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アカデミズム内アクティビズム?(メモ)

六月初旬,バーミンガム大学でこの本のCary Nelsonが講演をするらしい.

 

 Office Hours: Activism And Change In The Academy (Paperback) by Cary Nelson, Stephen Watt http://www.amazon.com/exec/obidos/tg/detail/-/0415971861/qid=1113836535/sr=1-1/ref=sr_1_1/103-4574824-1115810?v=glance&s=books

 

ネグリの「マルチチュード」と一緒に薦められているけど...

とりあえずメモ.

9.11の時

下村健一さんの目のツケドコロ.

9.11の飛行機突入を「美しい」と感じた男の話

 http://www.tbs.co.jp/radio/np/eye/050409.html 

今、東京・渋谷の『シネ・ラ・セット』で、大変ユニークな映画が上映されている。4月22日(金)まで上映が続く、その映画のタイトルは『PEEP “TV” SHOW』。「覗き見テレビショー」といった意味だが、その監督の土屋豊さん(自主制作ビデオの流通拠点「ビデオ・アクト」代表)にお話をうかがう。

 

という内容だったが,もちろんこの映画を見たくて見れない状況が歯がゆくもあるのだけれど,それ以上に,自分の9.11体験と重なるところがあり,下村さんが言うように「ドキッ!」としてしまった. 自分にとって,あの日のことはもうあまりはっきりしない記憶になってしまっている.それは,もしかしたら,意識的に忘れようとしているのかもしれない.もう,間違った記憶になっているのかもしれないけれど,これを機会に思い出してみようと思う.

 

あの日は,大学の新学期が始まって間もない頃だった.当時,私は大学の男子寮に住んでいて,その前の学期まで一年間交換留学をしていたこともあって,久しぶりの寮生活に違和感を感じながらも,新学期恒例のイベントに心躍らせていたのも確かだった.9月の初めは,留学生が数人入寮してくるので,彼らのために準備したりするのに寮内は少しあわただしくなる.

 

あの日,隣の寮との交流会を追えて帰ってきた私は真っ先にテレビのスイッチをオンにした.寮のイベントにおいて四年生の位置づけは「用済み」であるので,新入生の面倒を気にすることなく,私はスタスタと寮に一番最初に帰ってきていたのだ.そして,すぐにあの映像が飛び込んできた.何か大変なことが起きている,信じられないことが起きているということは理解できた.しかし,私の瞬間的な反応は,月並みながら「ゲームみたい」というものだったと思う.私は次々と帰ってきた寮生達に向かって,なにか目新しいものを発見したかのように「みろよ,これ.すごいぞ」みたいなことを言って,みんなに声をかけていたと思う.もしかしたら,衝突の瞬間の映像を見ながら「バーン」とか言ってたかもしれない.そのとき,あのビルの中にいた日本人は,隣の男子寮のOBだったのにもかかわらず...でも,あの時,あの場で,自分と周りがどのような反応をしていたのかということについてはあまり思い出せないというのも確かである.テレビの周りに釘付けにされながらも,どう理解していいのかわからないといった具合だったかもしれないが,それすらもよく覚えていない.しかし,1人だけどういう顔をして見ていたのかを覚えている寮生がいる.アメリカからその夏に留学してきたばかりの留学生だ.彼は,明らかに呆然とした顔をしていた.どう理解していいのかわからないという顔をしていた.しかし,私は彼に「どう思う?」なんてアホな質問を英語でしたのを覚えている.「答えられないよ」というのが彼の答えだったと思うが,それもあまり覚えていない.しかし,どうしてあそこで質問したのだろう.あの時,彼に私の行動,表情,言葉はどう写っていたのだろうか.彼も覚えていないのかもしれない.しかし,あのとき全く軽薄としかいいようがない行動しかとれなかった自分を,苦々しく見つめている彼がいたとしたならば,どうしようもないくらいに手遅れになってしまった何かを彼の心に残してしまっていると思うと恐ろしい.そう時々思うことがある.

