村井秀夫刺殺事件の真相を追って -37ページ目

村井秀夫刺殺事件の真相を追って

村井秀夫は何故殺されたのか?徐裕行とは何者なのか?
オウム真理教や在日闇社会の謎を追跡します。
当時のマスコミ・警察・司法の問題点も検証していきます。
(2018年7月6日、麻原彰晃こと松本智津夫死刑囚らの死刑執行。特別企画実施中。)



強制捜査から2日後の3月22日。
警察は村井が開発したレーザー兵器「輪宝」の部品や設計図の入ったフロッピーディスクを押収した。村井は捜査の動きを注視した。

村井「警察は『第7』をサリン工場だと断定しているようだ。地下鉄事件のサリンは警察にはばれないところにつくった。たとえ逮捕者が出ても、公判でくつがえせる」

捜査本部は当初、「第7サティアン」と「クシティガルバ棟」をサリン工場と断定していたのを、村井は把握していた。警察の動きも教団に筒抜けだったのだ。

既にクシティガルバ棟のサリンは処分済みだし、第7サティアンの方は量産に至っていない。地下鉄のサリンはジーヴァカ棟で生成したものだから、証拠がない限り逮捕されても無罪放免となるだろう。

村井は科学知識は誰にも負けない自信があった。カメラの前で、村井は自己紹介を始めた。

村井「まぁ尊師はあの…非情に知性は高いのですが、高等教育を受けておられませんので、科学的な知識だけは、素人と…いうこともあります。」

村井「まぁ、宗教的側面、これが尊師の担当される部分。つまり科学的、産業といいますか、そういう部分は私の担当、ということになります。」

村井は攻勢に出た。マスメディアを使って、捜査の矛先を第7サティアンに向けさせる作戦だ。

4月3日、村井はサリン事件後初めてマスコミの取材に応じた。NHKから「3月22日の強制捜査で押収された化学物質、薬品などの質問についてしゃべってほしい」ということで、都内のホテルで打ち合わせをした。村井はワープロを片手に、和室で取材を受けた。

村井「(科学技術省には)250人が所属し、コンピューターの組み立て、金属の加工製造部門、遺伝子の研究部門などがある。……(第七サティアンは)農薬工場のつくりかけだった。昨年7月、施設周辺でサリン副生成物が検出されて、松本サリン事件と結びつくかのように警察が疑いの目で見てきたため(工場建設を)断念した。その後、製造プラントの一部を壊し、シヴァ大神の像をつくった。……三塩化リンは、将来、農場で使う有機リン系の殺虫剤をつくるために備蓄していた。サリンの防ぎ方は研究しているが、製造方法は知らない。(警察の)押収物質でサリンを作ることはできない」

4月3日。今度は「ズームイン!!朝!」のインタビューに登場。



レポーター「元信者の証言でですね、村井さんね、あのー、ナイフとか、えー、銃器の部品などを作ってるという話があるんですが、このあたりどうなんですか」

村井「あのー、まず生活必需品、それからあの、私たちの様々な仕入れている機械類の、その部品、その手を作ってまして、そこまで余裕はないです」

レポーター「ナイフや銃器の部品は作っていないと」

村井「作ってません」

レポーター「一切?」

村井「ハイ」

レポーター「作ったこともないと?」

村井「…作ったこともないです」

レポーター「こちらで?」

村井「ハイ、ありません」


4月5日、毎日新聞の取材に応じる。場所は港区の教団東京総本部だった。



「私たちの施設の設備や薬品ではサリンの合成はできない」

「私たちは自給自足と言うことで、さまざまな部署でさまざまな薬品を作っている。サリンが合成できるという疑いをどのように反証するか検討している。サリンは作っていない」

昨年7月の上九一色村の異臭騒ぎについては「DDVP(有機リン系殺虫剤の一つ)を作ろうとしたが、途中で破棄した」と話した。



4月7日、外国人記者クラブの取材に出席。



上祐はサリン事件の犯行を第三世界(東西冷戦中、資本主義、社会主義勢力に属せず、中立を揚げた国々)の仕業ではないか、とコメント。

村井「サリンを作ったことは一度もない。劇薬を作るサリンプラントです。」

そこへフランス『ヌーベル・オブサーバー』紙の記者・アントニオ・パニオッタが反論するように質問した。

アントニオ記者「第7サティアンに取材に入ったとき、わたしが着ていた手袋とジャンパーがただれてしまった。これは、サリンなどの影響ではないのか?」

村井「それはウソです。間違っています」

アントニオ氏は4月3日の外国人記者クラブの会見で、自らが撮影した写真を示して、第七サティアンがサリン工場ではないかと迫った。上祐が否定すると、マイクの前で「嘘つき!」と公言した。

村井はアントニオ氏の言葉をそのまま言い返したのである。
村井の反論後、アントニオ氏は会場から退場した。

この日、会見で村井は
「私たちの教団には1000億円の資産があります」と発言しているが、当初は注目されなかった。

(アントニオ・パニオッタ・フォンセカ 1956年、イタリア生まれ。二歳のときにフランスに移住する。77年、ナンシー国立美術大学に入学。卒業後、79年にアール・デコに入学し、83年に写真学科を卒業する。以後、おもにフリーのフォトジャーナリストとして活躍。
96年4月24日、東京地裁104号法廷で、アントニオ氏が麻原の隠し撮りに成功、週刊ポスト5月24日号、フォーカス5月29日号に掲載した。)


