「看板」 | 消防設備士かく語りき

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川崎の消防設備士、平成め組代表のブログ

 

私が初めて抱えた従業員、それは同世代の女性であった。

 

もうかれこれ7年程前、その時はまだ個人事業主ではあったが当時既に「平成め組」を名乗りホームページを開設。

 

そこで販売していた非常放送設備用の点検器具についてその人物が問い合わせをして来たのが最初である。

 

その後、数度のやり取りをする中、その人物が「現在勤務している会社(消防設備の)を近々辞めようと考えている」というのを聞き、丁度その頃私も「そろそろ一緒にやってくれる人員が欲しい」と考えていたので、私から強く誘い、その後も半年間ほど誘い続けた末に来てもらった。

 

当時はあくまでも「専属外注」という形ではあったが、しかしその後の法人化に伴い晴れて「正社員」になってもらった。

 

だが一方、当初から意見的な衝突は絶えなかった。

やはりいくら同じ消防設備業とは言っても、働いてきた環境、また業界におけるその会社の立ち位置(元請か下請けか、あるいは下の下の下か、など)によって「一作業員」としての育ち方は大きく異なる。

 

しかしどれほど考え方の相違、そして意見的な衝突があろうとも最終的には毎度、私の方が折れるしかなかった。

と言うのも「辞めたい」と言われることを私自身がひどく恐れていたからである。

 

正直その人物はそれほど「出来る」というわけではなく、ただ日常的な業務は卒なくこなすことができ、現場での評判は相応に良かった。

 

私はそんな彼女に対し、度々「ずっと一緒に仕事を続けていきたい」とは言っていたが、だが内心ではそれが「極めて難しいこと」であるのは理解していた。

でもそれは前述した意見の衝突や仕事に向けた考え方の差異という部分ではない。

そうではなく、わたし的な言い方をさせて頂くと「魂の違い」である。

 

彼女の加入から1年半ほど経過したある日、彼女に預けていた炙り棒に貼ってあった「平成め組」と書かれた社用シールが明らかに人為的に剥がされていたことがあった。

私がそのことを問い詰めると「昨日、知り合いの同業者の所にアルバイトに行った」のだと言う。

そしてその現場で応援先の人間から「剥がしてくれ」と言われて剥がしたのだと。

 

その時点ではまだ法人化しておらず、それゆえ彼女は社員ではなかったものの、しかし事実上「専属」としてウチの業務に従事していたのは事実。

 

当時はまだ他社の応援がメインであったが、当然それらの手配や先方とのやり取りは私が全て行っていた。

そうして得ていた金額の中から彼女には相応の支払いをし、また仕事に使う道具も全て私が購入したものである。

 

通常、こうした関係性において勝手に同業他社でアルバイトをするのは私は業界における明らかな「ルール違反」だと認識しているし、ましてや私が購入したそれらの道具をその現場で使用するのは一般的にも「ダメなこと」と理解されるだろう。

 

だがそんなこと以上に「剥がせ」と言われて安易に屋号の書かれたシールを彼女が剥がしたこと、それがわたし的にはどうしても許すことが出来なかった。

 

剥がした彼女もさることながら、それを剥がすよう要求していた相手も随分な「小者」だと感じる。

もしも現場で関係者からシールについて聞かれたのなら「道具が足りないので知り合いの会社に借りました」と言えば済む話である。

 

その「アルバイト先」と言うのがどこの会社だか知らないが、よほど上っ面ばかりを気にするところであるらしい。

 

「たかがシール1枚で…」と言われる方も居るのだろうが、しかし社名のシールとは言い換えれば携帯する会社の看板の様な物

少なくともそこには経営者たる人物の「想い」が相応に込められている。

 

共に普段一緒に仕事をしていながら、しかし私に内緒で勝手に他社の応援に行ったばかりか、「剥がせ」と言われ簡単に看板を剥がされたことが本当に悔しくてならなかった。

それは常に私の心の中に「蟠り(わだかまり)」として残り続けた。

 

それでもその後に社員となってもらったのは「いずれその蟠りも消える日が来るだろう」という想いがあったからであるが、しかし結局それを完全に心から消し去ることは出来なかった。

「たかがその程度で…」と言われてしまいそうであるが、しかしそれこそが「魂」の部分である。

 

私は同業他社に多い「二代目社長」、あるいは自分の代で店を畳むつもりでいる「自分の代まで社長」などとは我ながら一線を画す「仕事魂」を持っているという自負がある。

 

何一つバックグラウンドも、そして人脈さえもない、正しく「ゼロ」からスタートして今に至っている。

コンビニで小さな惣菜1品を購入するのさえ迷っていた貧乏時代も数年経験している。

それらがあっての「今」であり、その過程で培われてきたのが現在の仕事魂なのだ。

 

その魂が「落下したら終わり」の高所ロープ作業をやるにまで駆り立ててきた部分も大いにある。

正に「命懸け」でこの業界に平成め組の看板を掲げているのであって、その魂が理解出来ない人間などといつまでも働けるはずが無いのはある意味当然の事。

 

私は日本全国の消防設備業者の中で「最高の社名」なのが「平成め組」だと考えている。

それだけの魂を込めた社名のシールを安易に剥がす人間とは、やはり「いずれ袂

(たもと)を分かつ運命にあった」ということなのだろう。

 

毎日を惰性的に働いている者たちに言いたい。

「仕事に魂込められないならとっとと辞めちまえ」と。

そんなもの、単なる時間の浪費でしかない。

 

情熱的な未来がこぼれて行くだけだ。

 

 

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