村井秀夫刺殺事件の真相を追って -38ページ目

村井秀夫刺殺事件の真相を追って

村井秀夫は何故殺されたのか?徐裕行とは何者なのか?
オウム真理教や在日闇社会の謎を追跡します。
当時のマスコミ・警察・司法の問題点も検証していきます。
(2018年7月6日、麻原彰晃こと松本智津夫死刑囚らの死刑執行。特別企画実施中。)

林郁男の修行部屋。林郁男は、麻原の呪文を収録したテープ「決意」を聞いていた。

麻原の音源「修行するぞ、修行するぞ、修行するぞ、徹底的に修行するぞ、徹底的に修行するぞ、徹底的に修行するぞ、徹底的に修行するぞ、修行するぞ、修行するぞ、修行するぞ、修行するぞ、修行するぞ、解脱するぞ、解脱するぞ、解脱するぞ、解脱するぞ、解脱するぞ、徹底的に解脱するぞ、徹底的に解脱するぞ」

信者「マンジュシュリー正大師が呼んでいます」
信者が村井からの招集を伝えた。林は村井のいる50号室へ向かった。

部下が集まると、村井は選んだ実行役の名前をホーリーネームで呼んだ。
豊田亨、林泰男、廣瀬健一、横山真人の4人。そこへ麻原から「それだけでは足りない」と林郁男も加えるよう指示があり、実行犯は5人となった。



村井「みんな集まりましたか。あとこのメンバーにヴァジラパーニャが加わります。近く、警察の強制捜査が入ります。騒ぎを起こして警察の強制捜査の矛先をそらす。そのために…」

村井「地下鉄の中にサリンをまいてもらいます」

村井「国家権力の代表、公安警察や検察、裁判所のある、霞ヶ関を通る幾つかの路線で、明後日の3月20日、月曜日、通勤時間帯に会わせてやります」

「何故地下鉄なのですか?」

村井「通勤時間であれば地下鉄が込み被害が大きくなる。電車の中は密閉した空間で、サリンが気化すれば必ず充鎮する。だから効果的に人を殺せる」

村井「前に、ボツリヌス菌をアタッシュケースに入れて噴霧したんだれど、これが大失敗だったんだ。やるなら簡単な方法でやらないとね」村井は苦笑しながら話をつづけた。



村井は、地下鉄の路線図を拡大コピーした紙を、皆の前に広げた。

「国家権力を代表する場所である千代田区霞ヶ関において、地下鉄の様な密閉した空間に、サリンを撒けば効果がある。それを実行するのが、3月20日(月曜)朝のラッシュアワーというわけだ。」

「どうやって撒くんですか?」

村井「はじめ科学技術省では、アタッシュケースから発散させるとか、いろいろ工夫してみたが、うまくいきそうにない。尊師のアイディアとしては、ジュースかヨーグルトのプラスチックケースにサリンを入れ、電車の中でひっくり返す。そして、まく時にフタをはずして床にころがして逃げる。一応これでやることにするが、君たちもいいアイディアがあれば出してほしい」

「それでは目立ちませんか?」「私たちに被害が及ぶのでは?」

「それはやりにくい」「自分たちに危険である」「たちまち見つかってしまう」

口々に非難の声が上がった。

村井はなだめるようにニコニコしながら言った。

「これは尊師のアイディアだから。とりあえずサリンを準備するから、電車内で発散させるために、君たちもいいアイディアを出してくれ」


村井「これは…」
村井はふと上を向いた。

村井「…からだね。嫌ならことわってもいいんですよ」

一同「…」
村井は直接名前を出さなかったが、皆尊師からの指示だと解釈した。

村井「じゃやってもらいますよ。」

一同「ハイ」

村井「これは正悟師になる心の修行です」

これで話し合いは終わった。

林郁男が席を立とうとすると、村井は呼び止めた。
村井「クリシュナンダ師長。これはマハームドラーの修行だからね」
「はい」

(マハームドラーの修行とは、心を動かさない修行を意味する。その修行をすると正悟師の位が与えられる。)