(1:19より村井秀夫登場)

4月8日
村井「(なぜ農薬をつくろうとしたのか)自分たち自身でつくれば安く上がる。不動産運動を図る必要があった。つくる過程が知恵の修行であった。そして、基礎的な物質をつくる必要があった」

「専門家に見せれば『第7』でサリンを製造できないことは証明できる」

「『第7』はハルマゲドン後の自給自足に備え、化学肥料(DDVP)を作ったが失敗した」

村井は第7サティアンの科学プラントは自分で設計したのを認めたが、「農薬工場として造りかけたもので、あのプラントと教団内の材料ではサリンは作れない」とサリン製造を否定。サリンプラントの建設自給自足に使う農薬工場を建てるためと主張した。工場の偽装疑惑については化学肥料の製造に失敗したので、工場を立て替えて礼拝堂に改装していた、と説明した。





村井「麻原尊師は阪神淡路大震災を予言させた」「阪神淡路大震災は大国の陰謀」

村井は麻原の功績を交えつつ疑惑の払拭に努めた。しかし現実味のない話に出演者や視聴者たちは首を傾げた。長年の教団生活が祟り、村井の考えは世間に通用しなかったのだ。
それどころか林郁男、新実智光、岐部哲也、中田清秀ら幹部が次々と逮捕されていく。捜査の手は全国130カ所のオウム施設へと広がった。


●第7サティアン裏「研究棟」から覚醒剤

村井、上祐、青山が連日テレビに出演する間も捜査は進んでいた。
上九一色村第七サティアン裏にあるプレハブ小屋、クシティガルバ棟。村井の部下である土谷正実がサリンを製造していた建物である。捜索の際、棟内の機材に付着していた微量の薬品を調べたところ、覚醒剤であることがわかった。

また、この研究棟と「第7サティアン」の間の斜面の土を採取して鑑定した結果、陽性の覚醒剤反応を検出。4月14日の一斉捜索を前に施設内の覚醒剤を廃棄処分にしたと当局はみた。これまでの捜索で「フェニルアセトニトリル」を大量に押収。この薬品自体は覚醒剤取締法の規制対象外だが、塩酸や「メチルアミン」を加えると三工程で覚醒剤が生成できる。このほか「第6サティアン」横のプレハブ小屋では「フェニルアセトニトリル」よりも簡単な工程で覚醒剤がつくれる原料数十kgが見つかった。押収済みの「科学班」のノートにも覚醒剤の生成実験過程を記述したメモがあり、施設内には覚醒剤の生成機材もあった。

●村井秀夫VSカイルオルソン



テレビ局は村井の後を競うように追いかけた。車から下りると、カメラのフラッシュが激しく村井を照らし、マイクを持った者が追いかけ回してきた。短く刈った髪と丸い輪郭の容姿から村井はお茶の間でも有名人となった。上祐・青山・村井。オウム幹部が出演すると、視聴率があがり、3人は各局引っぱりだこになった。

そんな中、日本テレビはアメリカからある専門家を呼び寄せた。
アメリカ・化学兵器の専門家カイル・オルソン氏。




そして4月17日、「緊急スペシャル オウム世界戦略とサリン事件の謎 今夜真相に迫る」が放送される。

●前哨戦


(書類をこまめにチェックする上祐と偉そうな村井。)

司会者は草野仁さん、木村優子さん。



ゲスト出演

江川紹子


有田ヨシフ


故・河上和雄氏(2015年2月没)


常石敬一氏


オウム真理教

マイトレーヤ正大師こと上祐史浩


マンジュシュリー・ミトラこと村井秀夫


討論は初めに麻原の行方から始まった。江川と有田が口撃するも、すらすらと言い返す上祐。
しばらくしてニュースが挟まれ、幹部の逮捕劇や南青山総本部に青山吉伸が到着したことが報じられた。

再び討論が始まると、上祐は信者の微罪による逮捕の不当を訴えた。
草野氏が村井に話の引導を渡すと、化学肥料について常石氏と村井の間で討論が始まった。江川や有田が村井を糾弾すると、上祐が援護に入り警察の陰謀、揚げ足取りと言いがかりをつけ議論は熾烈を極めた。

CM後、4月14日の強制捜査の特集、信者の子供の保護について議論が行われた。
オウム側は”子供を拉致された”信者を用意。江川は優しい口調で話しつつ親子関係と教義の矛盾を指摘。上祐は子供の健康状況やきめ細かい対応など教団の正当性を主張した。これに対し有田は子供がカビの生えた食べ物を食べさせられていると批判した。子供の保護問題について議論は20分以上続き、CMに入った。

そして、村井の前にカイル・オルソンが立ちはだかる。
(ここからは、村井秀夫とカイル・オルソン氏の討論を全文紹介する。)


●カイル・オルソン現る



米国・生物化学兵器研究所副所長 カイルオルソン。
国防省をはじめとする国家機関などと提携し化学兵器の研究を行う。
94年末には日本テレビの依頼を受け松本サリン事件の調査にあたった。
二週間に及ぶ徹底検証の後、この犯行は大掛かり勝つ組織的な犯罪であると推定、さらに驚くべき予測を残して帰国した。



オ「一回目に成果を上げたのだから再びやるのではないか」

彼の予測は不幸にも的中してしまった。死者12名負傷者実に5000人を超えた。

オ「東京駅や銀座のデパートそしてスポーツイベントが狙われたら数百人の死者が出るかもしれない。それがテロの目標なのです」

更なる悲劇を阻止するべく再び来日。地下鉄サリン事件の現場に赴き綿密な調査を行った。多くの提言をし、帰国した彼を待っていたのは、サリン疑惑渦中のオウム真理教からの調査依頼だった。

