新型コロナに感染した場合、いかに重症化するのを防ぐかが大きなポイントになる。

現在、抗体カクテル療法(ロナプリーブ; カシリビマブ+イムデビマブ)がとても有効とされているけれど、これは点滴薬なので、患者が気軽にポイッと服用できるようなものではない。

点滴ではなく皮下注射による投与が申請されているが、やっぱり経口薬の開発が待たれるところ。

 

各製薬会社が開発を急いでいる中、一歩先に進んだのがメルク社のようだ。

 

飲めるコロナ治療薬 重症化を50%減少させたモルヌピラビルは新型コロナ診療をどう変えるのかここ

 

メルク社の治療薬は、モルヌピラビル。発音しにくい。

知り合いにメールをしたついでにこの話題を出し、「なんで薬剤名は言いにくい名前が多いんだ」と愚痴ったところ、「ヌル○○ビラ○○にすればいいのにな」と返ってきた。

いや、それ、別の意味で言いにくいやろ! R18やわ!

つい、テレビでアナウンサーが真面目な顔で原稿読んでる姿を想像してしまった。

まあね、日本語ではちょっと言いづらい名称ってあるからね。

ハンチントン(舞踏)病の原因遺伝子は「ハンチンチン」だし。

 

それはともかく、○○ビルという名称は、抗ウイルス薬であることを示す。

-virという末尾は、virusから来ている。

多くの人が知っている抗インフルエンザ薬だと、オセルタミビル(製品名タミフル)、ザナミビル(同リレンザ)、ラニナミビル(同イナビル)、バロキサビル(同ゾフルーザ)と、全て「ビル」がついている。

 

現在、新型コロナの治療に使用されている点滴薬のレムデシビルもそう。

アビガンの一般名はファビピラビルで、これも抗ウイルス薬。

モルヌピラビルとファビピラビルは「ピラ」の部分も共通していて、これも意味がありそうだが、わたしにはよく分からない。

 

それに対し、○○マブという名称は、モノクローナル抗体薬であることを示す。

-mabという末尾は、monoclonal antibodyから来ている。

さらに、いろんなルールがあり、命名されているようだ。

こうやってかなり機械的に命名されてしまうので、発音しにくい名前になるのだろう。

名前から分かることここ

 

モルヌピラビルは、第3相試験の中間解析結果で

・モルヌピラビルを投与された患者のうち、入院または死亡したのは7.3%(28/385例)であり、プラセボを投与された患者の14.1%(53/377例)と比較して、モルヌピラビルは入院または死亡のリスクを約50%減少させた。

 

・死亡例は、モルヌピラビル投与を受けた患者では0例、プラセボ投与を受けた患者では8例であった。

と、非常に有効であることが判明した。

そのため、

プラセボ群に割り当てられた患者の不利益性を考慮して、この研究は新規募集を中止しました。

とのこと。

 

ただし、インドでの治験で、中等症には効果が見られないとされた。

 

メルクのコロナ経口治療薬、印2社が中等症患者への治験中止意向ここ

 

抗インフルエンザ薬でも同じだが、抗ウイルス薬というのは体内でウイルスが増殖している初期の段階で投与しなければ意味がない。

中等症にまで至ってしまった患者というのは、すでにウイルスが体内で増殖してしまっているので、その時点でモルヌピラビルを投与しても効果が見られないというのは、当然のことだと思われる。

なので、モルヌピラビルを特効薬として最大限に活かすためには早期診断が必須ということになる。今の日本の体制では検査が遅れがちなので、この薬を活かしきれない可能性が高い。

ただ、モルヌピラビルが承認されたとしても、世界中で需用があり生産が追いつかず、限られた症例でしか使えないと考えられているようだ。

5日間の投与で8万円近い金額になるらしく、抗体カクテル療法の31万円に比べれば安価とは言え、ちょっと質の悪い風邪に対する治療薬としてはかなり高価だ。

 

モヌルピラビルというのは、基本的にはレムデシビルやファビピラビルと同じで、核酸アナログと呼ばれるもの。

RNAウイルスが体内で増殖するときに、ウイルスのゲノムが複製される。

このとき、材料として核酸(RNAウイルスの場合はリボ核酸)が使われるのだが、よく似た偽物(核酸アナログ)が大量に存在すると、ウイルスは間違えて偽物を使ってしまい、RNA合成がストップしてしまう。

そのため、ウイルスは増殖できなくなり、感染者の体内からウイルスが消えていく。

 

