3月15日、オウム真理教に強制捜査が来るという情報が入った。仮谷事件の捜査だった。
村井「強制捜査が近いとの噂が入っています」
信徒「きょ…強制捜査ですか!」
村井「それまでに大量のサリンを生産し、中に入って来た警察に散布します。救済を邪魔する者は誰一人として帰しません」
強制捜査は3月22日。捜査を妨害しハルマゲドンを実現させる作戦が立案された。
村井と井上は、遠藤が研究しているボツリヌス菌を使って騒ぎを起こすことを考えた。村井は、小型の機械にビツリヌストキシンをいれて噴霧する案を出した。3月10日に、霞ヶ関の地下鉄構内に置き、警視庁を狙うことになった。
アタッシュケースに仕込んだのは振動子式の装置であった。これは村井が科学技術省の強瀬に指示して作らせたものだった。ところが装置が作動せず、駅員に通報されて警察に回収されてしまった。
3月16日。読売新聞は「仮谷事件に使われたワゴン車の車体から事件関係者のものとみられる指紋が検出された」と記事に掲載した。
麻原、村井、井上らは危機感を強め、自動小銃の部品等を隠す、仮谷事件に関わった者の記憶消去するためにニューナルコなどを実施した。
3月17日 村井は強制捜査の件で、廣瀬と豊田に小銃部品を隠匿する作業を指示した。作業は18日午前1時か2時頃に終わった。
●リムジン謀議
95年3月18日午前1時、杉並区阿佐ヶ谷のオウムが経営する飲食店で、幹部ら約20名を集めて正梧師に昇進するメンバーを祝う会合が行われた。
午前二時過ぎに会食が終わると、麻原と6人の幹部は、教祖専用のリムジンに乗り込んだ。
席の一番右は麻原。隣に村井。その隣に遠藤。
麻原の前は青山。村井の前は法皇官房幹部、遠藤の前に井上、石川。
リムジンが動きだしてすぐ、青山が麻原にたずねた。
公証役場事務長拉致事件について、警察の強制捜査が入るか、についての話だった。話題は捜査を攪乱する作戦へ移った。
青山:「いつになったら、四つに組んで戦えるのでしょう?」
麻原:「今年の11月ごろかなぁ」(村井に声をかける)
村井:「ええ。ある程度は輪宝(レーザー照射器)ができてますから」
麻原「どうやったら強制捜査を阻止できる?」
村井「この前のアタッシュケース事件が成功していたら、強制捜査は無かったのでしょうか?」
麻原(ため息)
麻原:「アタッシェはメッシュが悪かったのかなぁ」(15日のボツリヌス菌散布の失敗について話す)
麻原は、隣に座っている井上に声をかけた。
麻原「アーナンダ、なにかないか」
井上「T(ボツリヌス菌)ではなく、妖術(サリン)だったら良かったのではないでしょうか。松本で実証されているので、大惨事を引き起こせます。警察の捜査を阻止できるのではないでしょうか?」
村井「…そうですね。今度は地下鉄にサリンをまけばいいんじゃないですか?密閉された電車内で散布すれば威力が大きい筈です。」
麻原「それでパニックになるかもしれんなぁ」
村井「(強制捜査をさせないためには)阪神淡路大震災に匹敵するほどの事件を引き起こす必要があります」
すぐ応じた麻原はサリンの揮発性について村井と話し合った後、井上にたずねた。
麻原「アーナンダ、この方法でいけるか」
井上「尊師が言われたように、パニックになるかもしれませんが、今年1月1日の『読売新聞』にあったように、上九一色村でサリンの生成物質が検出されたから、山梨と長野の県警が動いています。サリン原料のルートは、完全にバレているでしょう。ですから、サリンは使わずに、牽制の意味で、硫酸でも巻けばいいんじゃないですか」
この意見を聞いて、麻原は不機嫌になった。
「サリンじゃないとダメだ。アーナンダ、お前はもう言わなくてもいいぞ。マンジュシュリー、お前が総指揮でやれ」
村井「はい!」
麻原「実行役はどうする?」
村井「科学技術省次官で、近く正悟師に昇格が内定している4人でどうでしょう」
麻原「うむ」
村井「分りました。サリンは、また必要になると思うので前段階の物質を保管しています」
麻原「ジーヴァカ、作れるな?」
遠藤「条件さえ整えば作れると思います」
麻原「今話したことはもう一度瞑想室で考えてみる」
村井は歓喜に包まれた。
サリンを70トン生成するプラントの第7サティアンの建設が中断し、霞ヶ関駅でのボツリヌス菌の噴霧にも失敗して「科学技術省はダメじゃないか!」と、叱責されていたからだ。
リムジン謀議後、夜が明けると村井は第6サティアン2階の中川の部屋へ向かった。
松本サリン事件で製造したサリンは証拠隠滅のため処分していたが、中川がサリンの中間生成物である「メチルホスホンジフロライド(ジフロ)」を密かに保管していた。
村井「例のジフロを、ジーヴァカ棟へ持参して、早急にサリンを作ってくれ」
中川「サリンを作ってどうするんですか?」
村井「地下鉄で撒くんだよ」
中川(今回も実行者に指名されるかもしれない)
中川は、隠していたジフロをジーヴァカ棟へ運び込むと、遠藤とサリンを生成の準備に取りかかった。だが、遠藤はサリンを生成した経験はない。
正午前、村井は遠藤を第6サティアン1階の「尊師の部屋」へ呼んだ。
麻原「ジーヴァカ!どうなっている?今日中に作れ!まだやっていないんだろう!」
しびれをきらした麻原が、遠藤に吠えた。
部屋を出た遠藤に村井は「早くやってくれ。今日中にやってくれ」と釘を刺した。
遠藤はクシティガルバ瞑想していた土谷を呼び、作業に立ち会わせてもらった。
サリン中毒にかからないよう頭からビニール袋をかぶり、酸素ボンベを引き込んでの作業だった。
午後1時。村井は井上を連れて「尊師の部屋」へ入った。
麻原「おまえら、やる気ないみたいだから今回はやめにしようか」
村井・井上「……」
麻原「アーナンダ、どうだ」
井上「尊師の指示に従います」
麻原「マンジュシュリー、お前はどうだ?」
村井も「サンジャヤ師たちもやる気満々で、みんな下見に出掛けています」
村井は強い意志を言葉に込めて言った。
麻原は納得すると、「じゃ、おまえたちに任せる」と答えた。
3月19日深夜。
遠藤「できました。ただし、まだ純粋な形になっておらず、混合物です」
麻原「いいよ、それで」
純度30%のサリンを見た麻原は、村井、遠藤とともに瞑想をした。
扉の奥で井上が覗いていた。
村井は自分の部屋へ直属の部下を集めるよう信者に命じた。