彼はその依頼を拒否。独自に究明をすべく三度目の来日を決意した。



オルソン氏は14日緊急来日、すぐさま山梨県上九一色村へ向かった
化学工場と呼ばれる第7サティアンを見るなり彼は不思議な所だと語った。専門家の目は果たして何を読み取るのか。彼は疑惑の建造物「第7サティアン」に近づいていった。

オ「これは相当な電圧がありそうですね。簡単な設備などといえるものではありません。産業用に使われる工場のようなものといえるでしょう。中で何をやっているのか知るには、電気の使用量をチェックする方法があります。それがわかれば、ほぼ見当がつくのですが…」



ガス兵器の専門家であるオルソン氏が強い関心を寄せたのがパイプだった。第7サティアンの壁に大量に絡み付く大量のパイプ。それを検証した後オルソン氏は化学工場だと確信したという。



更なる情報を求めオルソン氏は上九一色村の竹内氏を訪問した。オウムを監視し続けてきた武内氏は昨年7月15日、第7サティアンから出た強い異臭を嗅いだという。



武内精一さん「8時頃臭いが発生しましてね、私が8時1分頃(第7サティアンへ)行っているんです。それから警察官が来たのが8時30分なんですよ。で、その間に近所の人たちも大体集まってきたと。それで蒸気なども吹き出てたと。えぇ、蒸気を出すと割合に臭いが強くなるんですよね。」

レポーター「蒸気は何処から出て…」

武内さん「上からこう、3階の上からピューってこう吹き出てるんです」

レポーター「今はそうなっていますか?」

武内さん「今はシートがかかっちゃってるでしょ。アレはね、今年の1月7日、8日、9日と、この3日間あのなかの物が全部運び出してるんですよ。

レポーター「え、オウムがですか?」

武内さん「ええ、全部運び出しています」



依然大規模な捜索が続く第7サティアン。白いビニールシートで厚く覆われ中に入ることは出来ない。しかし独自に秘密のベールに包まれている第7サティアン内部の写真を入手。オルソン氏に検証してもらった。詳細に分析した後かれは、驚くべき見解を語った。



オ「これらの写真を見て、幾つかの気になる事実が分かります。まず第一に、この中には少なくとも4つの反応装置が設置されているのです。その4つそれぞれが中で様々な薬品を撹拌、つまり混ぜ合わせ、個別の化学物質を反応させ、別の何らかの化学物質を作り出していたと考えられるのです。一番気になるのはやはりこのパイプ状の物です。これはいわゆる蒸留装置なのです。もしも、ここでサリンが生成されていたとした場合、この装置を使うことによって、極めて純度の高いサリンを作り出すことが出来るのです。もしここでは農薬を作っていいただけだというのであれば、何故礼拝堂と偽って、我々を中に入れないようにする必要があるのでしょうか。確かに、これらの装置で、DDVPなどの農薬を作ることはできますが、この設備ならば、それ以上のものを作り出すことが可能だと言えるでしょう。専門家として申し上げるならば、この第7サティアンで、農薬だけを作っていたとはとても思いません」



生対決!!“オウム科学技術省”トップVS米・毒ガスの権威!!

草野「アメリカの毒ガス兵器専門家でいらっしゃいます、カイル・オルソンさんにスタジオにお越し頂きました。で、オルソンさんは、実は長野松本サリン事件、そして地下鉄サリン事件についても綿密な調査をなさった方です。えー、まずオルソンさん、第7サティアン、あのまぁ操作が行われていますので中を十分に見れませんでしたけれども、様々な情報から総合してここでは何が行われていたと想像されていますか」

オ「一つ明確に言えることは、これは、ただ単なる礼拝堂や信教関係の物ではないということははっきり言えると思います。最低でもこれは科学設備として十分立派な物ですし、はっきりいって中の設備その他を全部見るまでは、何が実際に行われていたかは、はっきりは言えないんですけれども、明確に言えるのは非情に潜在的に能力を占めた設備であると言うことです」

草野「横にいらっしゃる村井さん」村井「ハイ」
「まぁこれ是非お話して頂きたいと思いますが」村井「ええ」

草野「オルソンさん、まず村井さんがね、あの過去の説明ではDDVBというものを作ろうとして途中で断念したと。その程度の施設だったんだとおっしゃってるんですが、これについてはどういう風にお考えですか?

オ「その点についてちょっとわからないんですけでども、何故DDVPを作らなきゃいけないこと自体疑問なんですけれども、農業関係の事業を起こすつもりか、それとも何か市販用に作るつもりだったのか非常に組織としても極端な話だと思うんですけども」

草野「いかがですか、村井さん」



村井「あの、その前に、あのお伺いしたいんですが、 ハステロイ という金属はご存知ですか?」



オ「HASTELLOY?」村井「ハステロイ」オ「HASTELLOY!」

村井「イェス」



村井「で、そのハステロイが、私たちタンクに採用した金属です。それと、蒸留塔の重要部分に採用しております。これは腐食性から考えてなんですけれども」

オ「ハステロイをお使いになっていたのですか?」

村井「それでそれを注文したのが10月、タンクを設置したのが12月、です。要するに、そして12月の終わりでプラントは閉じましたので、このプラントはいつでも使っておりません。つまり完成していないです。で、この完成していないプラントで一体何が出来るのかと、そうかとそういうことが私は聞きたい」

