メトホルミンの作用機序って? その2 の続きである。
メトホルミンがミトコンドリア電子伝達系の複合体Iを阻害することにより、
細胞内でAMP/ATP比が上昇、
その結果、LBK1を介してAMPKが活性化されて糖新生が抑制される、
というメカニズムで血糖値が下がるのではないかという仮説が立てられた。
しかし、LKB1/AMPK経路を介さずに
メトホルミンは糖新生を抑制するのではないかという論文が発表された。
論文④の5年後のことである。
論文⑤
J Clin Invest. 2010;120(7):2355-2369. https://doi.org/10.1172/JCI40671.
この論文では、肝臓特異的にAMPKを欠失させたマウスを用いている。
このマウスは、コントロールのマウスと血糖値に違いが見られなかった。
Bのグラフが、空腹時と摂食時の血糖値である。
白いバーがコントロールのマウス、
黒いバーが肝臓AMPK欠失マウス。
空腹時も摂食時も血糖値に差は見られない。
Cは血漿インスリン量で、これにも違いが見られず、
Dはピルビン酸からの糖新生を見ているが、これも違いがなかった。
Eはインスリンによるグルコースの取り込み量だが、これも違いはなし。
つまり、肝臓にAMPKがあろうがなかろうが血糖値には影響せず、
ピルビン酸からの糖新生がおきるし、
メトホルミンはその糖新生を抑制することができたわけだ。
ん? ちょっと待てよ?
論文④に戻って、データを確認してみる。
論文④では、AMPKを活性化する上流のキナーゼ、
LBK1を肝臓特異的に欠失させたマウスを用いていた。
Aのグラフは、LBK1を欠失させてから時間が経つにつれて、
血糖値が上昇していくことを示している。
また、Bでグルコース負荷に対してLBK1欠失マウスでは耐糖能の低下が見られ、
Cではインスリンによる糖の取り込みには違いがなかったことを示している。
…うーむ。
LBK1はAMPKを介さずに、血糖値に影響するということなのか?
論文⑤のディスカッションで、著者らもそう述べている。
論文⑤のデータに戻ると、グルコース負荷に対して
メトホルミンは用量依存的に血糖値を下げ(F図)、
その効果は肝臓AMPK欠失マウスでも同様に見られた(G図)。
ただし、この実験、ちょっと気になる点がある。
各濃度のメトホルミンを胃内に強制投与しているのだが、
そのたった30分後にグルコースを強制投与しているのだ。
たった30分でメトホルミンが吸収され、十分に作用するのだろうか?
上図は、乳酸/ピルビン酸からの糖新生をメトホルミンが抑制すること、
その効果はAMPK欠失肝細胞でも見られることを示している。
Bt2-cAMPというのはcAMP類似体で、この物質によって糖新生が誘導される。
これは、たとえばグルカゴンによる糖新生促進作用と同じだと見なすことができる。
そこにメトホルミンを加えると、
AMPKの有無に関係なく、糖新生が抑制されることが示された。
AICARはAMPの類似体で、AMPKを活性化することが知られている。
Bt2-cAMPで誘導された糖新生はAICARで強く抑制された。
この作用は、AMPK欠失肝細胞でも同様に見られた。
つまり、AICARの作用はAMPKには無関係であることが示されたのである。
さらに確認するために、
今度はA-769662という化合物の存在下で糖新生を調べた。
この化合物はAMP非依存的にAMPKを活性化することが知られている。
すると、A-769662によりAMPKを活性化しても
Bt2-cAMPによる糖新生は抑制されなかった(白いバー)。
これらの結果から、糖新生はAMPKの活性と独立しており、
メトホルミンはAMPKと独立して糖新生を抑制することが示されたのである。
fig5Aは、マウスの初代培養肝細胞を用いて、
メトホルミンが細胞内のATP/ADP/AMP量を変化させることを示している。
用量依存的にATPおよびADPが減り、AMPが増加していることが分かる。
蛇足であるが、改めて説明を。
メトホルミンの作用機序って? その1でも書いたように、
ATPとは、細胞が生きるために必要なもので、エネルギー通貨と呼ばれている。
人の生活で例えると、電気のようなものと考えると分かりやすい。
もっと分かりやすく言うと、
ATPは充電済みの電池、ADPは半分ほど消費した電池、
AMPは完全に空っぽになった電池と考えるといい。
ATPは使用されるとADPになるのだが、
ADPに残っているパワーで別のADPを充電、ATPに戻し、
自身は空っぽのAMPとなることでATPを再生産することができる。
しかし、そうするとAMP/ATP比がどんどん増えることとなる。
Bt2-cAMPは細胞内のATPを増加させることが知られているが
それもメトホルミンによって低下することが分かった。
メトホルミンの用量が高すぎると、
ATP+ADP+AMP総量も低下してしまう(C図)のは、
メトホルミンの有害作用によるものと考えられる。
メトホルミン存在下では基礎レベルでもBt2-cAMP誘導でも糖新生を抑制し(D図)、
それはメトホルミンによるATP含有量低下と相関していた(E図)。
次に、マウスにメトホルミンを5日間投与して、
肝臓のATP、ADP、AMP量を調べたところ、
肝細胞での結果と同じく、
メトホルミンによってAMP/ATP比が上昇していた(F、G図)。
もう、こうなってくるとパズルのようなのだが、落ち着いてデータを見よう。
まずは白いバーに注目する。
cAMP類似体であるBt2-cAMPによって、細胞内ATP量は増加する。
メトホルミンは用量依存的にATP量を減少させる。
AMP類似体であるAICARは少しATP量を減少させるが、
AMPK活性化剤のA-769662はATP量に影響しない。
次に、AMPK欠失(黒いバー)肝細胞に注目する。
Bt2-cAMPによってコントロールと同様にATP量が増加する。
そして、AMPKがなくてもメトホルミンはATP量を減少させ、
その効果はコントロール細胞よりも強い。
AICARもAMPKがない方がATP量がさらに減少させるが、
A-769662はATP量に影響しない。
これは何を意味するのか?