ただし、モヌルピラビルの場合は、少し作用が異なる。

モヌルピラビルを間違えて使ってしまっても、RNA合成そのものはストップしない。そのまま合成を続けてしまう。

モヌルピラビルというのは不思議な分子で、シトシンと認識されたりウラシルと認識されたりと、曖昧な性質を持っていることがポイント。

分かりにくいので図にしてみる。

 

 

RNAは、A(アデニン)、G(グアニン)、C(シトシン)、U(ウラシル)の4つの文字が並んでいる。

新型コロナウイルスは一本鎖RNAウイルスなので、ウイルスの粒子はRNAを一本だけ含んでいる。

これを複製するためには、まずは1本のRNAに対応する反対側の鎖を作る必要がある。

版画を刷るみたいなもので、最初の型から写し取ったものは、型を反転させた図になるのと同じだと思えばいい。

必ずAとUがペアになり、GとCがペアになる。

つまり、AGCUという並びがコピーされると、UCGAという並びになる。

次に、反転してできたものを型にしてコピーすると、元のウイルスゲノムと同じ並びのものができあがる。

これが、図の左側、ウイルスの正常な複製過程だ。

 

ここに、モルヌピラビルが存在したらどうなるか。

モルヌピラビルは、分子としてはN4-ヒドロキシシチジンと言い、C(シトシン)の類似体である。

そんな類似体がゴロゴロ存在していると、ウイルスゲノムを複製するときに、Cと間違えてモルヌピラビルを一定の割合で使ってしまう。

 

レムデシビルの場合はA(アデニン)類似体、アビガン(ファビピラビル)の場合はAおよびG(グアニン)類似体で、やはりウイルスゲノム複製の際に取り込まれる。

これらの薬剤の場合は、間違って取り込まれた段階で複製がストップしてしまう。(レムデシビルの場合はまだ議論の途中?)

 

モルヌピラビルの場合は、間違って取り込まれても複製はそのまま継続してしまう。

しかし、C(シトシン)として取り込まれたモルヌピラビルは、実はU(ウラシル)としても認識されることがあるのが大きな特徴。

Cとして認識された場合は正常な複製となるのだが、Uとして認識された場合、そこでウイルスゲノムの情報が変化してしまう。

複製を繰り返してモルヌピラビルを間違って取り込めば取り込むほど、ウイルスゲノムに変異が蓄積していく。

その結果、変異が入りすぎて、ウイルスとして機能できなくなる。

 

そう、「エラーカタストロフの限界」に至ってしまうのだ!

 

どこかで聞いたことのある単語である。

第5波が急激に収束した原因のひとつとして提唱されている仮説だ。

 

 

わたしは、第5波の収束にエラーカタストロフが影響したとは思えないのだけれど、モルヌピラビルによるエラーカタストロフなら理解しやすい。

患者の体内だけで起きる変異の蓄積であれば、機能を失ったウイルスが周囲に拡散することなく、患者の体内から消え去っていくだけだからだ。

 

RNA合成の材料となるリボ核酸の類似体であることから、ヒトのゲノム、つまりDNAの合成には利用されることはない。

したがって、ヒトのゲノムに間違って取り込まれることはない。

 

と、理論的には考えられるのだけれど。

 

実は、かなり気になる論文があるのだ。

 

β-d-N4-hydroxycytidine Inhibits SARS- CoV-2  rough Lethal Mutagenesis But Is Also Mutagenic To Mammalian Cells

J Infect Dis 2021 Aug 2;224(3):415-419.  doi: 10.1093/infdis/jiab247

 

最初に断っておくが、これはin vitro、つまり試験管内での実験結果である。

したがって、実際にモルヌピラビルを服用した際に体内で起きることを見ているわけではないことに注意してほしい。

 

まず、培養細胞にモルヌピラビルなどの薬剤を処理しておき、新型コロナウイルスを感染させ、ウイルス活性がどうなるかを調べた。

 

黒がモルヌピラビル、赤がファビピラビル(アビガン)、緑がリバビリン。

リバビリンは、C型肝炎ウイルスなどの治療薬である。

 

Aのグラフを見ると、モルヌピラビルは濃度依存的にウイルス活性を減少させることが分かる。一方、アビガンは最高濃度でのみ、コントロールと比較して有意にウイルス活性を抑制したが、見て分かるようにほんの少ししか効果がなかった。

 