●自作自演

麻原「サリン攻撃の犯行を新進党か創価学会の仕業に見せかけてはどうだろう」

麻原の考えに石川公一は答えた。

石川「そりゃくるでしょう、その時私が、否定する街頭演説をするので、足をピストルで撃ってもらうと、世間が同情すると思います」

麻原は考えた。(自衛隊の第一空挺師団に、井上の部下がいる。そいつにヒットマン役を演じさせるか…否、ここはやはり)
麻原はおもいなおすと、石川に言った。
「お前はそこまで、やる必要はないだろう」

すると青山吉伸が提案した。
「島田(裕巳)さんのところに爆弾を仕掛けたら、世間の同情が帰るのではないですか」
島田氏は当時日本女子大の助教授で、オウムに好意的な学者なところがあった。ところが、教団の標的にされるものだから、酷いとばっちりである。

井上も提案した。
「だったら、青山の総本部にも、爆弾を仕掛けては?」

麻原「よし、島田さんのところに爆弾を、東京総本部には火炎瓶を投げろ」


3月19日夜、井上は自衛官の白井考久(三等陸曹)と共に「世間の同情が買える事件」を実行した。

午後7時25分ころ、杉並区上井草3丁目のマンション。
時限爆弾が大音響とともに炸裂した。厚さ5㎜の玄関ガラスが割れて飛び散り、オートロック装置と床タイルが割れた。

見届けた井上は、女性用カツラで変装した自衛官を連れて東京総本部へ向かった。



東京・南青山のオウム真理教総本部は、青山通りから裏道に入った5叉路の交差点の一角にあった。このビルは、地下鉄サリン事件から丁度20年目にあたる2015年3月に解体されている。1ヵ月後、このビルで残虐な事件が引き起こされるのを井上は知らなかった。

午後8時40分。自衛官がガソリンの詰まったコカコーラの瓶に点火すると、玄関ガラスへ向けて投擲した。瓶は自動ドアを直撃し、直径20㎝の大きなアナが開いた。炎が、店内の段ボールへえ燃え広がった。

店内が燃える中、自衛官は路上に「犯罪者集団オウムを断じて許さない」と記入されたビラをばら巻き、闇の彼方へ消え去った。

3月15日、オウム真理教に強制捜査が来るという情報が入った。仮谷事件の捜査だった。

村井「強制捜査が近いとの噂が入っています」
信徒「きょ…強制捜査ですか!」

村井「それまでに大量のサリンを生産し、中に入って来た警察に散布します。救済を邪魔する者は誰一人として帰しません」


強制捜査は3月22日。捜査を妨害しハルマゲドンを実現させる作戦が立案された。

村井と井上は、遠藤が研究しているボツリヌス菌を使って騒ぎを起こすことを考えた。村井は、小型の機械にビツリヌストキシンをいれて噴霧する案を出した。3月10日に、霞ヶ関の地下鉄構内に置き、警視庁を狙うことになった。



アタッシュケースに仕込んだのは振動子式の装置であった。これは村井が科学技術省の強瀬に指示して作らせたものだった。ところが装置が作動せず、駅員に通報されて警察に回収されてしまった。

3月16日。読売新聞は「仮谷事件に使われたワゴン車の車体から事件関係者のものとみられる指紋が検出された」と記事に掲載した。

麻原、村井、井上らは危機感を強め、自動小銃の部品等を隠す、仮谷事件に関わった者の記憶消去するためにニューナルコなどを実施した。

3月17日 村井は強制捜査の件で、廣瀬と豊田に小銃部品を隠匿する作業を指示した。作業は18日午前1時か2時頃に終わった。

●リムジン謀議

95年3月18日午前1時、杉並区阿佐ヶ谷のオウムが経営する飲食店で、幹部ら約20名を集めて正梧師に昇進するメンバーを祝う会合が行われた。
午前二時過ぎに会食が終わると、麻原と6人の幹部は、教祖専用のリムジンに乗り込んだ。



席の一番右は麻原。隣に村井。その隣に遠藤。
麻原の前は青山。村井の前は法皇官房幹部、遠藤の前に井上、石川。

リムジンが動きだしてすぐ、青山が麻原にたずねた。
公証役場事務長拉致事件について、警察の強制捜査が入るか、についての話だった。話題は捜査を攪乱する作戦へ移った。



青山:「いつになったら、四つに組んで戦えるのでしょう?」

麻原:「今年の11月ごろかなぁ」(村井に声をかける)