おそらく、メトホルミンもAICARも、AMPKに関係なくATP量を減少させる。
細胞内のATP量が減少することでAMPKが活性化し、
ATP量を補う働きがあるのだと考えられる
(たとえば、グルコースを積極的に細胞内に取り込ませるとか?)。
AMPK欠失細胞ではその働きが発揮されないために、
メトホルミンやAICARによるATP量減少が強く現れるのだと思われる。
論文④との違いは、このデータである。
論文④と同じくLKB1欠失肝細胞を用いているのだが、
この細胞における糖新生を実際に調べているのである(fig8A)。
Bt2-cAMPは糖新生を誘導するが(白いバー)、
LKB1欠失細胞では基礎レベルで糖新生が促進されており、
Bt2-cAMPによってさらに糖新生は亢進した(黒いバー)。
メトホルミンは用量依存的にBt2-cAMPによって亢進した糖新生を抑制した。
なぜかfig8Cについて論文では言及していないのだが(書き忘れ?)、
Bt2-cAMPによってコントロールと同様にATP量が増加する。
そして、LBK1がなくてもメトホルミンはATP量を減少させ、
その効果はコントロール細胞よりも強い。
これは、Fig6のAMPK欠失細胞でのデータとよく似ている。
論文④は、メトホルミンはLBK1→AMPK活性化により、
TORC2およびPGC1αが抑制されることによって
糖新生関連遺伝子の発現が低下することまでは実験で確かめている。
ゆえに、糖新生が抑制されるのではないかという仮説だった。
もしそうならば、PGC1αを強制的に過剰発現させて働かせれば、
メトホルミンの効果は見られなくなるのではないか。
しかし、実際はPGC1αを矯正発現させても
メトホルミンは糖新生を阻害することができ(C図)、
細胞内ATP量も減少する(D図)ことが分かった。
こうして、論文⑤のデータからは、
メトホルミンはLBK1、AMPK、PGC1αからの遺伝子発現とは独立して、
糖新生を抑制することが示されたわけである。
たしかに、論文④では、
メトホルミンが実際に糖新生を抑制するかどうかは調べていない。
・LBK1欠失マウスは高血糖になる
・しかしインスリンによるグルコース取り込みには影響しない
・ゆえに糖新生が亢進することにより高血糖になるのだろう
・LBK1はAMPKの活性化に必要
・LBK1およびAMPKはPGC1αなどの糖新生に関わる遺伝子の発現を抑制する
これらの流れから、LBK1は糖新生を抑制するのであろうと結論づけている。
その点を押さえた上で、LBK1欠失マウスでは
メトホルミンによる血糖降下作用が見られないことから、
論理的に「メトホルミンはLBK1を介して糖新生を抑制する」と導き出しただけだ。
それに対し、論文⑤では実際にグルコースの産生を調べ、
cAMP誘導性の糖新生にはLBK1とAMPKの経路は関係せず、
メトホルミンの作用もこの経路とは独立していることを示したわけだ。
あと、重要なのは、メトホルミンによって
実際に細胞内AMP/ATP比が上昇していることを示したことだろう。
メトホルミンによって細胞内AMP量が増加すると、何が起こるのか?
実は、AMPは糖新生に必要な酵素、フルクトース1,6-ビスフォスファターゼの
アロステリック阻害剤として知られている。
そして、糖新生の反応はATPを必要とするので、
細胞内のATPが減少すれば反応が進みにくくなる。
この論文⑤について、JCIでレビューも出ている。
An energetic tale of AMPK-independent effects of metformin
J Clin Invest. 2010 Jul;120(7):2267-70. doi: 10.1172/JCI43661.
こんないい図があったので、自分で描くのはやめたw
細胞内AMP/ATPバランスは、
直接糖新生あるいは解糖系の反応に影響しうる、と。
これまた、考えてみれば当たり前の話であり、シンプルな仮説である。
また、NADH/NAD+比の増大はクエン酸回路の速度を抑え、
ピルビン酸から乳酸への還元が増加して解糖系が進むと考えられる。
ATP産生能の低下は細胞にとって重大事であり、
複数のセンサーと調節機構が働くと考えるのが妥当だ。
AMPK活性化からの遺伝子発現を介した調節メカニズムもあるのだろうが、
そんな悠長な経路だけでなく、直接的な制御もあって当然だろう。
そして、LKB1からAMPKの経路はどちらかといえば糖新生ではなく、
脂質合成阻害と脂肪酸酸化の促進によって肝インスリン抵抗性改善、
それによる血糖値降下作用をもたらしているということになるのだが、
脂質代謝についてはひとまず置いておく。
本当はもっと簡潔に論文を紹介していくつもりだったのだが、
自分の頭の中を整理しながら進行している最中のブログなので、
論文を読みながら理解したことをこうやってメモっておかないと
あとで別の論文を読んだときに、あれ?前の論文はどうだったっけ?と
何度も読み返さないといけないので大変なのだ。
(読んだ内容を全部覚えておけるほどの記憶力がないものでw)
詳細な内容には興味がない人は、最後の図だけ見てもらえればと思う。
そして、糖新生とメトホルミンの話はもう少し続くのであった。
またしても、需用のなさそうな、地味なブログが続くのである…