 

その後,私は,何か居心地の悪さを感じたのかどうかは今となってはもう覚えていないのだが,新しくできた寮に入った友人を訪ねにいった.そこでも,小さいテレビにあの映像が映っていた.隣の部屋の学生が,日米学生ナンチャラというサークルの活動をしている人で,携帯をかけて興奮気味にしゃべっていたり,来年の夏のアメリカでの会に支障がでるかも,いや東京にも何かが起きるかもしれないなんてことを言って,騒いでいた.かくいう私もそれに乗せられるように,実家に電話してそんなような内容のことをしゃべったりしていた.しかし,恐るべきことにその時になっても,私にはあの映像の意味の何たるかをよく理解していなかったのだ.それは,9.11以後の世界とかそういうものではなくて,あの映像をみて,その中にいるであろう何百,何千の命に対して思いがいっていなかったのだ.さらに恐ろしいことには,幾度も繰り返される映像に,「飽きて」きている自分もいたかもしれない.私にとってあの映像は,どこか遠い,向こう側の出来事として理解されていたのだ. これもすべて,記憶の再生であるから,間違っているところ,思い込んでいるところがほとんどなのかもしれない.しかし,あの日,あの時,あの映像を見て,そういう状況になってしまったかもしれない自分を考えるのを避けてきたのは確かだ.自分がどう考えたとして,9.11の何が変わるのでもないけれど,ともすると全てのことを「向こう側」のこととしてみている自分に何かしらの欠如があることを認めたいと思う.

中国の農村での暴動が英紙の一面に

夕方学校の帰りに買った今日の英紙ガーディアンの一面は,POLICEとボンネットに書かれたパトカーがつぶされた写真,バスや車が横転した写真だった.そんでもって,タイトルが中国の農村でブラッディー・リボルトというだったから,反日運動がどうかしたのかと思い,あわてて読んだ.

 

●A bloody revolt in a tiny village challenges the rulers of China
http://www.guardian.co.uk/china/story/0,7369,1460263,00.html

 

反日運動ではなくて,農村で起きた警察との衝突が暴動に発展したという事件であった.記事によると,今週のはじめ,その土地にある化学プラントの立ち退き運動と警察との衝突の過程で二人の老女が殺されてしまったのをきっかけに,地元住民の鬱憤が爆発し,1000人もの警察官を蹴散らしてしまったらしい.30人の警官が病院に送られいるらしい(5人は重症).

 

Initial reports suggested that it started after the death of two elderly women, who were run over when police attempted to clear their protest against a chemical factory in a nearby industrial park.

Witnesses confirmed that the local old people's association had kept a 24-hour vigil for two weeks outside the plant. Many said they had heard of the deaths, but no one could name the victims. The local government of Dongyang insists there were no fatalities.

Like many of the other disputes that have racked China in the past year, frustration had been simmering for some time. Locals accused officials of seizing the land for the industrial park - built in 2002 - without their consent. Some blamed toxins from the chemical plant for ruined crops, malformed babies and contamination of the local Huashui river.

 

まえにNational Geographicで中国の公害の惨状を伝えていたが,あの記事とあまり相違ないこと(あるいはもっとひどい?)が起きていたのだろうか.もちろん,中国のメディアは報じていないし,周辺の人たちも噂を聞きつけて,見学に来ている(sigtseeing)ことを伝えている.よくみると,横転した車をたくさんの人が囲んで見物している(これはやらせじゃなさそうだ).

 

China's media have been forbidden to report on the government's loss of control, but word is spreading quickly to nearby towns and cities. Tens of thousands of sightseers and wellwishers are flocking every day to see the village that beat the police.
But the consequences for Huankantou are far from clear.

