,参加して皆さんと意見を交換したかったのけれど,ここからだと遠すぎるので断念した.しかし,ジャーナリストの粥川さんが,ご自身の日記で会場からの指摘として問題点を三つにまとめている.


 みずもり亭日誌 http://www2.diary.ne.jp/user/91038/


さすがに鋭い指摘... 粥川さんの意見にも基本的には同意.しかし,科学カフェの日本でのおもしろい発展も願いつつ,粥川さんのまとめた三点に関して,弁護気味でコメントをしてみる. 粥川さんにお返事する形で書きます.(だから,ですます調.メールもしました)


(1)地域の事情に合った取り組みが重要というが、そうだとしたら、たとえばカルチャー・センターとか大学とかで行なわれている啓蒙活動とどこか違うのか。


 私が思うに,科学カフェとほとんど変わらないのだと思います.でも,イギリスでは,科学カフェがメディアや科学界から一定の注目を集め,全国に広がっていったのも確かです.その波がヨーロッパのみならず北米やインド,シンガポール,日本にまできちゃっているわけですから,相当なものともいえます.違いといえば,とくにネットワーク作りにおいて草の根的な発展の仕方をしていることだといえるかもしれません(もちろん大学とのつながりも強いですが).


 私は,科学カフェは,オープンソースでパテントのないブランドなのだと思うのが良いと思っています.だから,カルチャー・センターなり大学も,科学カフェが成功した要素のどれだって使っちゃえば良いと思うのです.例えば,カフェ・シアンティフィークやサイエンス・バーといった名前を使って宣伝に使う.あるいは,専門家からの話が20分+討論が1時間以上というディスカッションを重視する形式をまねる.コーヒーやビールを飲みながら,参加できるようなインフォーマルな方法をまねる.ウェブサイトを作って,ゆるやかなネットワークをつくる.などということをやってしまえばいいのだと思います.そこからどう発展させるかは,それぞれの勝手だと思います.


大学なりカルチャー・センターが,そういった試みはもうやっているということであれば,それはそれでいいですし,もし,科学カフェの実践にこれはおもしろいと思える所があれば,科学カフェの形式や雰囲気を利用,もとい活用することで,科学や専門家,ある科学的な問題に関する知識や暗黙知をより多く,より広く伝えていけますし,それは悪いことではないかと思います. 科学カフェ本当に小さな試みですし,参加者も多くても数十人ですから,費用対効果で考えるとほとんど意味のないものかもしれませんが,どんな小さな場所で起きていてもそれが文化となっていく可能性があるわけで,アカデミアを開いていくために,使えないかなぁなどと思うのです(これについては後述).


ちなみに,イギリスでは参加者の半分以上がアルコールです.Cafe Scientifiqueだと,スピーカーも飲んでいることが多いです.科学カフェをはじめたダンカン・ダラスさんも「コーヒーじゃだめだよ.ビールじゃなきゃ!」って言ってました.だから科学居酒屋,おおありだと思います.でも,少し高くつきそうですねぇ.


 (2)ある意図を持った団体などが行なうことをどう評価するか。たとえば政府の関係団体が科学技術推進のPR手段として開催することも考えられる


たしかに,プロパガンダやPRとして機能してしまうという危険性もあります.科学カフェのムーブメントを起こした人たちの一人も,もし科学カフェの行く末に懸念があるとしたら,「どういった団体がカフェ・シアンティフィークの形式を使うかわからないことだ」といっていました.これは演劇のワークショップとかとも同じで,ほぼ洗脳に近いことをやっているところもあれば,まさしくアートを伝えるところもあるのだと思います(その両方だったりするかもしれません).


しかし,これはどうしようもならないことで,どんなトピックでイベントをやるにしても,そう思われないようにやっていくしかないということなのだと思います.でも,科学をネタにするという時点で,プロパガンダになる危険性はぐっとアップするとは思います.だから,これは思ったよりも難しい舵取りを強いられる試みかもしれません.


(3)カフェ・サイエンティフィークというフランス語が、あるいはカフェという場所がはからずも示している通り、所詮は都市在住の、(経済的にも学歴的にも)あるレベル以上のエリート層の、「市民」のものにすぎないのではないか。


イギリスの科学カフェを見てて思うのは,参加者のレベルの高さです.学歴や収入などはわかりませんが,トピックについての背景をよく理解していたり,スピーカーの意図をしっかり汲んだ面白い質問を浴びせたり,確かにあるレベル以上のエリート層といえるかもしれません.


 科学カフェは大学の近くで行われることが多いので,「現役科学者」も幾人か参加していることもありました.たしかに,あるレベル以上のエリート層が楽しんでいるだけともいえるかもしれません.しかし,そういう人たちですら(むしろそういう人たちだからこそ),分野が少しでも違えば,話し合ったことがないというところも,科学カフェの効用として考えられるかもしれません.バーミンガムの科学カフェは,現役科学者が1人で切り盛りしているのですが,彼にとっては,市民などはあまり念頭になさそうでした.でも,科学に「文化」に引き戻そうという哲学はあるようだったので,それはそれでありなんだと思います.


