本気ならヨシックス

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  ~ヨシムの言葉~

                  

この数カ月、6年生たちはたくさんの試合をこなしてきた。

 

東京都のトップリーグである「T1」のチームにも鍛えて頂いた。

埼玉のトップリーグである「S1」のチームにも鍛えて頂いた。

関東各県のトップレベルのチームの皆さんにとことん鍛えて頂いた。

 



とくにT1、S1のチームと試合をさせて頂く機会が多く、コリオーラの選手たちは今の立ち位置を知り、己の未熟さを知り、時には自分たちの通用する部分にも気づき、最高の時間を過ごせてきたと思っている。

 



試合の強度を考えると、選手たちは厳しい環境で、苦しい思いをしているかもしれないが、私としてはとても「幸せな時間」だ。

 

鍛えて頂き、苦しい場面や、つらい瞬間を何度も味わい続けることこそ、これからの糧になる。

 



上には上がいることを知り、

もっと頑張らなきゃ

という思いが積み重なっていく。

そして試合を重ねて何とかその課題を乗り越えちいさな達成感を得る。

 

その結果、心身ともにタフに成長していくのだ。

 



4月から開幕した4種リーグでは、勝ち点を重ねているものの、試合によってはまだまだ未熟さが露呈する試合もある。

 

それでも、取りこぼさずに、最低でも引き分けに持っていける粘りとタフさは出てきたと思う。

 

中断前の最後の日程となった6月30日の4種リーグでは、上位争いをするチームとの2試合だった。

結果は1勝1分で負けなしで終わることができたが、現在首位で進んでいる以上、対戦相手はコリオーラに対して最高の挑戦心をもって望んでくることは選手たちに伝え続けてきたが、2試合目は苦しい時間を乗り越えるマインドのない選手が多く、言葉では表さないものの、弱音を吐きそうな顔をしながら試合を続けていた。

 

2試合目に引き分けたことで、2位のチームを引き離すことができなかった。

 

 

でも、「まだまだだな・・・」っていう状態でこれから迎える夏を進むのは、ある意味楽しみでもある。

 

そう・・・・・どのくらい成長してくれるのかな・・・ということだ。

 

 

目の前の一瞬ではなく、長いスパンで選手たちの成長を考えると、楽しみでしかない。

実際、この数カ月で急成長を遂げた選手もいる。

 

 

そういう意味で考えると、本当に幸せな時間を過ごせていると改めて思う。

 

2か月後、最高の報告ができるように、もっともっとがんばり続けようと思う。

今日のラジオでもやはり東日本大震災の話題が多かった。

 

約22200人の方が命を落とし、2500人もの方がいまだ行方不明。

そして、家を失った方の仮設住宅にまだ済んでいる方もまだ約700人もいるというのだ。

13年もたった今も・・・・。

 

いろいろな事情があるのだろうから、私がとやかく言うのは違うのかもしれないし、じゃあ何かできるのかと言われれば何も力になれない自分も認識している。だから自分の無力さに改めて考えさせられる日なのかもしれない。

 

そして、この13年の間にも数多くの自然災害で多くの犠牲が出ている日本。

 

でも、そういうことを乗り越えてきた歴史がある。

歴史があるから乗り越えられるというわけではないが、その経験をされた方々が「大丈夫。立ち上がろう」と声を上げてくれるからこうやって復興に向かっていく力を出しているのだろう。

 

9月1日が「防災の日」と設定されているのは、約100年前に起きた関東大震災が起きた日が9月1日だったことからの由来だと聞いたことがある。

私は北海道生まれなので、関東大震災について知識はあったけど、その教訓を感じたのは埼玉に出てきて9月1日が防災の日で、各学校や幼稚園で防災訓練を実施することを目にするようになってからだ。

 

100年も前のことなので、もちろん当時の経験も記憶もない。ましてや東日本大震災と違って、あの時の画像や映像はほとんど目にすることもない。

だからこそ、忘れてはいけない経験として9月1日に防災の日を設定し、国民全体に改めて考える日を作ったのだろう。

 

そして、100年経った今も学校教育の中でも伝えられている内容であるようだ。

 

同じように、各地で起こっている震災のこと、特にこの未曽有の大災害でもあった東日本大震災はこれからも日本国民に深く刻まれる記憶として語り継がれてほしいと私は思っている。