村井:「ええ。ある程度は輪宝(レーザー照射器)ができてますから」

麻原「どうやったら強制捜査を阻止できる?」

村井「この前のアタッシュケース事件が成功していたら、強制捜査は無かったのでしょうか?」

麻原(ため息)

麻原:「アタッシェはメッシュが悪かったのかなぁ」(15日のボツリヌス菌散布の失敗について話す)

麻原は、隣に座っている井上に声をかけた。

麻原「アーナンダ、なにかないか」

井上「T(ボツリヌス菌)ではなく、妖術(サリン)だったら良かったのではないでしょうか。松本で実証されているので、大惨事を引き起こせます。警察の捜査を阻止できるのではないでしょうか?」

村井「…そうですね。今度は地下鉄にサリンをまけばいいんじゃないですか?密閉された電車内で散布すれば威力が大きい筈です。」

麻原「それでパニックになるかもしれんなぁ」

村井「(強制捜査をさせないためには)阪神淡路大震災に匹敵するほどの事件を引き起こす必要があります」

すぐ応じた麻原はサリンの揮発性について村井と話し合った後、井上にたずねた。

麻原「アーナンダ、この方法でいけるか」

井上「尊師が言われたように、パニックになるかもしれませんが、今年1月1日の『読売新聞』にあったように、上九一色村でサリンの生成物質が検出されたから、山梨と長野の県警が動いています。サリン原料のルートは、完全にバレているでしょう。ですから、サリンは使わずに、牽制の意味で、硫酸でも巻けばいいんじゃないですか」



この意見を聞いて、麻原は不機嫌になった。
「サリンじゃないとダメだ。アーナンダ、お前はもう言わなくてもいいぞ。マンジュシュリー、お前が総指揮でやれ」

村井「はい!」

麻原「実行役はどうする?」

村井「科学技術省次官で、近く正悟師に昇格が内定している4人でどうでしょう」

麻原「うむ」

村井「分りました。サリンは、また必要になると思うので前段階の物質を保管しています」

麻原「ジーヴァカ、作れるな?」

遠藤「条件さえ整えば作れると思います」

麻原「今話したことはもう一度瞑想室で考えてみる」

村井は歓喜に包まれた。
サリンを70トン生成するプラントの第7サティアンの建設が中断し、霞ヶ関駅でのボツリヌス菌の噴霧にも失敗して「科学技術省はダメじゃないか!」と、叱責されていたからだ。

リムジン謀議後、夜が明けると村井は第6サティアン2階の中川の部屋へ向かった。
松本サリン事件で製造したサリンは証拠隠滅のため処分していたが、中川がサリンの中間生成物である「メチルホスホンジフロライド(ジフロ)」を密かに保管していた。

村井「例のジフロを、ジーヴァカ棟へ持参して、早急にサリンを作ってくれ」

中川「サリンを作ってどうするんですか?」

村井「地下鉄で撒くんだよ」

中川(今回も実行者に指名されるかもしれない)
中川は、隠していたジフロをジーヴァカ棟へ運び込むと、遠藤とサリンを生成の準備に取りかかった。だが、遠藤はサリンを生成した経験はない。

正午前、村井は遠藤を第6サティアン1階の「尊師の部屋」へ呼んだ。

麻原「ジーヴァカ!どうなっている?今日中に作れ!まだやっていないんだろう!」

しびれをきらした麻原が、遠藤に吠えた。

部屋を出た遠藤に村井は「早くやってくれ。今日中にやってくれ」と釘を刺した。

遠藤はクシティガルバ瞑想していた土谷を呼び、作業に立ち会わせてもらった。
サリン中毒にかからないよう頭からビニール袋をかぶり、酸素ボンベを引き込んでの作業だった。