Bは変異が起きた割合を示している。

モルヌピラビルは濃度依存的にエラーの頻度が高くなった。

 

この効果がウイルス増殖だけに作用するのならいいのだが。

リボ核酸類似体なので、宿主細胞の核に存在するDNAには取り込まれないはずなのだが。

細胞の遺伝子、HPRT遺伝子に変異が入るかどうかを調べたところ、どうにもよくない結果が得られてしまった。

 

 

NHCというのがモルヌピラビルで、濃度依存的にHPRT遺伝子の変異が増加した。

UV照射によって引き起こされる変異と比較しても、少なくとも3 µMのモルヌピラビル処理ではそこそこ高い頻度で変異が起きていることが分かる。

 

なぜ、リボ核酸類似体なのにDNAに取り込まれるのかは分からない。

細胞内でデオキシリボ核酸類似体に変換されてしまうのかもしれない。

(論文に書いてあるかもしれないけど、全文をしっかり読んでない)

また、これは培養細胞レベルでのみ見られる現象で、人体に投与した際には、実際に起きることはほとんど考えられないのかもしれない。

 

人体への治験をおこなう前には、当然ながら動物実験を繰り返しているはずだ。

発がん性や催奇形性などが認められなかったからこそ、人体に用いられているはず。

と、信じたい。

ただ、この論文の結果を見ると、動物実験で大丈夫であったとしても、本当に安全なんだろうか…?という懸念がどうしても払拭できない。

 

この論文のデータでは、アビガンはモルヌピラビルのような変異原性は示さなかった。しかし、動物実験では、アビガンは胎児への催奇形性が問題となった。

このような核酸アナログ薬というのは、生殖を考えている世代に気軽に使用するようなものではないのかもしれない。

重症化リスクの高い基礎疾患持ちの中年や、高齢者に対して投与する場合は、デメリットよりもメリットが上まわるのかもしれない。

 

このブログを読んでくれている人は分かってくれると思うが、わたしは決して過度に不安を煽るタイプの人間ではない。

mRNAワクチンがヒトのDNAに変異を起こすとか、不妊になるとか、そういう可能性は限りなく低いのではないかと考えているし、実際、自分も接種した。

(ただし、基礎疾患のない10代、20代に接種が必要なのか?とは思っている。この年代が重症化は当然のこと、中等症まで悪化するリスクもそれほど高くはないと思う。軽症でも高熱になるかもしれないが、そこはインフルエンザや風邪と同様に解熱剤を適切に利用すれば乗り切れるのではないだろうか。もちろん、希望者は接種するといいと思うが)

 

だから、モヌルピラビルのことも、危険だ!承認するな!と煽っているわけではない。ただ、ちょっと気になるので注視したい、と思っているだけだ。

 

モヌルピラビルの他にも、新型コロナの傾向治療薬は開発中だ。

 

塩野義のS-217622は、3CLプロテアーゼ阻害薬だ。(ここ

新型コロナウイルスが細胞に感染すると、まずはウイルス増殖に必要なタンパク質がウイルスゲノムから作られる。このとき、前駆体タンパク質として作られた後、プロテアーゼで適切に切断されて機能的なタンパク質になるのだが、そのプロテアーゼを特異的に阻害するのがS-217622である。

もちろん、どんな薬剤にも思わぬ副作用がつきものだから、これだって治験中、あるいは発売後に重大な問題が見つかるかもしれない。

ただ、核酸アナログ薬とは違うので、変異原性については心配がないのかなと思う。

 

ロシュ・中外のAT-527は、核酸アナログ薬のようだ。(ここ

やはり、抗ウイルス薬として注目されるのは核酸アナログということか。

たしかに、これが開発されれば、新型コロナだけでなく、RNAウイルス全般に有効である可能性が高く、変異株が出現しても有効である可能性が高い。

しかし、常に懸念が付きまとう。

 

なんにしても、ウイルスの治療薬というのは開発が難しい。

簡単に「経口薬が開発されたらただの風邪として扱える」と言うけれど、そんな経口薬が本当にできるのかどうか。

とても有効だが副作用も強い経口薬ができたとしても、年間1000万人が罹患するインフルエンザの治療薬のように、大勢の人にホイホイ投与できるものではないだろう。

mRNAワクチンは怖いから打たないけど経口薬ができれば安心だと思っている人もいるだろうが、経口薬が安全だとは限らない。

どっちにしろ、それなりにデメリットはある。

感染そのものにもね。