 

地震と津波だけではなく、原子力発電所の事故も二次災害として発生したことも決して忘れてはいけないし、今もまだ安全ではない地域があること、生まれ故郷を奪われてしまった人がいることも忘れてはいけない。

 

そしてまた、当時の投稿を再読し、私は気持ちが引き締まった。

 

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この文章は、2011年3月20日に書かれたものです

たったの4日間練習を休んだだけなのに、ものすごく久しぶりにみんなに会うような気がした。

まずは1~4年生
約70人が集まった。
残念ながら体調不良で来れなかった部員も結構いた。
インフルエンザがこの時期にはやっているらしいです。気をつけましょう。
体調不良で来れなかった部員が、「どうしても募金がしたい!」と言ってる部員がいた。
募金活動は今日だけじゃないから安心してって伝えておいた。

今日練習の時に設置した募金箱には、みんなからのたくさんの「心」が入っていた。
そして、募金箱からはたくさんの「希望」がみなぎっていた。

手紙も2通入っていた。
今度物資を送る時に必ず一緒に入れておくるよ。

保護者の皆さんも含め、本当に「救ってあげたい」という気持ちが伝わってくる。
1~4年生の練習を始める時も、5~6年の練習を始める時も同じ話をした。
今起こっている現実をしっかりと見つめること。
今まで「当たり前」と思って過ごしてきた環境がどれほどありがたいことなのか。
足下には自分のサッカーボールがあり、サッカーができる洋服があり、広いグラウンドもあり、そして「仲間」がいる。

家に帰れば、家族がいる。
お風呂も入れる。
温かいご飯もある。
「食べるものが全くない」なんてことは、あり得ない今の環境。

でも、同じ日本でその「当たり前」が叶わない人たちがたくさんいること。(世界にもいる)
大きな悲しみを背負ってしまった人がたくさんいること。

そして、前にも書いたが・・・
福島の原発では、日本のために、いや、世界のために自分の命をかえりみず使命を全うしようとするたくさんの人たちがいることも伝えた。
さすがにこの時は、私も胸が締め付けられ、言葉に詰まった。

いつも賑やかな低学年の部員たちも、まじめに聞いてくれた。
黙祷をして、みんなの気持ちを被災者の皆さんや、亡くなった方々に伝えた。

「僕たち私たちはは頑張ります」と。

そして、1~4年は仲間の大切さを再認識してもらう為に、黙とうの後近くにいる仲間同士で握手をしてもらった。
すぐそばに仲間がいることがどれほどありがたいことか分かってもらう為に。
みんな口々に「これからもよろしく」って照れくさそうに握手してた。

そして、その後みんなでやった名物「オニごっこ」
リフティングの課題チャレンジ。
そして、残り時間はずーっと試合。

たくさんの笑顔があった。
屈託のない顔で笑い合う仲間たちがいた。
楽しそうにボールと戯れる希望の星がたくさんいた。

少なくともその雰囲気で癒された大人はいっぱいいたはず。

5~6年の時間には、片山の5年生も来た。
試合は全て中止になり、グラウンドもない。
今の日本でみんなが抱いている感情
「困った時はお互い様」
と言うことで来てもらった。
そのお礼なのか、5年生が片山から21日に試合に誘われた・・・
ちょっと待って・・・って言っておいた。(笑)

6年は紅白戦
5年は片山と試合

中1のOBも来ている。

みんなサッカーが好きなんだな・・・・

今日やって良かったって素直に思えた。

帰り際に募金箱を回収する時に、中身を見て泣きそうになった。
さっきも書いたけど、たくさんの「希望」が詰まっている。

これでたくさんの人たちの心が癒される。
日本が立ち直っていく。

本当にありがとう。



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13年経った今ふと思うこと・・・・

不思議と3月11日は晴れの日が多い。

 

なぜそう思うかっていうと、あの日もとても良い天気だったことが記憶に刻まれているから。

1年、また1年と積み重ねるたびに3月11日は「あの日も今日みたいに晴れだったな・・・・」って毎回思っている。

でも、残念ながら、この13年間で1度も3月11日に天気が悪かったことがあったかどうかというのは、記憶にない。

 

そう、人ってそれほど大切ではないことは記憶の片隅に追いやられ、やがて忘れていく生き物だ。

だからこそ、こうやって毎年しつこいくらいにあの時の記憶を読み返し、そして伝えるためにこうやって投稿することを繰り返している。

 