それでも,科学カフェは「エリート」だと決め付けてしまうのももったいないような気がします.少なくともイギリスの科学カフェを見てきた限りでいうと,参加者の幅がとても広い,つまり老若男女がある程度のばらつきをもって参加しているのです.トーク・イベントでこれだけの層の人たちを集められるのは,科学ネタの良さかもしれませんね.それに,質問はしないし,静かに見ているだけだけど,面白そうなトピックだったから,とか街でチラシを見たから,無料だから,とかいう理由でひょっこり参加している人もいると思います(そういう人と話したことは数回しかないですが).そうい場所をエリートの集まりだと決め付けてしまうところも(粥川さんは言い切っているわけではなく,注意を促しているだけですが),もしかしたらエリート主義になってしまうのかもしれません.これは,言い出したら限がないですが...


私は,科学カフェは,アカデミア,あるいはジャーナリストも含む知識労働者の内側の意識改革に役立つと考えています.専門特化し,市民講座なんて見向きもしてこなかった知識人達,あるいは,読者を勝手に想定し,これがいま必要な情報なんだと押し付けてきたジャーナリスト達,そういう人たちが,なんでもないような質問や思ってもみなかった参加者の反応に直面することを通して,お互いが変わっていけるのならいいことではないかと.そして,お互いの「顔」が見えるところで生まれてくる「問題」や「違和感」,あるいは「発見」などが,参加している全ての人にとって結構役立つもの(リテラシーとも言われるようなこととも少し違うような気がしています)になっていくのではないかと思うのです.知識啓蒙のレベル以外でもみてみることができるのではないかと.


もちろん,繰り返しになりますが,そうすることによって「エリート意識」を高めているだけだという批判もできます.でも,その批判も受け止めつつ,抱えながらも,科学カフェの試みを,できるだけ社会のための科学につながる形に,したたかに利用できればなと思うのです.往々にして,物事は思っているようには進みませんが,そんな風に考えております. 以上です.

市民科学研究室の「市民科学」創刊号!

市民科学研究室 の出していた「土曜だより」がNPO化を期にリニューアルされ「市民科学」となった.その第一号が手元に届いた.というか,会員はダウンロードできるので印刷してじっくり読んだ.ちなみに私も「科学と市民の対話は可能か?」というちょっとあまりいい質問とはいえないタイトルで連載させていただいている.

市民科学研究室は,ウェブサイトで見つけて,集まりに参加したのがきっかけで,その後友人が関わっていたりした関係で,発表させていただいたり,連載を書かせていただいたりしているが,「市民科学」を読みながら,市民と科学について考えることの意義について改めて考えさせられた.そのことについて考えているはずなのに.自分は,市民とか民主主義とかコミュニケーションとか,言葉だけにおぼれて,あまりしっかり考えなくなっているかもしれないなぁと.不断に問い続けることの難しさよ.


さて,話のトーンが少しかわって,市民科学の中にボディセラピストの方の連載がある.今回はなんと「肛門」についてだった.楽しい例もたくさんはいったお話を手短にしてしまうと,現代人の生活は上半身ばかりでバランスが悪い,なので下半身を使うために意識的に「肛門」を閉めてみるといいのではないかということだった. なので,パソコンに向かうことの多い生活をしている私は,ちょっとその知恵を取り入れてみようと思っている.そう,ちょっと気合いれてみるのですよ.そう,たまに気づいたときに...これ,いいかも(笑).なんか身体の変化があれば,報告します.

対話にこだわった物理学者

 今年は世界物理年らしいのだが,興味深い物理学者による本をみつけた.


David Bohm 'On Dialogue'


Routledge社の復刻古典シリーズに入っている一冊.自分は対話について研究しているつもりだったけど,こんな本があることも知らなかった... Communication Theoryというジャーナル(これも先日発見.対話やコミュニケーションの理論とか実践を考えている人にはオススメ.読みやすい論文ばかり)で,このBohmとBakhtinが比べられて論じられていたので,気になっていたら,大学の本屋にあるではないか.


物理学者が書いたもの....という先入観を打ち砕かれた. 科学的な言説というよりも,ほとんど哲学(か信念)が書かれている.しかし,対話ということの本質や意義について深く考えていたのだなぁということが伝わってくる.というか,かなり賛成な部分が多い.対話については,「共有される知」とか「対話的合理性」とか,いろんな言葉で論じられていると思うが,ここまでうまく説明している人はあまりいないのではないか.

MITにDialogue projectなるものがあり,それに大きく関わっていたらしい(よく調べてません). 物理年に発見した物理学者ということで,今年はDavid Bohmが物理との接点にしよう.


 あと,「偶然を飼いならす」とか'The Social Construction of What?'のイアン・ハッキングがコレージュ・ド・フランス(フーコーとか,メルロ・ポンティがいたところ)に栄転しているらしい(STS関連人事ニュース).