 

もちろん,上海や北京での出来事も伝えているのだが,こっちのほうが断然大きな扱いだ.JMMのふるまいさんは,反日暴動を「おちゃらけ」といっていたけど,まさにこっちの事件の方が,深刻な気がしてならない.政府の統計でも去年だけで58000件(前年より15%増で計300万人程度が参加)の抗議行動があったといっていることを記事の中でも伝えている.

ナノプティコン?

膨大な電子資料の検索は,必要な情報にたどり着きにくい反面,予想もつかない論文に出会えたりするのが楽しかったりする.

 

今回は,未来の科学技術を大胆に予想し,ポスト・ヒューマン・生命倫理を構想するというものを偶然みつけた.わかりやすい論文だったし,シャスターマンという人は全く知らなかったので(日本ではアート系で参照されているみたい),読んでみたくなったりしたが,なんといっても,「ナノプティコン」という言葉が印象に残った.パノプティコンはフーコーが有名にして,よく知られているが,ナノプティコンははじめて聞いた.もちろん,パロディだし,発音からして,ちょっと笑ってしまう言葉だけれど,ナノプティコン社会をイメージしようとすると,どうも笑ってもいられないような不安がよぎってしまう.Abramsさんは,少し技術決定主義的な論理展開をしている気がするので,その辺を批判することができるかもしれない.ナノプティコン,ナノプティコン,ナノプティコン.....

 

Abrams, Jerold J. 2004. Pragmatism, Artificial Intelligence, and Posthuman Bioethics: Shusterman, Rorty, Foucault. Human Studies 27:141-258.

「Science in Society(by OST)」と「ローマ法王と避妊」など

先週は,ローマ法王と選挙がにぎやかだった.科学政策に関連してくるレポートも見逃していたので,少しだけ読んでレポート.科学政策のところと,まとめのところだけをエントリーしておく.

 

科学界も政治界(scientific and political establishment)もずっと,「対話」だとか「オープン」だとか言い続けているど,実際の中身はどうなんでしょう?ということになると,あまり変わっていないような気もする.こういうことは,一朝一夕で変わるものでもないのだと思うから,「言い続ける」ことにすごい重要性があるのかなぁ.でも,政治にしろ,科学にしろ,ここまでいわなきゃだめになっちゃったってことも,振り返らないと,この社会の「アノミー状態」は,抜け出せない気もする.

 

反省と希望をバランスよく!(自分自身に言い聞かせているような気がしてきた.)


★科学政策
●UK Public Is Largely Positive About Science
http://www.mori.co.uk/polls/2004/ost.shtml

▼少し前のニュースですが,経済産業省付属のOffice of Science and TechnologyのためにMORIが作ったレポートの「Science in Society」が発表される.大まかな内容は,イギリスの80%の大人は科学が社会に貢献していると答えており,半分以上が去年の間に科学に関する活動に参加した(仕事以外で)と答えている.科学者への信頼も過去五年で63%から70%に向上.その反面,10人に4人の人だけが科学について知らされていると感じている.10人に8人は,結果(outcome)がなにかしらの活動(action)につながるパブリック・コンサルテーション(市民会議)を望んでいる.

 

●The BA calls for culture change
http://www.the-ba.net/the-ba/CurrentIssues/ReportsandPublications/Reports/_NSWresponse.htm

▼イギリスの科学界の大御所の「社会のなかの科学」に応じて出した声明です.科学者が自らの仕事について市民に対し説明することを,科学者の普通の仕事として位置づける「文化」に変えていかなければならない.そして,そのためにも科学者が市民との活動に従事することを科学者たちと資金を出しているひとたち自らが認め,評価していかなければならない.という主張.

 

●Policy through dialogue (2005)
http://www.cst.gov.uk/cst/reports/

▼これは,政府のCST(Communittee on Science and Technology)が同時期に出した「対話を通した政策:科学と技術に関する政策の情報開示」(うまくない訳ですが).