上祐「出来てなかったら何にも出来ない」

オ「いくつか質問したいことがあるんですが、それに関しては、まずこのサリンの量自体が、松本の件にしても地下鉄の件にしても、こんなに大量に作る必要があったと思いませんし、規模が大きい物だと思います」(ここでCMが入る。)

草野「オルソンさんから村井さんへの質問の途中になりましたが、まず最初の質問ですね。これちょっと日本語で伝えてもらえますか」

村井「…あ、私ですね?あの要するに」草野「ちょっちょっとお待ちください、待ってください」
村井「先ほど聞いたのは本当にサリンが作られたと、それには証拠がありますと、そういう話をした訳です」

木村「で、それに質問にお答えになさったのですね」

オ「まず第一にあのー、使われたサリン自体松本にしても地下鉄にしても、はっきり行ってもっと小さな実験室で作れる量だと思うんです。このような実験設備、この第7サティアンで見つけた実験設備が完成されていないといいますけれども、そこまで大きな設備自体必要なかったと思われます。ですから、倉庫に、これだけ原材料がありまして、それだけの物を作れる潜在能力があったということは指摘できると思います。そして、私が…このハステロイをまずタンクに使おうとしていること自体非常にびっくりしているんですけれども…これはあの神経ガス、サリンの神経ガスを使う場合に使用しなければならないハステロイドという金属が指定されているものでして…」


(通訳が話すのを止める。村井を睨みつけるオルソン。)

村井「…神経ガス、の時に指定されているか私は知りませんが、塩酸、あるいは硫酸を使うときに、酸の腐食を防ぐために私たちは使いました…というか採用しました

草野「いかがですかオルソンさん」

オ「まぁそこまで設備にお金をおかけになっていることは大変関心していると思う」

村井「それから今、お伺いしたプラントで作った、プラントで作る必要の無いということをおっしゃっていましたよね?」

草「するとあの、村井さん、もう一つ」オ「No!No!No!」
草「あ、ちょっと続けてもらって…」

オ「いえ、私が言いたかったのは、プラント自体がそこまでサリンが実際地下鉄や松本で使われたサリン自体が、そのプラントで使われている必要性がないということです。しかし、大量のサリンを作るためには、このプラントが使われている可能性はあるということを指摘したいんです」

草「いかがですか、村井さん」

村井「いや、要するに今言いましたように出来ておりませんから、何も作れません。そこでは。で、それでその…少量ですからとおっしゃいましたが、機関等割的には大量の薬品を流す必要がある訳ですね。例えば1tであるとか、で、出来てくる物は何しろ大量に出来てくると。はい」

常石敬一「誤解で…いや、オルソンさんから聞いているのはね、あのー、まぁ、どうも犯人と決めつけちゃうとちょっとまずいんだけれども、地下鉄とかね、松本でもサリンの製造で、あそこで使われたサリンの量からすればね、第7サティアンみたいなものでなくても」

村井「必要ないということですよね」

「もっと小さな所でも出来るであろうと」草「十分であろうという」

村井「ですから私は、あの聞いてる訳ですよ、ええ」

常石敬一「いや、それで、で、その第7サティアン脇の、なんだっけ、プレハブ小屋か。あそこで、あの加水分解したものが出てるとかなんとか言ってるから、多分そういったことについての説明、まぁあの、攻撃されたというのはすでにされてますけどもね」

村井「いえ、私はあの、聞きたいのは、要するに、第7サティアンで作ったと言いたいのか、それともプレハブ小屋で作ったといいたいのか、どっちなんだと、それをあの言いたい」

上祐「ひとつ、ひとつだけ…」草「あの今の…」
上祐「我々としてはプラント…これを…」

草「私はあの…オルソンさんのね、あのー質問についてはこういう風に解釈しました。第七サティアンの…」村井「いや、直接来た方がいいでしょ」草「いやハイハイ」
草「第七サティアンの」村井「要するに第七サティアンの…」

草「あの施設自体は、十分に、えーサリンの製造する能力があると、潜在能力があるっていうようにおっしゃったと、聞いたんですが」

オ「まぁ、写真を見た限りにおいては、私は中には入ったことは無いんですけれども、写真から判断した限りでは、あと…今までの、村井さんのコメントから判断する分に関して言えば、この設備は、設備が十分あるだけではなく、種類としても、十分サリンを生成する必要なタイプなタイプのものであると判明できると思います。疑惑としては、十分他の証拠から考えても、証拠としては十分なものと思います。しかし、また何故、このオウム自体が、この農薬を作るための、設備自体を、この礼拝堂の中に隠せる形で作ることになったのでしょうか。また、あの何故法的なビルのあの、許可その他取らないで作ったのでしょうか?」

草「あの、村井さんね、私は要約させていいますと、私に聞こえてきたのは、DDVPを作るために施設を作ったけども中断した、断念したという村井さんの説明が、オルソンさんにとってはどうしても納得いかないものと映って…」

上祐「いや、それは隠しながら、やろうとしたっていうのをおっしゃったのでは…」
木村優子「何故隠すのか…」

上祐「そうではなくて我々は」草「いやそれならまず村井さんに」
上祐「やらないものを止めて、破壊して、神殿にしてますから、隠していないのを理解して頂かないと」江川「村井さんに聞いてるんだから」草「村井さんその点についてちょっと…」