あの時の記憶は忘れちゃいけない。

今私が携わっている年代の少年少女たちは、震災後に生まれた子ばかりだ。

3月11日を迎えれば、報道各社で当時の映像や画像がニュースで放送されるが、やはり衝撃的なものはテレビでは放送されない。

昨今の子どもたちは自由にネットで動画を見ることが多い時代だけど、わざわざ当時の震災の恐怖に震える映像や、津波の映像をわざわざ見るとは考えにくい。

もちろん、親だって「伝える」という意思がなければ見せるようなものではないと思う。

 

でも、やっぱり「だれかが」伝え続けなきゃいけないこと。

 

私の仲間でもそうやって伝え続けている仲間がいる。

 

関東に住む私に東北の方々の大変さがわかるはずもないのだけれども、私にできることとして、「あの時の私たち」を伝えていける人間でありたい・・・・そう思っている。

 

 

 

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この文章は2011年3月16日に書いたものです

「できることから始めよう」

地震から今日で5日たちました。
今回の地震で亡くなられたたくさんの方に心よりお悔やみ申し上げます。
また、被災地にいらっしゃる皆様は、まだまだ大変な時期が続くと思いますが、一刻も早い復興を祈り、そして未だ安否の分からない方々が一日も早く発見されることを心よりお祈りいたします。

クラブ員のご家庭でも、ご親戚、お知り合いなどが被災地にいらっしゃる方がいると聞いております。
心配で心も休まらないと思いますが、一日も早く連絡が取れるようにとお祈りいたします。

連日テレビからはつらい「現実の世界」が映像として映し出されています。
もちろん子どもたちもその映像を見ているでしょう。

その映像で見たものがすべて現実であることを受け止めなければいけません。

インタビューを受けている被災地の人たちの涙の意味を心のアンテナを全開にして受け止めましょう。

現時点で、クラブは金曜日までの活動を自粛しますが、今度皆さんと会える時に、改めてしっかりと話をしたいと思っています。

そして、色々な場所で、色々な人たちが
「今自分ができること」
を始めています。

被災地の人たちも、いつまでも下を向いていません。

気の遠くなるような量のガレキを少しずつ撤去しはじめたり

避難所にいる人同士で話し合って役割分担したり

みんな一歩でも前進しようと頑張っています。

ラジオ局も、みんなを勇気づけるメッセージと音楽で被災者を励ましています。

オシムも、レオナルドも「共に進もう」と応援してくれています。

福島原発では、体を張って東電をはじめ電力会社の人や自衛隊が日本のために命をかけています。

世界各国が日本を助けるために手を取り合ってくれています。

きっとこの力が、必ず日本を立て直します。


テレビで話題になったツィッター「pray for JAPAN」より抜粋します
↓ ↓ ↓ ↓

千葉の友達から。避難所でおじいさんが『これからどうなるんだろう』と漏らした時、横にいた高校生くらいの男の子が「大丈夫、大人になったら僕らが絶対元に戻します」って背中をさすって言ってたらしい。
大丈夫、未来あるよ。


物が散乱しているスーパーで、落ちている物を律儀に拾い、そして列に黙って並んでお金を払って買い物をする。運転再開した電車で、混雑しているのに妊婦に席を譲るお年寄り。この光景を見て外国人は絶句したようだ。
本当だろう、この話。すごいよ日本。



昨日の夜中、大学から徒歩で帰宅する道すがら、とっくに閉店したパン屋のおばちゃんが無料でパン配給していた。こんな喧噪の中でも自分にできることを見つけて実践している人に感動。心温まった。東京も捨てたもんじゃないな。



子供がお菓子を持ってレジに並んでいたけれど、順番が近くなり、レジを見て考え込み、レジ横にあった募金箱にお金を入れて、お菓子を棚に戻して出て行きました。店員さんがその子供の背中に向けてかけた、ありがとうございます、という声が震えてました。




駅員さんに「昨日一生懸命電車を走らせてくれてありがとう」って言ってる小さい子達を見た。駅員さん泣いてた。俺は号泣してた。




日本人の心はまだまだ折れちゃいません。
共に手を取り合って、できることから始めてみましょう。
たとえそれが小さな力であったとしても、被災地にいる人たちにはきっと届きます。

