警視庁新宿警察署留置所で暴行され、その後死亡したとの事件であるが、それは、2017年3月、ネパール人のシン・アルジュン・バハドゥールさん(当時39)が東京地方検察庁の取り調べ中に意識を失い、病院搬送後に死亡したということであり、その記事や映像がYouTubeにアップロードされているが、当日の朝、警察官に取り押さえられ、特殊な拘束具で手足を拘束され死亡したということで、明らかに収容の必要性がなく収容されていることである。
留置所でも、保護室の収容要件というのは、刑事収容施設法で定められており、同法第214条に規定があり、同法第79条の保護室への収容要件と趣旨や運用にあたっての解釈は同じであり、要件を満たしていないことは明確である。
ニュースの写真をみるだけでも、耐えがたいほどの不必要な残虐な有形力の行使といえ、あばれたわけでもなく、騒いだわけでもないのに、ここまでする必要性がないことであって、明らかに違法の認識が通常できることで、違法の認識しながら職務だと偽って漫然とおこなっていることは明白で、かつここまでする必要がない過失さえも認識していることは認められることである。
刑事収容施設で留置官、刑務官からの暴行等事案は、表沙汰になっているのはごくわずかで、表沙汰になっていない事件も多く起こっており、また施設の中では、暴行や不適切な行為が、恐ろしいほどに毎日のように行われており、刑法第193条から刑法196条の汚職の罪に該当する行為であると判断できる事案が、莫大に起こっているのが現実で、容疑者を取り調べのため留置するという本来の趣旨から逸脱しており(留置所)、被収容者を裁判のために留め置くという趣旨からも逸脱しており(拘置所)、刑が確定し実刑となった受刑者を収容して更生させるための施設(刑務所)ではないことです。
また、上記の罪で、起訴されて、有罪や、実刑となる確率はかなり低いもので、検察官は、普通の事件と違って、完全に加害者(国の人間)の見方で、処分の内容は、ほぼ全てが不起訴とされることである。
名古屋刑務所での事件でも、莫大の犯罪行為をして、あれだけ報道されて大事件となって送検されても、加害者は不起訴であり、検察官は、不起訴理由を、諸般の事情を考慮したとのことで、諸般の事情とはなんだよと思えることで、明らかに不可解な不起訴理由であり、国の人間は国の人間を守るように内部でなっているのだと推認されることである。
特に刑務官は、故意であろうが、過失があろうが、被収容者をどんな方法で殺しても、怪我させても、殴る蹴るの暴行をしようが、後遺症を負わせようが、適切かつ必要な医療行為をしないで死亡させようが、犯罪として個人が裁かれ、実刑となることはなく、有罪となる確率も低いことであり、責任を負うのは、国家賠償法の規定に基づく損害賠償の請求で、①公権力の行使にあたる公務員が、②職務を行うについて、③故意または過失によって④違法に、⑤他人に損害を与えたこと、が認められて、「国が責任を負う」ものであって、判例でも、国家賠償の請求については、国又は公共団体が賠償の責めに任ずるのであって、公務員が行政機関としての地位において賠償の責任を負うものではなく、また公務員個人もその責任を負うものではない(最高裁判決昭和30年1月19日最高裁判所民事判例集第9巻5号534頁)とされているものである。
国会の議論で、刑法第193条から刑法第196条の汚職の罪を「厳罰」に罰するように刑法の規定を直ちに改正するべきで、国家賠償法も解釈ではどうにかなるという意見もあろうかと思うが、見直しの必要性があるというべきである。
国賠法1条2項では、公務員に故意または重大な過失があったときに、国または公共団体は、その公務員に対する求償権を有しているが、
たとえば、前項の場合において、公務員に故意または過失があって、他人に損害を加えたときは、被害者の請求により、国または公共団体は、その公務員に対して、賠償の一部を直接負担させることができるとか、
前項の場合において、公務員に故意または過失があったときは、国または公共団体は、その公務員に対して、損害賠償の一部または全部の負担を求めることできるとか
などと改正する時期が迫っているというべきだ。
国家公務員の給料を上げる法案を審議して国民の負担をあげる議論をしている場合ではないことで、むしろ国家公務員の給料を下げて、国民の負担を最低限の負担にするようにして、問題ある社会の情勢に対して、緊急のものには早急に対応するように、時間をかけてもいいものには、しっかりと議論して、より良い社会を構築するために、法律の見直しをするべきではないかと思います。