午後1時。村井は井上を連れて「尊師の部屋」へ入った。

麻原「おまえら、やる気ないみたいだから今回はやめにしようか」

村井・井上「……」

麻原「アーナンダ、どうだ」

井上「尊師の指示に従います」

麻原「マンジュシュリー、お前はどうだ?」

村井も「サンジャヤ師たちもやる気満々で、みんな下見に出掛けています」
村井は強い意志を言葉に込めて言った。

麻原は納得すると、「じゃ、おまえたちに任せる」と答えた。


3月19日深夜。



遠藤「できました。ただし、まだ純粋な形になっておらず、混合物です」

麻原「いいよ、それで」

純度30%のサリンを見た麻原は、村井、遠藤とともに瞑想をした。

扉の奥で井上が覗いていた。

村井は自分の部屋へ直属の部下を集めるよう信者に命じた。


麻原「教団が武装しようとしている事を外部に洩らした者は殺す。もし家族のもとに逃げ帰ったら、家族もろともに殺す。もし警察に逃げ込んだ者がいたら、警察署を破壊してでもその者を殺す」

●冨田俊男リンチ殺害事件

1994年7月8日。
冨田悛男(27)がタンクローリーで水を運搬する仕事をしていたところ、女性信者が温熱治療中にやけどを負い意識を失う事故が起きた。土谷に浴室内の水を分析したところ、イペリット関連物質が検出された。

村井はこれを「やけどには水にイペリット(猛毒の化学剤)が混入されていたのが原因」と断定。同月9日,教団信者に井戸水や水道水の使用を禁じ、教団幹部にそのスパイ捜しを指示した。当時タンクローリーで第6サティアンに教団の生活用の水を運搬していた教団車両省所属の冨田俊男がスパイに挙げられた。

麻原は林郁夫氏に命じて、ポリグラフ(嘘発見器)とイソミタールインタビュー(自白剤の投与)を使い、富田から陽性反応を確認した。

新實と杉本は冨田を第2サティアン地下室にに連れてきた後、「尊師の警備をしてもらうかもしれない」と言い、冨田にヒンズースクワットを300回させた。

「体力があるのは分かった。これから精神面をみる。」

パイプいすに縛り付け、両手を手錠つないでベルトで身動きできなくした上で、尋問をはじめた。

麻原は杉本の信仰心を確かめるため尋問を杉本に担当させるように指示した。

竹刀やマチ針、ガスバーナーで熱した鉄の火かき棒で拷問し、自白を迫った。冨田は潔白を主張した。

冨田「ミラレパ正悟師は人の心が読めるはずですから,私の心を読んでください。そしたら私が毒なんか入れていないことを理解してもらえると思います」

哀願するように何度も言ったが,やがて力尽き意識を失った。

麻原、新實、村井は冨田の処分を検討した。麻原は杉本に冨田の殺害を指示。



麻原「ガンポパがマイクロ照射機でポアしろ」

第2サティアンに戻ってきた新實は、「自白をしようがしまいが、どちらにしろ、ポアだ」と答え、本にロープを渡しながら「尊師がガンポパにやらせろと言っていました」と答えた。

生きたまま焼却するのは惨いと考え、絞殺することにした。
そして、新實が冨田の首のロープを巻き、殺害した。

遺体はマイクロ波焼却装置で焼却され、骨片は富士川の河口に捨てられた。


●江川紹子ホスゲン襲撃事件

ジャーナリストの江川紹子は、坂本堤弁護士一家殺害事件へのオウム真理教の関与を追及していた。8月、村井は青酸、ホスゲンなどの製造を部下に指示。ホスゲンはすぐに準備された。

麻原は新実智光、遠藤誠一、中川智正、端本悟に命じ、江川紹子をホスゲンで殺害するよう命令した。

9月20日未明、江川宅の郵便受けからホースを入れ、ホスゲンを噴霧した。しかし、江川が音に気づき、部屋の電灯がついた。少量しか噴霧できなかった。江川紹子はホスゲンを少量吸い込んみ、気管支に全治2週間の傷を負った。命に別状はなかった。

11月、第七サティアンの工場設備は液漏れやガス漏れなどトラブルが続出し、いまだ完成していなかった。そこへ警察の強制捜査の情報が入った。

村井は「強制捜査に入るかもしれない」と、部下の藤永考三に松本サリン事件の証拠隠滅を指示した。清流精舎にあった噴霧車の機器類は外され、車両も解体された。霧吹装置に使われたバッテリーとサリン用の容器は第6サティアンに保管された。