★まとめ
▼イギリスだけでなく,ヨーロッパ,そして世界のキリスト教徒の多い国々にとって今週の大きなニュースは,ローマ教皇が亡くなったことです.メディアは大々的に取り上げており,イギリスもキリスト教国であることを再確認させられます.

 

▼元カソリックのマドックス記者は,教皇の崩御は,なにもキリスト者(国)のみならず,非キリスト者(国)にとっても大きな影響があるといっています.なぜなら,教皇が変わることで生殖医療技術や家族生活などの基本方針が大きく変わる可能性があるからです.とくにカソリック教徒やカソリック国に大きな影響をあたえることは必至ですが,それが人々の生活や社会を変えていくことにもなるからです.リベラルな教皇が生まれた場合の影響は計り知れません.はじめて非白人の教皇が生まれる可能性(アフリカや南アメリカなどの方が信者が多い)が取りざたされていますが,バチカンの方向転換で,物事が大きく変わることが予想されます.それもメディアでの喧騒につながっているのだと考えられます.もちろん,科学技術の特に倫理面での状況に影響をあたえていくことでしょう.
http://www.guardian.co.uk/pope/story/0,12272,1451679,00.html
http://www.guardian.co.uk/pope/story/0,12272,1451456,00.html

 

▼時を同じくして,総選挙の日程がやっと決まりました.焦点は,ブレア&ブラウンのリーダーシップ,テロリズム,イラク,犯罪,教育,医療改革,移民,などなど多岐にわたりますが,そのなかで科学研究がどのような位置づけをされ,どのようなレトリックのなかで使われていくのかということを見ていければと思っています.

 

▼Dick Tavernの著書「The March of Unreason」が出版され,いくつか書評が出てきています.書評を見る限り,どうも科学VS反科学の単純な構造にとらわれている本のように思えるのですが,それはそれで参考になりそうです.
http://books.guardian.co.uk/review/story/0,,1449524,00.html
http://www.newscientist.com/article.ns?id=mg18624931.800
http://www.economist.com/displaystory.cfm?story_id=S%27%29%28L%2CRA%2F%22%23P%224%0A

 

▼イギリスの本屋で驚くことの1つは科学関連本の多さです.「Popular Science」という棚が,それこそ小説などと同じぐらいあったりするのです.こうした科学啓蒙書は,ホーキンスの世界的ベストセラー以降,特に出版が相次いでいるといいます.今週の記事にあったJon Turneyのポピュラー・サイエンス関連本の分析は,ある意味,科学を社会のなかでどう考えていくのかというヒントになるかもしれません.彼は,Imperial Collegeの科学コミュニケーション・コースの先生でもあります.
http://www.guardian.co.uk/life/feature/story/0,,1453315,00.html

 

▼冒頭であげた,「Science in Society」のレポートや英国科学振興協会の声明などは,科学界にとって市民の信頼を得ていくことが焦眉の問題なのだということがうかがえます.この二つを比べて見えてくる一つの違いは,前者のレポートは「政策」を意識しており,後者の短い声明は政策も含んだより大きな「文化」を意識している点です.おそらく,市民の信頼は両者が絡み合って育っていくのだ思うのですが,特に政策面で科学コミュニケーションをすすめていくのならば,「政策」と「文化」の兼ね合いを見極めていくことが大切なのだと思われます.まさに,「言うは易し・・・」ですが.

イギリス総選挙にむけた動き 学校給食,人文学カウンシル

先週のイギリス気になったニュースについて,サイコム・ジャパンのメルマガで載せていただいたものにリンク先を加えて,ここにもエントリーしておく.学校給食についての動きは,あまりサイエンスとは関係しないように思えるけど,間接的には栄養学とか発達心理学とか家族学だとかいうサイエンスにつながってくるはず.つまり,子どもがおいしく健康的な給食を食べることは,食べる喜びを知り,身体も健康になり,友達と親の関係もよくなり,集中力が上がり,自尊心も高まるといういいことづくめなのだ.かなり深刻化していると思われる肥満問題,教育問題,家族問題の解決の鍵はなんのことはない,食べ物だったなんてのは楽観的すぎるかもしれないけれど,イギリスにとって明るいニュースだと思う.

