このブログは、「正しいピラティス」を伝えるためのものではありません。

私が20年以上ピラティスを学び、指導する中で見えてきたこと、感じてきたことを、一人の指導者として綴っています。

身体に絶対の正解はありません。だからこそ、問い続け、学び続けることを大切にしています。

 

運動指導の世界に長くいると、

「この人は運動能力が高いな」
「何をやってもすぐにできるな」

と思う人に出会います。

 

見本もきれい。
新しい動きもすぐに覚える。
身体感覚もいい。

それは、指導者として大きな強みです。

 

が、表面的より、もっと内面的な体の使い方を見ることがピラティス指導には必要なので、そこにいつも注意を払うようになってきました。表面的にできても、それがどうした・・・という感じです。

 

 

そこで、最近、改めて思うことがあります。

「自分ができること」と「できない人をできるように導くこと」は、まったく別の能力なのではないか。

ということです。

「できなかった経験」があれば、できない人を理解できるのか

運動が得意な人にも、もちろん「できなかった経験」はあります。

初めて経験する動きができなかった。
先生に「違う」と言われた。
悔しくて何度も練習した。
そして、できるようになった。

こうした経験は、とても大切だと思います。

 

ただ、一つ考えておきたいことがあります。

 

もともと身体能力が高く、運動学習も速い人が、一時的にできないものに出会った経験と、

運動そのものが苦手で、
何度説明されても分からない、
頭では理解しているのに身体が動かない、
練習すること自体も好きではない、

という人の「できない」は、同じではありません。

 

できる人は、できないことに出会っても、

観察して、
分析して、
何度も試して、

自分の力で正解にたどり着けることがあります。

 

それは素晴らしい能力です。またそれが、目的となる筋肉を使ったり、その内面を見れているのかどうか。

それは、やはり、実は、自分でやると今までと同じやり方になっていることには変わりないと思われます。

 

 

でも、お客様の中には、その「自分でたどり着くこと」そのものが難しい方もいらっしゃいます。

また先ほどのように、結果、自分なりになっていることもある。

 

 

だからこそ指導者が必要なのだと思います。

 

「違う」と言わないことが、良い指導でもない

「違う」
「できていない」

と指摘するだけでは、人はなかなか変わりません。

 

では、いつも褒めて、楽しく、モチベーションを上げれば良いのでしょうか。

 

私は、それも少し違うと思っています。

必要なら、

「今はここがうまく使えていません」

と伝えることも必要です。

 

大切なのは「違う」と言うか言わないかではなく、

そこからどう導くか。

 

なぜそうなっているのか。

その人には何が分かりにくいのか。

言葉を変えるのか。
触れて伝えるのか。
マシンを変えるのか。
負荷を変えるのか。
動きをもっとシンプルにするのか。
いったん別のエクササイズにするのか。

「できていません」で終わるのではなく、

できるところまでの橋をどう架けるのか。

私はそこに指導者の専門性があると思っています。

好かれることと、良い指導をすること

もう一つ、長く指導をしていると考えることがあります。

私たちの仕事は人と関わる仕事です。

お客様に喜んでいただきたい。
楽しかったと思っていただきたい。
また来たいと思っていただきたい。

もちろん私にもあります。

でも、

「相手のためになること」と「相手に好かれること」は、いつも同じではありません。

時には、耳の痛いことを伝えなければならないこともあります。

今はこの動きをしないほうがいい。
負荷を下げたほうがいい。
まだ次の段階には進まないほうがいい。
基本に戻ったほうがいい。

その瞬間には、お客様が喜ばないこともあるかもしれません。

それでも、その方の身体を見て必要だと思うなら、私は伝える責任があると思っています。

指導者自身が「嫌われたくない」「良く思われたい」という気持ちを強く持ちすぎると、知らないうちに判断が変わってしまうことがあります。

これは私自身も、常に気をつけたいことです。

「学んでいるように見える」と「学びが積み上がっている」も違う

今はSNSがあります。

セミナーに参加したこと。
遠くまで学びに行ったこと。
資格に挑戦していること。
誰から学んでいるのか。

いろいろなことを発信できます。

でも、たくさん移動していることも、たくさんセミナーに参加していることも、それだけで専門性を証明するものではありません。

反対に、SNSにはほとんど出さなくても、毎日同じ場所でお客様の身体を見続け、一つの疑問を何年も考え続けている指導者もいます。

大切なのは、

「何をしたか」ではなく、「それによって何が自分の中に残ったのか」。

そして、それを目の前のお客様にどう還元できるのか。

私はそこを大切にしたいと思っています。

指導者は「自分を見せる仕事」ではなく「相手を見る仕事」

SNSの時代だからこそ、

どれだけ活動しているか。
誰とつながっているか。
どんな資格を持っているか。
どれだけ多くの人から支持されているか。

そんなことが目に入りやすくなりました。

もちろん、発信することも仕事の一つです。

でも、レッスンが始まれば主役は指導者ではありません。

目の前にいる、その人です。

今日の呼吸はどうなのか。

いつもと歩き方が違わないか。

なぜ今日はこの動きがしにくいのか。

昨日までできていたことが、なぜ今日はできないのか。

そして、

この人が自分の身体を少しでも理解し、
自分自身で動けるようになるために、
私は何をすればいいのか。

そこを考え続ける。

私は、それが運動指導なのだと思っています。

自分ができることを見せるのではなく、

相手ができるようになるために、自分の知識と経験を使う。

褒めることも、
間違いを伝えることも、
待つことも、
あえて難しいことに挑戦してもらうことも、

すべては目の前の人のために。

長くこの仕事をしてきても、正解は一つではありません。

だからこそ私自身も学び続けたい。

「良い指導者に見えること」ではなく、

目の前の一人にとって、本当に良い指導者であること。

私はこれからも、そこを大切にしていきたいと思っています。

 

 

 

身体に絶対の正解はありません。

今日の内容も、現場で学び続ける私自身の一つの視点です。

「ピラティスは、するものではなく、生きるもの。」

 

 

「ピラティスは、動きを学ぶことではない。身体との対話を育てることである。」