村井「DDVPを作ろうとした理由ですけども」上祐「ちょっとこれは(小声)」

村井「私たちはその、様々な工事を作っていると、あの例えば金属に関して言うと、製錬から圧延、機械加工、溶接まですべてそろっております。まぁ、この様に、あらゆる分野の、その、工場群を持ち、その全てを自給自足で賄うというのが私たちの、そのセオリーなんです。その中に、食料自給という重要な、あのー、テーマがありまして、そのために、あのー、これは作りました。っていうか、作ろうとしました」

オ「しかし実際あの…実際あの、行政に対して、科学設備を作るという、許可をとろうという至誠はあったのですか?それは何故そのような形になったのでしょうか」

村井「それは出来た後当然認可は取ることになると思います」

オ「……何故その礼拝堂を隠す様なことになったんでしょうか?」

村井「これは間違ってます。礼拝堂の中に隠したのではありません」

オ「……Why did you village…」


ここでCMが入った。
●サリン事件翌日

3月21日、昼。
上九一色村の化学薬品を処分していた原吉広の前に村井からサリン量産プラントのある第7サティアンに戻るよう呼ばれた。サティアンへ行くと、滝沢和義、渡部和実ら「科技省」の数人がおり、村井は「このメンバーで警察に対応しよう」と言った。

 しかし、まもなく計画変更となり、村井幹部と「法皇内庁」の中川が「ここは自治省に任せて、私たちは去りましょう」と言い、逃げることになった。村井幹部、中川、滝沢、渡部ら7人は2台の車に分乗し、原は村井と同じ車に乗った。

午後八時ごろ。村井は「尊師は『今年は楽しかったな』とおっしゃっていた」と原に伝えた。そしてそれに続けて、しんみりとつぶやいた。

村井「みんなを犯罪者にしちゃったな」

原は自分たちの行為は世間的には犯罪的に見えても、真理追求の道としては正しいと考えていた。しかし、村井が信者を犯罪者にしたことを悔いるような一言をもらしたことで、教団の再起不能を村井が認めたものと受け取った。原はオウムの終焉に絶望した。

村井たちはその晩天竜川の堤防に車を停め、車中で一泊した。
翌日、村井の携帯電話に麻原から連絡が入った。一行は再び第六サティアンへ呼び戻された。

その晩、ロシアのウラジオストックから、教団ラジオ「エウアンゲリヲン・テス・パシレイアス」が麻原の声明を放送した。「戦え!真理の戦士たち」が流れると、北朝鮮のアナウンサーも顔負けの威勢で石川公一の声が放送された。

石川公一「この人間界に降臨された聖なる魂!尊師!!尊師が、もはや、大破局は避けられないといわれている!大破局はまもなくだと言われてる!」

「私は君たちが、私の手となり足となり、あるいは頭となり、救済計画の、手伝いを、してくれることを、待っている。さぁ一緒に、救済計画をおこなおう。そして悔いのない死を迎えようではないか」

●オウムのメディア戦略



3月22日。警視庁は予定通りオウム真理教の強制捜査を行った。
警察官自衛隊員2,500名。

警察はサリン対策のために自衛隊から防毒マスクや科学防護服を調達。
自動小銃による抵抗を想定し、自衛隊も応援に駆けつけた。即座に付近一帯は全面封鎖された。
部屋に入ると、薬物を投与されて意識を失った信者たちを発見。逮捕・監禁罪だとして信者の確保や証拠品押収が徹底された。

青山の東京総本部にも機動隊員が続々入ってきた。抵抗した信者はその場で取り押さえられ連行された。

世間から隔離されていた信者の子供たちは、機動隊員に抱えられて病院へ運ばれた。これに対しオウム側は「警察官が子供を拉致・誘拐した!」と強調し、警察の横暴を訴えに出た。

警察は麻原を捕らえることができなかった。麻原は隔離部屋に隠れていたのだ。

強制捜査の翌日23日、調子に乗った麻原は教団のラジオに登場。

麻原「2500人の警官を動員しての強制捜査をご覧になられたかな?しっかりと教義を学んでいるならば、ノストラダムス秘密の中にある大予言の弾圧の予言を思い出したはず」

3月24日、麻原はNHKにビデオレターを届け、自己の存在をアピールした。



麻原「フッ化ナトリウムは、元々サリンの材料、と言うより、これは、陶器の釉薬の材料なのです。」

麻原「私はまず、今、大変体が病んでいます。これは1700名のサマナの約5割が病んでいる『Q熱リケッチア』と呼ばれる物です」

麻原は仮病を装いながら反撃に出た。

ロシアから上祐外報部長を呼び寄せると、得意のディベート戦術で体制意批判をさせた。
弱みを指摘されると、早口言葉や感情的な素振り、巧みな弁舌ではぐらかした。

青山は弁護士の身分を利用し、捕された信者たちを次々口止めさせた。

22日、モスクワにいた上祐がBBCテレビの取材に出演。
23日から青山弁護士か文化放送ラジオに出演し、教団の潔白を主張しはじめた。
24日、麻原がNHKの質問に回答するビデオレターに出演。「フッ化ナトリウム」
26日、上祐史浩が参戦。3月27日から30日にかけて連日テレビのワードショーに出演。上祐 核心に迫る質問に対しては巧みにずらして答えることが多く、コメンテーターの一人は「ああいえば上祐」と嘆く。