 

イギリスの特に若年層の食べ物の貧しさは,例えば電車とかでかなりのひとがチョコレートバーとコーラとチップスをお昼とか夕食とかにしている光景を浮かべてみればイメージしてもらえると思う.

日本の小学校の給食はおいしかったなぁ.日本の給食って今はどうなっているのだろう.

 

以下,転載.

 

▼イギリスのメディアは,いよいよ選挙にむけて盛り上がってきたような感じがしています.シェフのジェイミー・オリバーが,学校給食のロビーに成功した(政府はさらなる予算をつけることを確約しました)こともそうした流れの一つです.

http://www.jamieoliver.net/

▼ブレア首相は,「経済の安定性」を掲げています.科学技術研究もその一端を担っているということだと思います.政治家や政策立案者たちも,科学研究をふくむ知識生産が,「経済」の論理だけで働いていないことを認識しているとは思うのですが,大学のビジネス化も進んでいる様子ですし,知識生産をめぐる「経済」重視の傾向にすこし不安も感じます.イギリスの子どもたちの科学離れ(化学・物理学部閉鎖)・研究離れ(若手の医者)も,そうした傾向への反発なのかもしれない,というのは言いすぎでしょうか.


●£2.5m announced to staunch flow from academic medicine
http://education.guardian.co.uk/higher/research/story/0,9865,1448388,00.html
●Royal Society criticises university department closures
http://www.researchfortnight.co.uk/news.cfm?pagename=newsStory&type=default&elementID=49540

 

▼科学政策がらみでは,とくにTimes Higher Education Supplimentにあったニュースが,今度の選挙いかんでイギリスの科学政策体制がかなり変わっていく可能性もあることを示唆していたと思います.わたしが知る限りでは,イギリスでもこの点についてしっかり論評しているひとが少ないので,どう「読む」のかは難しいところなのですが,日本の政策を考えるためにもよいモデルにはなるとは思います.わたしは,選挙関連本を買って読んでみようかと迷っているところです.


●Blair and Brown in science tug-of-war
http://www.thes.co.uk/current_edition/

 

▼また,生殖技術研究をめぐる記事もいくつかありました.この領域でのイギリスの優位さを生かすべきか,倫理を優先するのか,そういった議論のたてかたをしているように見えます.いずれにせよ人体が関わる研究や政策は,慎重にすすめてほしいとおもいます.また,自国以外にも大きな影響をあたえているのだということも認識していてほしいです.


●Embryo research should continue, MPs say
http://www.researchfortnight.co.uk/news.cfm?pagename=newsStory&type=default&elementID=49528
●US team finds alternative stem cell source
http://education.guardian.co.uk/higher/research/story/0,9865,1447605,00.html
●Cloning of horses gets go-ahead
http://education.guardian.co.uk/higher/research/story/0,9865,1448171,00.html

 

▼人文学系の研究カウンシルができたことは,自分が人文学系の学部に所属しているということだからということだけでなく,一市民(イギリス国民ではないですが)として歓迎したいと思います.人文学は本だけあれば事足りる(お金がいらない)などともいえない時代になってきていると思います.科学技術ひとつをとっても人間の心や社会にあたえる影響は大きく,そういった意味でも人文学の意義が見直されていくべきですし,意欲的な研究をしていくためにもしっかりとした予算とマネージメントが必要だと思われます.新しいカウンシルとしてどういう活動をしていくのか,見守っていきたいと思います.とりあえずは,採択研究をチェックしてみたいとおもっています.


●Arts and humanities get own research council
http://education.guardian.co.uk/higher/artsandhumanities/story/0,12241,1450260,00.html

 

【お願い】毎週,イギリスニュースのところをまとめているので(たまにサボりますが),メルマガ登録よろしくお願いいたします!日本やアメリカのニュースはさらに充実していますし,科学研究や教育問題を俯瞰するにはもってこいです.