クラブでも、募金活動を開始しようと考えています。
詳しくは練習再開の連絡をするときに時に改めてお伝えします。
物資の輸送は個人レベルではまだ制限があるようです。
色々調べたところ、やはりお金が一番ありがたいとのこと。

それが私たちに今できる第一歩です。
そして、日本の未来を担う子どもたちをどんどん元気づけて、笑顔を取り戻せる環境を準備することも私たちのできることだと考えています。

色々な思いがあるとは思いますが、私は「今できること」の第一歩として進んでいこうと決意しました。

クラブ員の皆さんも、今の自分にできることは何かを考えてみましょう。
そして、この「今」の過ごし方が大事なんです。

サッカーの自主練だったり
宿題と予習をしたり
元気に学校に通ったり
家の家事のお手伝いをしたり
被災地の復興を祈ったり

どんなことでもいいんです。
自分で「やろう」と決めたことを、この時間でやってみましょう。

君たちはこれからの日本の希望の星です。
そして、我々大人も子どもたちも世界に誇れる「日本人」なんです。
今こそ強い心を持って、困難を乗り切りましょう。

がんばろう東北!!

がんばろう日本!!

 

 

 

 

私自身のパワーが無くなるとSNSの投稿が減る・・・・ということが分かった。

すっかりご無沙汰のこのブログ。

何ならインスタもfacebookも滞り気味😅

 

書かなきゃ・・・・という義務ではなく、書きたいときに書く。

これでしばらくは行こうと思う。

 

 

さて、表題にも書いた表裏一体のこの言葉。

 

一昔前にはどちらかというと、親の体質で「過干渉」「過保護」というのが問題視されてきた。

でも、私は個人的に、それに加えて「無関心」ということに対しても危機感を持っている。

 

過干渉や過保護というのはここでは多く触れないでおくが、なぜ「無関心」に対して危機感を持っているかというと・・・・

 

答えは単純なもので・・・・

 

我が子のやっていることに、親が興味を示さない。

この状況を想像してください。

 

そんな状態で、子どもたちってがんばると思いますか?

 

そう、子どもって承認欲求の塊なんです。

年齢が下がれば下がるほど「ねぇ見て見て!」ってことが多いですよね

 

それは年齢が上がれば承認欲求が無くなるわけではなく、見てほしいという思いの伝え方が変わるというだけで、子どもたちはやっぱり自分の親にいいところを見せたい、頑張っていることを認めてもらいたいっていう気持ちを持っているんです。

 

 

だって、大人だって仕事とかで上司や同僚、後輩に認められたら嬉しいし、ヤル気になりますよね。

ってことは、間違いなく子どもたちだってそのスイッチはあるんです。

 

だけど、そこに対して大人が無関心だと

「どうせ・・・・」

とか

「べつに・・・・」

 

というメンタルになりやすくなるっていうことです。

 

 

我が子かわいさからくる「過干渉」や「過保護」も心身の成長にゆがみを発生させるけど、無関心は心にゆがみを発生させる危険な行為だと私は思っています。

 

反抗期があったりと、年齢的に難しい年代というのもあるでしょうけど、親が我が子としっかりと向き合っているかどうか、実はそれもとっても大切なんだと私は常日頃考えているし、観察しています。

 

親が普段から子どものことを認めようとしなければ、子どもは自らの考えや思いを親に伝える回数が減っていきます。

だって、「言ってもムダ・・・」「どうせオレは・・・・」ってなりかけているから。

見ていてあげるだけでもいいんです。

「いつも見てるよ!がんばれ!」

が伝わればいいんです。

 

 

そういう思いを子どもたちに伝えている・・・・というか、正しくコミュニケーションをとれている家庭は、選手たちの顔つき見ててもわかる。

 

 

念のため書いておくけど、べったりくっつけって言ってるわけじゃないということは間違えないでもらいたい。

 

 

大切なのは程よい距離感と、子どものことを信じてあげる温かい心です。

 

 

「育てる環境」ってのはそういうことなんだろうな・・・・・っていっつも考えてるヨシムでした。

 

 

2023年も残すところあと1時間余り。

 

毎年このギリギリのタイミングでブログを書いている、恒例の1年間のふりかえり。

 