マスコミはオウムを茶化し始めた。
尊師マーチにあわせて踊り狂う麻原の着ぐるみたち。
美化されたアニメーションの麻原。
荒唐無稽な素潜り大会水中クンバカ。
極めつけは「閻魔の数え歌」。

麻原「わ~た~し~は~やってない~潔白だぁ~」

麻原が自己弁護しているように聞こるため、テレビ側は面白がって一節を流し続けた。
ピンクの髭オジさんと愉快な2人組は一躍スターとして扱われるようになっていた。

オウムの対抗馬として長年戦い続けた江川紹子や滝本弁護士がこれに挑み、オウムウォッチャーとして注目を浴びた。有田ヨシフが便乗してこれに続いた。

しかし、教団の中枢である科学技術省の幹部はテレビに出ず、その行方が最大の関心事になっていた。

●警察庁長官狙撃事件

3月30日午前8時31分頃。東京都荒川区南千住の自宅マンション、アクロシティ。
その日、東京は冷たい雨が降っていた。

國松孝次警察庁長官を迎えに、2台の警察車両が待機していた。車から一人の秘書官が出て来ると、周囲の安全を確かめるためゴミ箱を調べた。ところが、離れた物陰に、テロリストが潜んでいた。
國松長官と秘書官が合流すると、通常閉まっていた通用口がたまたま開いていることに気付き、そこから外出しようとした。

そこへ待ち伏せていた男が拳銃を発砲。
秘書官は反射的に長官の上に覆い被さった。しかし、狙撃者は更に連射してきた。3発の銃弾が長官に命中した。秘書官は長官を物陰まで引きずり避難させた。犯人は4発目の銃弾を外すとすぐその場所から逃げ去った。

銃声で待機していた警官たちが集まってきらが、テロリストは既に自転車で逃走していた。
犯人は黒いレインコートに身を包んでいたという。

現場からは、何故か朝鮮人民軍のバッジや大韓民国の10ウォン硬貨が見つかった。

使われた拳銃はコルトパイソン。銃身が長く、通常の拳銃より衝動が強いものである。
それでも動いている目標を短時間で狙い、秘書官が覆い被さったのにも関わらず、3発目を命中させたことから、犯人は熟練者だと考えられた。

狙撃から1時間後、テレビ朝日に電話がかかる。電話の声は、國松に続く次のターゲットとして、井上幸彦警視総監や大森義夫内閣情報調査室長らの名前を挙げて、教団への捜査を止めるように脅迫した。



全国22万人の警察トップが撃たれた。
この事件で警察は特別捜査本部を設置し、威信を掛けた大捜査が始めた。4万人を捜査に投入。
警視庁の捜査本部を主導したのは公安部。捜査が公安部が主導となった理由は、刑事部が
松本サリン事件、仮谷さん拉致事件一連のオウム事件で手一杯だった。

公安はオウムに的を絞った。
まず35人の自衛官信者に注目したが、どれもアリバイがあり犯人を特定することが出来なかった。

次は当時逃走中だった平田信に容疑がかけられた。
高校時代エアライフル競技のインターハイに出場した経験もあった。オウム主催の「軍事訓練ツアー」にも参加しているが、成績は良くなく、人を撃てるようなレベルではなかったという。

そんな中、現職で警視庁警察官でオウム信者だった小杉敏行巡査長が「自分が長官を狙撃した」と告白。しかし、公安はこの取り調べを秘密に行い、警視庁内で情報を共有しようとしなかった。
10月、匿名の投書を機に情報隠蔽が明るみに出たため、井上総監は辞任した。



銃を神田川に捨てた、と小杉の供述に従い、神田川で大捜索が始まった。ダイバーを潜らせたが、水質は汚染され、川底はヘドロが堆積して探すのが困難な状況だった。

そこでしゅんせつ船でヘドロを吸い上げ、泥の中から手作業で銃を捜索する方法に切り替えたが、出てきたものは大量のゴミと乗り捨てられた自転車ばかりで、寒さと悪臭で警官たちの意気は消沈した。

しばらくして小杉は供述を二転三転させた。捜査が混乱し、無駄な時間が費やされた。小杉は懲戒処分された。

2004年、公安部長・青木五郎はオウム犯行説を徹底究明させるため容疑者を根こそぎ逮捕した。

容疑者として逮捕されたのは4人。

オウム真理教の信者で元警視庁巡査長 小杉敏行

教団元「防衛庁」トップの岐部哲 岐部哲也

テレビ朝日に脅迫電話をかけた教団建設省幹部 砂押光朗

麻原彰晃の最側近の一人 石川公一

公安部はオウム犯行説に固執した。
証拠の積み重ねよりも、見立てに基づいて「情報」から絞る捜査手法。かたくなな秘密主義。刑事部との連携のまずさ。公安警察のそうした体質が、すべて裏目に出た。
教団幹全員が否定、巡査長は不起訴となり釈放された。

そんな中、刑事部は中村泰という老練な謎多きスナイパーから重要な情報を得た。
中村が自ら関与を認める「告白」をしたのだ。

窃盗をして東大を中退し、その後銀行強盗を引き起こす。
しかし、結局嫌疑不十分ということで不起訴、そのまま迷宮入りしてしまった。中村の「供述」と国松氏狙撃事件の内容に一部、食い違いも指摘されているためであった。

結局、捜査の初動でオウムに固執したこと、公安の秘密主義、証拠不十分な検証方法、
縦割り組織に見られる情報共有の不徹底、刑事部と公安の縄張り意識が祟り、2010年3月30日に、時効が成立してしまった。