科学研究の独立性は認められるのか

 元記事がでてからもう一週間もたってしまったが,先週末をはさんだイースター休みを前に議員さんたちからなる上院科学技術委員会から出されたレポートについて,少し触れておく.

●MPs urge greater independence for research councils http://education.guardian.co.uk/higher/research/story/0,9865,1444081,00.html

レポートの結論は,

 The report concludes: "In the longer term we would like to see RCUK assuming complete independence in determining scientific priorities. Government should fund the science it needs directly rather than seeking to influence the research councils' priorities. "We have argued for a system in which the value of R&D [research and development] is firmly entrenched right across government and the research councils are left to pursue long-term scientific goals rather than those of the government of the day. We believe this would be a better model for the successful stewardship of the UK research base and the use of science by government."

ということらしい.つまり,イギリスの研究統括機関であるリサーチ・カウンシルUK(Reserach Councils UK)を独立性を高め,政府の干渉を減らせるべきで,そのほうが科学の長期的な発展にはよい,という主張のようだ. これだけで論評してしまうのも危険だけれど,この方向で科学政策を進めていくと,だれがチェックをいれていくのだろうという疑問が残る.科学と社会のコミュニケーションが必要だと上院議会の分厚いレポートが2000年に強く主張していたのとは,逆の事態になってしまうような気がする.

もちろん,進取の気性に富む科学者たちのフラストレーションも解らなくない.とくに生殖医療などの領域では,新しい発見や技術革新が目の前に見えているのにも関わらず,足踏みさせられているという状態は,さぞかし居心地の悪いものなのだろう.しかし,「科学コミュニケーション」だとか「科学と社会」だとかが政府や科学コミュニティの中から声高に言われるようになってきたのかということも考えなくてはならない.社会の信用を失ってしまえば,どんな革新的な研究も,非難の対象になってしまう可能性だってあるのだ.

もう一つ気になるのが(杞憂にすぎないといいのだが),議員たちがこうした科学技術に絡む倫理的・政治的問題について考えるのに疲れはててしまっているのではないかということだ.同時期にだされた上院議会の委員会によるレポートによる,このResearch Councils UKの独立性を高めよという主張と,そしてHFEA(生殖技術研究のライセンスを出す機関)を廃止しろという主張の二つは,どちらも実現されれば,結果的には,議員の手間や政策過程の手間を省くことになるからである.

科学者も自由になって,議員も楽になるということであれば,この二つの主張は,科学コミュニティと政府・立法担当者(議員)とがお互いにメリットのある状況(英語だとwin-win situation)になるのである. しかし,もしもそうして放任主義の科学研究が進めば,社会に幸せがやってくるのだろうか.しかし,いつもそううまくいくわけではないことを歴史は教えてくれている気がする.あえて,難しい作業,煩雑な作業をこなしていくことが,科学者にも政治家の本来の姿だと思うのだが.

だからこそ,まかせてばかりもいけないのだけど.

Universities Plc: Learning Enterprise in Higher

ウォーリックの大学の学生がドキュメンタリー映画を作ったらしく,四月末に上映会があるらしい.内容は,大学の教育が産業化しはじめていることを取り上げているらしい.題名は日本にしてしまうと,「株式会社大学」.ビジネス化してしまっている大学についてはこのブログでも注目しているので,これは行かねば.コーヒー・レセプションみたいなのがあるようなので,できれば作った生徒に話を聞いてきます. www.warwick.ac.uk/go/FKUC

大学の資金集めと大学の価値

The Guardianなどの新聞は,新聞本体とは別にG2とかT2(Timesの)とかの読み物中心の新聞がついている.とりたてて面白そうなニュースがない場合は,そちらの方をまず手にとることになる.