サリンプラントは肥料プラントに偽装された。しかし強制捜査がないことが判明し、再びサリン量産準備が行われた。

村井秀夫「11月末までに最終生成物を完成させなければならない」
教祖はサリンプラントの完成を待ち侘びていた。

1995年元旦。
富士山が雪化粧をした。年が変わると、村井の表情からは、夏のような輝きが失われていた。

教団施設「第7サティアン」に、宇宙服のような着物を着込んで、掃除機を持った村井の姿があった。もう一人の信徒とともに、プラント内のパイプ内部の掃除をしていた。配管の中に何かが残っていたのか、2人は黙々と吸い取った。
 前後して、配管類の撤去や設備を発泡スチロール製の巨大なシバ神の像でカモフラージュする作業が始まった。

読売新聞がオウム施設周辺にサリンの残留物が検出したことを大きく報道したためだ。

麻原「サリン、VX、中間生成物、化学兵器、すべて廃棄しろ」

村井が着込んだ宇宙服は、頭の部分が透明なプラスチックでできていた。
奇怪な姿を、ある信徒が見つめていると、ふとした拍子に視線があった。村井の目に焦点が合わず、生気がなかった。その日のうちに巨大な仏像は完成した。



「ばく大な功徳を積むことになる」と村井が胸を張ったサリン70tの大量生産計画は、外部に発覚しかけ頓挫した。しかし同時期、清流精舎ではAK-47の試作銃が完成した。

1995年(平成7年)1月17日、阪神淡路大震災発生。世間の関心は地震に向いていた。


●公証人役場事務長逮捕監禁致死事件



93年。仮谷さんの妹は、夫が亡くなった心の隙間を埋めようとオウム真理教に入信し、これまでに6000万円を教団に布施していたが、教団はさらに妹の所有物となっている「目黒公証人役場」の土地・建物(当時の時価で2億7千万円)も布施するように強要した。

95年2月。キリストイニシエーションをさせて無理やり言質を取るが、妹はオウムから逃げ出し、仮谷さんに匿まわれることになった。

2月28日午後0時。麻原は、飯田エリ子から資産家である出家予定者が行方不明となった、と報告を受けた。

「お前はどうしようもない奴だ!」

麻原は飯田をさんざん罵倒した後、尊師瞑想室へ移り、井上と中村に資産家の行方を秘匿している事務長を拉致する計画を企てた。

麻原「拉致にはマンジュシュリーの開発した輪宝を使え」



東京都品川区大崎の路上。井上嘉浩と中村昇、平田信、松本剛、林郁夫、林武、中川智正ら8人が、仮谷清志さんが現れるのを待ち続けた。
仮谷さんが現れると、一同はレンタカーのワゴン車へ引きずり込み、チオペンタールナトリウムを注射して失神させて上九一色村へ連れ去った。



第2サティアンの瞑想室へ連れてこられた仮谷さんは、チオペンタールナトリウムの点滴をさせられ、自白を強要させられた。

村井は、監視役をしていた中川に声をかけた。

村井「ニューナルコにかけて記憶を消し、帰宅させてはどうか?」

中川「このまま帰すのは危険です」

村井「そうか……。ポアするしか、ないのかな」

村井は言い残してどこかへ行ってしまった。

3月1日。事務長が呼吸をしなくなった。遺体は3日かけて焼却し、遺骨をバケツに入れて木片で粉々にした。さらに硝酸を注いで溶解させ、第2サティアン近くの本栖湖へ運ぶと、”液体”を流して捨てた。



ある夜、村井は親しい信徒の毛布を引っ張った。その信徒が目を覚ますと、村井は手招きした。

村井「誰にも聞かれたくない話がある。いよいよ戦争が起こる。日米決戦や。戦車がどうしても必要になった」

信徒によれば、村井の表情は真顔で熱く語っていたという。

それから数日後、東京の中心地で大量殺戮が起こるのを信者は知る由もなかった。