国松長官は手術中に心臓が3度も止まり危篤状態にまで陥った。輸血には10ℓの血液が使われたが、幸い奇跡的に回復し、1年6ヵ月の療養を終えて公務へ復帰した。退任後はスイス大使などを経て、ドクターヘリ推進などの活動に取り組んだ。

国松氏は長官狙撃事件の取材を一切拒否している。


●村井秀夫刺殺事件と警察庁長官狙撃事件について
警察庁長官狙撃事件を取り扱った本は数冊出版されている。被害者が警察のトップであったことから世間の関心は強く、未解決事件でありながらテレビ特集で1時間近く放送されることもある。

一方、マスコミは村井秀夫刺殺事件を避けて放送する傾向にある。稀に触れられても犯人の人物像を伏せて報じるのが大抵である。(例えば、「自称右翼」「在日韓国人」の部分を端折り、「村井秀夫は刺殺されました」とだけ流す。)

オウムマニアと言われる「オウマー」の間でも村井事件はタブー視されているようだ。
これは、犯罪者の社会復帰と更正を妨げる報道が禁じられているからに他ならないが、犯人が現在も反社会集団と密接であり、気軽に取材できないことも要因となっている。

それでも今年3月には、二つの番組が村井秀夫刺殺事件の特集を放送した。捜査の結果や事件の背後関係が不可解だからであろう。ただし、放送された内容は真新しいものではなく、既存の情報を元に構成されたものだった。



これまで当ブログは村井秀夫の人物像、村井秀夫が関与した事件を中心に掘り下げながら執筆を続けてきた。
次回から本題・村井秀夫刺殺事件を紐解いていく。
●集合
午後9時30分。渋谷区宇田川町にあるマンション。
林郁男、廣瀬健一、林泰男、豊田亨、横山真人の実行犯5人、
新見智光、杉本繁朗、外崎清隆、北沢浩一、高橋克也の5人が集まっていた。

そこへ飛び込んだ井上が小躍りしながら叫んだ。
「やった!やった!新聞に出るようなニュースになるよ!」
18歳で出家し、麻原の茶坊主になった井上は、自作自演の成功に有頂天になっていた。

井上は集まった信徒たちと作戦会議を開き、サリンを散布する時刻は午前8時、散布は降車する直前にすること、実行役は降車駅の二つか三つ手前の駅で乗車することを決めた。

午後10時頃、数台の自動車に分乗して、それぞれの担当する路線の乗降駅に行って下見をし、電車の発車時刻や、サリン散布後の降車駅付近の待ち合わせ場所を確認した。


●3月20日
午前0時。井上は実行者たちを送迎する車5台の手配を終えると、サリンを受け取るために上九一色村の教団施設に向かった。



午前1時30分。上九一色村にいた村井は、渋谷アジトにいる林泰男に電話をした。

村井「サリンの用意ができたから、これから撒き方を教える。実行者は5人とも、午前3時まで第7サティアンへ戻ってくれ」

林泰男「えっ?アーナンダ師長が、そっちへ行っていますよ」

林泰男「これから撒き方を教えると言われても、午前3時には間に合わない。無理に行ったとしても、とんぼ返りしなければなりません」

村井(林泰男の言い分などどうでもいい。これは尊師の指示だ。)

村井「とにかく実行者は、第7サティアンへ来てくれ」
一方的に命じると、村井は電話を切った。

林泰男(いつもの通り…自分勝手な人だな)
林泰男は、サリンは村井が上九一色村から渋谷まで持ってくると思っていた。オウムには、ステージが上の者が決めたことに説明を求めてはならない戒律がある。実行役5人は渋谷のアジトを出発した。

電話を終えた村井のところへ遠藤が段ボールを持って現れた。
遠藤「できました。全部で11袋あります」

村井「ジーヴァカ正悟師、ご苦労だったね」
突然与えられた任務を果たした遠藤に、村井は満面の笑みをたたえてねぎらった。

その後、村井は、井上が上九一色村の教団施設に向かっていて連絡がとれないことを麻原に報告した。

午前2時。
「何でおまえは勝手に動くんだ!」
麻原は、上九一色村へ戻って来た井上に怒鳴った。

落ち込む井上のところへ村井が現れた。村井は井上にコンビニで買い物をしてほしいと頼んだ。

村井「サリンを詰めたポリ袋を地下鉄の電車内で突き破るために、先が金属の傘が7本ぐらい要るんだよ」

2時45分。早速井上は、静岡県富士宮市内のセブンイレブンへ出かけ指示通り7本買い、第7サティアンへ戻って来た。

それを受け取ると村井は「科学技術省次官」の滝澤和義を呼び、急いで指示を与えた。

村井「グラインダーで傘の先を削って、鋭く尖らせてくれ」

滝澤が傘の先端を削るのを、井上も手伝い、傘の柄の部分を支えた。
機械が唸るように轟音をあげ、傘の先端が削れていく。村井は井上に近づき、耳元で囁いた。

村井「まもなく実行グループが到着して、サリン発散の実験をするから、アーナンダも見ておいた方がいい」


午前3時。上九一色村の第7サティアン前に、東京から乗用車2台が到着した。車内で熟睡していた林郁男が、林泰男から起こされ冷えきった車外へ出て来た。

表で待っていた村井は、5人を第7サティアン1階の奥にある通路のようなところへ案内すると、井上を立ち会わせて5人の実行者に説明した。

「サリンをまく対象は、オウムを弾圧している警察や裁判所のひとたち。彼らの多くは霞ヶ関におりす。みんなはそれぞれ違う場所に行って、霞ヶ関駅の2、3駅前にサリンを発散して逃げます。そうすれば霞ヶ関で死ぬでしょう。」