●First, find your millionaire :Universities are taking lessons from America on raising money from former students. By Harriet Swain
http://education.guardian.co.uk/egweekly/story/0,,1446887,00.html

今日も,一面の写真になっていたインドネシアの地震に驚かなかったわけではないが,なんとなくG2をパラパラめくっていた.すると,なにやら見慣れた風景が目に飛び込んできた.うちの大学のキャンパスの写真であった.記事の要旨は,イギリスの各大学が資金集めに力を入れ始めたことを伝える記事.国庫からの資金が細りつつあるなか,卒業生からの資金援助が重要視され始めているのだ.そこで何故うちの大学かというと,ここWarwick大学はアメリカナイズされた大学のさきがけであり(学長もアメリカ人らしい),資金集めのプロとしてアメリカのトップ大学で活躍してきた人を雇っていることがフューチャーされていたのである.その担当者の弁で興味深かったのは,「お金はあるところにはある」ということ.「でもねぇ,おいそれとこんな中途半端に田舎な大学に寄付なんて」と思って読み進めていると,イギリスの資産の半分をを5パーセントの人が持っているという数字にでくわす.たしかにあるところにはあるのかもしれなんなぁという気がしてくる.LSEとかOxbridgeとかの有名どころにはは,かなりの額の寄付があるみたいだ.

しかし,そうしたお金持ちの人たちからどうやってお金をひきだしているんだろうか.彼らは,大学の価値をどうプレゼンしているのだろうか.この大学の研究と教育の評価は低くはないのだが,対外的にはアーツセンターとかカンファレンス施設とかビジネススクールとかサイエンス・パークとかが「売り」になっているような気がしてならない.実際,ビジネススクールは立派な建物だったりするし...

タイトルにしたものの,ここでは大学の価値についての議論には立ち入らないことにして,資金集めということで思い出したニューヨーク市立図書館について触れるにとどめる.この巨大な図書館コンプレックスの一つには,わたしも昔潜入したことがあるのだが(そのときはユダヤ系文書のところにはいりこんで,黒ずくめにあごひげというジューイッシュのかたたちの一群に出くわすという貴重な経験をした),その本当の凄さを知ったのは,この岩波新書を読んでからである.

菅谷明子著「未来をつくる図書館 -ニューヨークからの報告-」

この本で報告されているニューヨークの公立図書館(4つの専門図書館と85の分館の複合体をさす)は,数字だけをみても年間予算2億8000万ドル,スタッフ3700人,来館者年間約1500万人といった具合だ.とくに驚いたのは,その集金能力.円にすると億単位で寄付が集まるのは,図書館側のマーケティング能力や企画力,メディアのたくみな利用もさることながら,図書館が地域の文化や経済にとって重要な存在であるという理解が社会に浸透しているからなのだと思い至る.しかし,こんな図書館の近くに住んでみたいと切に思う.そして,万が一お金持ちになったなら,多くの寄付をしてみたいと思う.

そんな,幸福のサイクルに大学もはいれたらいいのだけど,そのためには,おそらく,このニューヨークの例はあんまり役にたたなくて(あそこは,もともとモノと金に溢れているところ),地道にひとを育て,地域にアピールしていくことが肝要な気がする.うちの大学はなんか見失っている気がする.すくなくとも自分が,宝くじとかが当たってお金持ちになったとしても寄付したいなんて思わないなぁ.

にがい涙の大地から

一週間に一度はチェックする下村健一の「眼のツケドコロ」で,「にがい涙の大地から」というドキュメンタリー映画の監督の話がでていた.
http://www.tbs.co.jp/radio/np/eye/050305.html
本文で概ねの内容はつかめるのだが,映画のHPでも取材手記を読むことができる.
戦争は昔のことだと思っているのは自分たちもそうだろうし,何十年後に思わぬ形で被害にあった人たちにとってもそうだったのだろう.思わぬうちに日常が瓦解していくことのおそろしさを思うと,背筋が凍る思いがする.