「怒り」の感情は本当に厄介である | そろソロ一歩

そろソロ一歩

ブログタイトルの“そろソロ一歩”とは、遅ればせながら人生の再スタートで一歩を踏み出そうという気持ちを込めました。
そして、日頃単独行動が多いため「単独=ソロ」という意味合いもあります。

ある理由があって、なるべくブログにネガティブなことは書きたくないのだが…。

ここで自分の悩みを1つ打ち明けたい。

 

私は以前から気が短くてキレやすいところがあり、ちょっとしたことで気分が落ち込んだり、怒りが爆発したりすることがある。

このメンタル的な問題は、振り返れば思春期の頃からあったようだが、社会人になってから特にひどくなったように思う。

 

サラリーマン時代は職場で必ず人間関係でつまずき、幾度となく転職を繰り返した。

怒りの他にうつやパニック発作になり、精神科やメンタルクリニックをドクターショッピングして何度か休職した経験もある(そのたびに会社はクビなったが)。

 

誰しも経験することだろうが、職場では必ず嫌な人間の1人や2人はいる。

まあ、大方の人間は表面的には穏便にオトナの対応とやらで無難にやり過ごすのだろうが、私にはそれがなかなかできなかった。

といっても、表立って相手とやりあってその場が修羅場と化すことはなかった。

もともと相手と直接ケンカする勇気もないので、それが幸か不幸か警察沙汰にならずに済んだのかもしれない。

 

では、その溜め込んだ怒りをどうするかというと、誰もいない場所で暴言を叫んで吐き出すのである。

1人で残業中の職場や車の中、旅行や登山でひと気のない山中とかで、ここではとても書けないようなえげつない言葉を吐き出していた。

しかし、それでスッキリすればまだいいのだが、それでも相手を許す気にはなれず、時々思い返しては怒りを爆発させている。

今でも後悔しているのは、以前勤めていたある会社で、好意を持っていた同僚の女性にその場面を見られてしまったことだ。

消すに消されない黒歴史である(苦笑)。

 

今はフリーランスの身で自宅に引きこもって仕事をしているので、幸いサラリーマン時代のような人間関係で怒りを爆発させることがなくなった。

しかし、プライベートで旅行や登山に行き、そこで出遭った不快な人間に強烈な憤りを感じて帰ってくることは数知れない。

まあ、旅にトラブルが付き物なのは仕方がない。

それに、楽しむために行くのが本位なのだから、ちょっとした事で気分がそがれるのもバカバカしいことは分かる。

しかし、せっかく旅や登山で心地よい気分を味わうところを、その不快な人間のために台無しにされたことがとても悔しいのである。

 

先日もサクラを見に京都の嵐山に行ったのだが、案の定「不快な人間」に出くわしてしまった。

早朝で観光客も少なく、静かな気分に浸りながら有名な渡月橋を渡っていた時のことだ。

前から年配の男性2人、女性1人の3人連れがやってきた。

すれ違う際に歩道が狭いので、私は気を使って欄干にギリギリに寄って避けようとした。

ところが、3人連れのうちの老婦人は避けようとせず、それどころか「どけ!」とばかりに体当たりを食らわしてきた。

私は一瞬頭が真っ白になった。

そして、しばらく間をおいて強烈な怒りが込み上げてきた。

 

辺りはちょうどサクラが見頃で春爛漫なのだが、その1件でしばらくは景色など目に入らず、旅情など吹き飛んでしまった。

腹の立つことにその老婦人は犬を連れていた。

飼い犬には愛情を注げるのに、人間に対してよく辛らつな態度を取れるものだ、とさらに怒りが増幅するのである。

まあ、でも嵐山のサクラは綺麗だった。

私は「サクラ」を見にきたのであって、他人に嫌な思いをされるために来たのではない…。

 

登山でも毎度のごとく、嫌な人間に出くわす。

よく登山道で挨拶を交わすのが慣わしみたいになっているが、挨拶を無視されるのはまだいい方で、あからさまに無愛想な態度をとってくる輩がいる。

それは登山者のみならず、山小屋の管理人やスタッフにもいた。

よく「登山をする人間に悪い人はいない」と言う人がいるが、いやいや、どこの世界にも不届き者はいますって(笑)。

むしろ今までの経験上、山ヤにはどこか世間の常識というか、人との関わり方がズレた人間が多いように思う。

せっかく美しい大自然に触れて心豊かになりたいのに、そうした人間が1人でも出くわすと気分は台無し。

ハラワタが煮えくり返ってくるのだ。

 

そんなこともあり、最近は人が多く集まる山に行くのは控えて、マイナーな山ばかり登っている。

そして、山に登って誰にも会わないで山行を終えると、本当に満ち足りた気分になる。

何より怒りというネガティブな感情を出さずに済んだことが、ことのほか嬉しい。

 

とまあ、長々とくだらない戯言を書いてしまったが、しょせん個人の拙ブログなのでお許しいただきたい(笑)。

もっとも、こんなネガティブなことを書き記そうと思ったのも、この「怒り」の感情をとどう向き合ったらよいのか、という契機にしたいという理由で他意はない。

 

現在もカウンセリングを受けたり、ネットや書籍でアンガーマネジメントを学んだりしているが、効果ははかばかしくない。

アンガーマネジメントについて苦言したいのだが、そもそも怒りは感情なのに何で理性でコントロール可能なのだろう?

例えば、テレビでお笑いを見て、「さあ、ここはこういう理由で面白いから笑いましょう」とか考えてから笑うだろうか?

感情というのは人間の理性の介在などなく、唐突に表出してくる。

それが、喜びや悲しみならまだいいのだが、「怒り」となるとかなり厄介だ。

 

さて、私はこれから「怒り」の問題にどう向き合っていけばいいのだろうか。

今、本当に悩んでいる…。