「サリンのポリ袋を、地下鉄の電車のなかで、ビニール傘の先で突き刺して、漏出・気化させる方法をとる。ポリ袋は二重だから、地下鉄に持ち込む前に、必ず外袋をはずすこと。突き刺すときは、袋を床の上におく。そうしてサリンを漏出させたら、すぐに電車から降りて逃げる。傘には指紋が残るので、持ち帰ること。突き刺したとき、サリンが付着した傘の先は、水で洗い流すこと」

サリンが入ったポリ袋は、壁際の段ボール箱の中に積み重ねてあった。その手前に、先を尖らせたというビニール袋が、店先においてあるときのように、セロハンをかぶせたまま立ててある。そこへ遠藤誠一が、ポリ袋を5個ほど持って来たので、早速村井は指示をはじめた。

「先ほど、大阪道場に警察が入りました。よいよ戦争です」

3月19日、大阪支部の脱会希望の大学生を拉致したとして、大阪府警が家宅捜索を行い、信者3名が逮捕されたのである。そのため、教団が追い詰められるのも時間の問題だと村井は感じていた。

「この袋には、水が入っている。実験を兼ねて練習をするので、ビニール傘を使って、皆で突き刺してくれ」



実行者の中の2人ほどが、水の入ったポリ袋を突くと、穴が開いて水が勢いよく飛び出した。

林泰男「これではサリンの広がりが早過ぎる。ポリ袋のままでは、電車の中で目立つから、新聞紙で包んだ方がいい」

提案したのは林泰男だった。言い出した本人が、実際に新聞紙でポリ袋を包み、先ほどと同じように、ビニール傘の先で突いた。すると新聞紙が、ポリ袋から出た水で、じわりと漏れていった。

村井「さすがヴァジラチッタ!これで決まりだな!」

上機嫌になった村井は、段ボールからサリン入りのポリ袋を取り出し、皆に問いかけた。
「袋の大きさと、容量はおなじである。ただし、ぜんぶで11個だから、5人で分けると1個余るが…誰か引き受けてくれますか?」

林泰男「じゃぁ、私が引き受けます」
すかさず林泰男が名乗りを上げた。

林泰男の態度を見て村井は、ニヤニヤしながら軽口をたたいた。
村井「やはり…予想した通りだよな」

村井「尊師も私もヴァジラチッタが取ると思っていたんだ」

これを聞いて林郁男はとても嫌な気持ちになった。
村井の表情が、実行犯たちを賭けの対象にしているかのように、人の心を弄んでいるかのように思えたからだ。

しかし村井はいつもの屈託のなさで、実行グループにこまかく指示した。

村井「指紋がつかないよう手袋をつけておくこと。サリン袋を包んだ新聞紙から、オウムとわかることがないように気をつけてもらいたい。たとえば、上九一色村に出回るような新聞はよくないから、3月20日付けの朝刊を、東京で入手して使えばいい」(実際は「聖教新聞」や「しんぶん赤旗」が使用された。)

そのあと村井は、遠藤誠一に命じた。

村井「ジーヴァカ。例のクスリを配ってくれ」

遠藤は銀紙でパックした「メスチノン錠剤」を取り出し、五人の実行者に一錠ずつ配った。

遠藤「ヴァジラティツサから預かった、サリン中毒の予防薬です」

透明感のある、茶色い液体が入っていた。

村井「まさに戦争やな。サリンを撒くころには機動隊がここに来ているかもしれない。頑張れ」


車は都内のアジト「渋谷ホームズ」へ向けて出発した。5人の実行犯と5人の運転手が集合した。
集結後、実行犯達は傘でビニール袋をあげる練習をした。解毒用に硫酸アトロピンが配布された。

3月20日朝6時。
実行役5名はそれぞれ運転手役と共に、普通乗用自動車5台に分乗し、渋谷ホームズを出発した。

車内でサリン入りの袋を聖教新聞に包むと、実行犯たちは地下鉄へ入っった。列車に入ると、いつも通り職場へ向かおうとしている乗客たちが、すし詰めされていた。

アナウンス「ドアが閉まります。ご注意ください」

扉が閉じた列車は徐々に速度を上げながら暗いトンネルへ吸い込まれて行く。

車内の人たちは無言だった。林郁男は怪しまれないように、カバンからこっそり袋を取り出した。
袋はぽとん、と音を床へ落ちた。林郁男は、その瞬間が来るまで袋を見つめていた。


林郁男「…高い世界へ転生してください」



3月20日朝7時30~8時頃 サリン散布
 



①日比谷線(北千住発)実行犯:林泰男 運送役:杉本
8人が死亡、2475人が重症。

②日比谷線(中目黒発)実行犯:豊田 運送役:高橋克也
1人死亡、532人が重症。

③丸ノ内線(池袋発)実行犯:廣瀬 運送役:北村
1人が死亡し、358人が重症。

④千代田線
実行犯:林郁夫は、運送役
2人が死亡し、231人が重症。

死亡者 13人
負傷者 約5,510人(検察の認定3,794人、警視庁が把握した被害者数6,226人)