「腹横筋が弱いからです。」その一言で、本当に身体を説明できるでしょうか。

SNSを見ていると、

「下腹が出るのは腹横筋が弱いから。」
「腰痛は腸腰筋が硬いから。」
「反り腰だから。」

そんな投稿を毎日のように目にします。

もちろん、それらは間違いではありません。

実際に、腹横筋は体幹の安定に関わりますし、呼吸や腹腔内圧、腰椎の安定性との関連も、多くの研究で示されています。

しかし、その一方で研究が教えてくれているのは、身体は一つの筋肉、一つの原因では説明できないということでもあります。

例えば「ぽっこりお腹」。

腹横筋だけでしょうか。

呼吸はどうでしょう。

横隔膜や骨盤底筋との協調はどうでしょう。

胸郭の動きは十分でしょうか。

股関節の可動性はどうでしょう。

重力の中で、どのように身体を支えているのでしょう。

妊娠・出産、更年期、生活習慣、消化器の状態はどうでしょう。

同じ「下腹が出る」という見た目でも、その背景は人によって全く違います。

だから私は、「一つの理論で説明できる身体」は存在しないと思っています。

 

知識よりも難しい「身体を見る力」

私たちは勉強をすると、どうしても新しく学んだ理論で身体を見たくなります。

腹横筋を学べば腹横筋。

筋膜を学べば筋膜。

呼吸を学べば呼吸。

それ自体は悪いことではありません。

 

でも、その知識が強くなればなるほど、目の前のクライアントではなく、「自分が知っている理論」を見てしまうことがあります。

これは誰にでも起こることです。

 

だからこそ必要なのは、「知識を増やすこと」ではなく、「知識を整理し、統合すること」なのではないでしょうか。

マシンを学ぶ意味は、エクササイズを増やすことではない

私はクラシカルピラティスの様々なアパラタスを学び続けています。

リフォーマー。

キャデラック。

チェア。

ラダーバレル。

スパインコレクター。

ペディプル。

フットコレクター。

トーコレクター。

それは、エクササイズの数を増やしたいからではありません。

 

一つの器具では見えない身体が、別の器具では見えるからです。

 

例えばリフォーマーでは動ける方が、チェアでは急に身体を支えられなくなる。

スパインコレクターに乗ると初めて呼吸が変わる。

ラダーバレルでは胸郭の硬さがはっきり見える。

つまり、一つひとつのマシンは「身体を見る角度」を増やしてくれる存在なのです。

だから器具を学ぶことは、エクササイズを覚えることではありません。

身体の理解を深めることなのです。

「知っている」と「できる」の間には、大きな壁がある

もう一つ大切だと感じることがあります。

それは、「理解した」と「実践できる」は全く違うということです。

論文を読む。

解剖学を学ぶ。

動画を見る。

頭では理解できます。

でも、実際に自分の身体で感じられるか。

クライアントの身体で再現できるか。

適切なキューイングができるか。

その場でプログラムを組み立てられるか。

ここには大きなギャップがあります。

そして、このギャップを埋めるものは、知識ではなく経験です。

自分で動くこと。

失敗すること。

検証すること。

多くの身体を見ること。

この積み重ねが、「身体を見る力」を育ててくれます。

エクササイズではなく、「なぜ」を学ぶ

だから私は、エクササイズを教えたいのではありません。

「この人に、なぜこのエクササイズを選ぶのか。」

「もし反応が違ったら、次に何を選ぶのか。」

「この器具だからこそ見えることは何か。」

そこを一緒に考えたいと思っています。

身体には、一つの正解はありません。

だから指導にも、一つの正解はありません。

大切なのは、知識を増やすことではなく、それらをつなぎ、多角的に身体を見られるようになることです。

ピラティスは「身体の使い方」を学ぶもの

ジョセフ・ピラティスは、筋肉を鍛えることだけを目的としていたわけではありません。

Contrology(コントロロジー)という名前が示すように、身体をどうコントロールし、どう使うかを学ぶメソッドでした。

だからこそ、私たち指導者も「筋肉を見る」のではなく、「身体の使い方を見る」必要があります。

その身体の使い方は、一つのマシンだけでは理解できません。

一つのエクササイズだけでも理解できません。

様々なアパラタスを通して、異なる感覚を経験し、それらを一つの身体としてつなげていく。

その経験の積み重ねが、「この人には今、何が必要なのか」を考えられる指導者を育ててくれるのだと思います。


私はいつも、「ピラティスは運動ではなく、身体を理解するための学問であり、身体との対話である」と考えています。

だからこそ、マシンを学ぶ目的はエクササイズを増やすことではありません。

身体を見る視点を増やすこと。

一つの理論に頼らず、多角的に考えられる指導者になること。

それが結果として、お客様一人ひとりに合わせた、本当に価値のあるピラティスにつながるのではないでしょうか。

 

参考文献・参考資料

  • Hodges PW, Richardson CA. Inefficient muscular stabilization of the lumbar spine associated with low back pain.Spine. 1996.(腰痛患者では腹横筋の活動開始が遅れることを示した代表的研究) 
  • Hodges PW, Richardson CA. Delayed postural contraction of transversus abdominis in low back pain associated with movement of the lower limb. Journal of Spinal Disorders. 1998.(腹横筋のフィードフォワード機能と腰痛との関係) 
  • Cholewicki J, McGill SM. Mechanical Stability of the In Vivo Lumbar Spine. Clinical Biomechanics. 1996.
    (腹腔内圧や筋協調による腰椎安定性に関する代表的研究)
  • Lynders C. The Critical Role of Development of the Transversus Abdominis in the Prevention and Treatment of Low Back Pain. HSS Journal. 2019.
    (腹横筋研究の流れをまとめたレビュー論文) 
  • Joseph Pilates. Return to Life Through Contrology. 1945.
    (ジョセフ・ピラティス自身によるコントロロジーの原典)

最後に

ただし、現在の研究では、「腹横筋だけが原因」「腸腰筋だけが原因」といった単純な考え方は支持されていません。

近年のレビューでは、一つの筋肉だけに着目したアプローチよりも、呼吸・姿勢・全身の協調運動・段階的な運動療法を含めた包括的なアプローチが重要であることが示されています。 

 

だからこそ、私たちインストラクターに求められるのは、「正しい答え」を覚えることではなく、多角的に身体を観察し、複数の可能性を考えながら最適な選択をしていく力なのではないでしょうか。