今年は・・・・・・

と色々と考えを巡らせると、出てくることは「暑かったな」ということ。

 

夏はもちろん、冬になっても日中の暖かさはむしろ暑さと認識してしまうこともある日が多かった。

さすがに朝夕は冷え込むことが多くなったけど、冬でも暖かい日が多かったと今感じるということは、間違いなく夏は暑かったということの証明だと思う。

 

実際暑かったし😅

 

そんな1年であったが、10期生たちの卒団から、11期生のラスト1年のスタート。

春合宿は久々のトレーニング合宿を実施。

4種リーグも予定通り春からの開幕

今年は関東大会の予選への参加もすることができた。

 

そう、コロナの扱いも5類に引き下がったことで、あらゆる行動制限は元通りに近い状態になった。

 

そして、夏は4年ぶりに長期(中期)遠征が実施でき、西日本行脚をすることができたことも多い。

 

選手たちも頑張り4種リーグは3位以内に入ることができ、2年ぶり3度目の全日本U-12選手権の県大会への出場をすることもできた。

 

最終的に設定した目的に達することができなかったことがほとんどではあったが、難しいゲームが多かったなりに頑張ってくれたと思う。

 

他の学年もコツコツと積み重ねたものを発揮するための努力を続けてくれた。

 

そういう意味では、コリオーラでは過去の出来事にしっかりと自分の経験を積み重ねて、成長を続けてくれたと感じている。

 

ただ、スコア上や戦績上での際立った成績を示す・・・という意味ではまだ足りないこともおおいので、それは指導者である私の責任でもあることは今年も反省材料だ。

 

といっても、「勝てばなんでもいい」という考えにだけはなれないので、そこの軸だけはブレないように今後も信念をもって取り組んでいきたいと思っている。

 

 

といっても、川越市民体育祭では6年生と5年生が川越でベスト4に入るという成長を見せた。

共に昨年は初日で負けてしまった結果であったことを考えると、積み重ねてきたことが成長につながっていると信じたいと思う。

 

 

私の指導は、答えを簡単に準備する指導ではないため、根付くのに時間がかかったり、選手たちが苦労しながら進んでいくことが多いので、指導したことがすぐに結果として出るまでに時間がかかることが多い。

その間に我慢できなかったり、根負けしてしまったりすることが無いとも言えない。

 

でも、我々スタッフは選手たちを信じ、成長することを目指し、期待し、そういう日を思い浮かべながら指導の現場に立っているつもりだ。

 

なかなかうまく伝わらないこともあるかと思うが、それはまた2024年にさらに良い方法を見つけていきたいと思う。

 

 

毎年のことであるが、我々のクラブの活動を進めるうえで、各ご家庭のご協力なしでは考えられない。

私の拙い運営でご苦労をおかけすることも多いと思うが、その上でご協力いただいている保護者の皆様には感謝してもしきれない。

 

だからこそ本気で選手たちと向き合い、本気で指導し、本気で選手たちの未来を考え、本気で勝利を目指す、そういう日々を積み重ね選手たちの成長をお見せすることが恩返しになると考えている。

 

言ったことがすぐにできる子ばかりではないので、見ている側ももどかしい思いをすることも多のではないかと心配ではあるが、どうか我々を信じていただければと思う。

 

 

そしてコリオーラとして、全国の各所にコリオーラを育ててくれるたくさんのチームの選手たち、指導者の皆さんにもたくさん鍛えていただいたことに感謝の気持ちしかない。

 

そういう意味では、コリオーラの選手たちも指導者陣もとても幸せ者だと思う。

 

 

2024年もこの幸せな環境の中で切磋琢磨できる場を作っていきたいと思う。

 

 

1年間がんばってきたことは、年が明ければリセット・・・というわけではない。

今年した経験にしっかりと積み重ならなければいけないのだ。

 

決して簡単なことではないが、選手たちにはその意味もしっかりと理解してもらった上で、さらなる成長を目指してもらえるように頑張っていこうと思う。

 

 

繰り返しになるが、今年1年ご理解いただいたご家庭と、がんばってきた選手の皆さんありがとうございました。

 

また新たな1年でさらに成長できるよう、我々指導者も頑張ってまいります。

 

皆様どうぞよいお年をお迎えください。

 

 

1年間ありがとうございました。

 

 

FCコリオーラ

スタッフ一同