~腹筋運動を頑張る前に、まず「吐く」ことを見直してみませんか?~

「腹横筋を鍛えましょう」

最近ではSNSやYouTubeなどでもよく耳にする言葉になりました。

  • 腰痛の原因は腹横筋が弱いから

  • 下腹ぽっこりは腹横筋が使えていないから

  • 姿勢が悪いのは腹横筋が働いていないから

そんな説明を見かけることも少なくありません。

確かに腹横筋は重要な筋肉です。

しかし、長年ピラティスを指導し、多くの身体を見てきた中で感じるのは、

「腹横筋は大切だが、腹横筋だけで身体を説明することはできない」

ということです。

今日は、腹横筋について少し整理しながら、ピラティスがなぜ呼吸を大切にしているのかをお話ししたいと思います。

 


腹横筋とは何か?

腹横筋(Transversus Abdominis)は、お腹の最も深い層にある筋肉です。

腹直筋(いわゆるシックスパック)や腹斜筋のさらに奥にあり、体幹を360度包み込むようについています。

その形から、

「天然のコルセット」

と呼ばれることもあります。

実際、腹横筋はお腹を引き締めるだけではなく、体幹の安定や呼吸にも関わる重要な筋肉です。

1996年にHodgesとRichardsonが発表した研究では、腕を動かす前に腹横筋が先行して活動することが報告されました。

これは、身体を動かす前に体幹を安定させる準備として腹横筋が働いている可能性を示した研究として有名です。

この研究以降、腹横筋は「体幹を支える筋肉」として広く知られるようになりました。

 


腹横筋が弱いと起こると言われること

一般的には、

  • 下腹がぽっこりする

  • 腰が疲れやすくなる

  • 体幹が不安定になる

  • お腹が張りやすくなる

などが腹横筋の機能低下と関連すると言われています。

確かに、そのような傾向が見られることはあります。

しかし、ここで注意したいことがあります。

例えば下腹が出ている場合でも、

  • 骨盤の傾き

  • 胸郭の位置

  • 呼吸の癖

  • 内臓脂肪

  • 消化機能

  • 日常の姿勢習慣

など、多くの要因が関わります。

腰痛も同様です。

近年の腰痛研究では、腰痛は筋肉だけの問題ではなく、

  • ストレス

  • 睡眠

  • 運動習慣

  • 心理的要因

  • 社会的要因

などが関与する「バイオサイコソーシャルモデル※」で考えられるようになっています。

つまり、

「腹横筋が弱いから腰痛になる」

というほど身体は単純ではありません。

 


腹横筋だけでは体幹は安定しない

さらに重要なのは、

体幹の安定は腹横筋だけで作られているわけではないということです。

現在では、

  • 横隔膜

  • 腹横筋

  • 骨盤底筋群

  • 多裂筋

が協調して働くことで体幹が安定すると考えられています。

これらはしばしば「インナーユニット」と呼ばれます。

つまり、

腹横筋だけを鍛えるのではなく、

呼吸と姿勢を含めた全体の協調性が重要

なのです。


腹筋運動を頑張る前に、まず「吐く」

ここで多くの方が誤解しやすいポイントがあります。

腹横筋を鍛えたいと思うと、

すぐに腹筋運動を始めたくなります。

もちろん腹筋運動が悪いわけではありません。

クランチなどの腹筋運動は主に腹直筋を鍛えるための優れた運動です。

しかし、腹横筋の主な役割は身体を起こすことではありません。

腹横筋は、

お腹を包み込み、腹圧を調整し、身体を安定させる筋肉

です。

そのため、

腹横筋を働かせたいのであれば、

まず大切なのは腹筋運動ではなく、

呼吸、とくに「吐く」こと

です。

 


なぜ吐くことが大切なのか

腹横筋は息を吐く時に活動が高まることが知られています。

深く息を吐くと、

  • 横隔膜が上がる

  • 腹横筋が働く

  • 骨盤底筋群が協調する

という反応が起こります。

つまり、呼吸は単なる酸素交換ではありません。

身体を内側から支えるシステムそのものなのです。

私たちは腹筋運動を一日に何百回も行うことはありません。

しかし呼吸は一日に2万回近く繰り返されています。

そう考えると、

体幹機能に与える影響は、むしろ呼吸の方が大きいと言えるかもしれません。


ピラティスが呼吸を大切にする理由

ピラティスでは、

腹横筋だけを鍛えることを目的としていません。

ジョセフ・ピラティスが目指したのは、

身体全体の統合です。

呼吸があり、

脊柱の動きがあり、

骨盤との連携があり、

四肢との協調がある。

その結果として身体全体が機能する。

だからピラティスは単なる筋力トレーニングではなく、

神経系の再教育

とも言われるのです。

重要なのは、

筋肉を持っていることではなく、

必要な時に必要な筋肉を使えることです。


「鍛える」から「使える」へ

私たちはつい、

「筋肉を鍛えなければ」

と考えます。

しかし本当に大切なのは、

筋肉を鍛えることではなく、使えるようになること

ではないでしょうか。

腹横筋も同じです。

強くする前に、

まず感じる。

感じる前に、

まず呼吸を見直す。

最後までしっかり吐く。

その中で身体の深い部分が自然に働く感覚を育てていく。

それがピラティスの考え方に近いように思います。


おわりに

腹横筋は確かに重要な筋肉です。

しかし、腹横筋だけが身体を支えているわけではありません。

身体は、

  • 呼吸

  • 姿勢

  • 重力

  • 神経系

  • 日常生活

  • 心理的要因

など、多くの要素が影響し合いながら機能しています。

だからこそ、

「腹横筋を鍛える」ことだけを目的にするのではなく、

まずは呼吸を見直してみる。

腹筋運動を10回増やす前に、

ゆっくり最後まで息を吐いてみる。

そんな小さな変化が、身体の使い方を大きく変えるきっかけになるかもしれません。

ピラティスが目指しているのは、筋肉を追い込むことではありません。

呼吸を通して身体を感じ、身体全体を協調させ、自分の身体をより自由に使えるようになること。

腹横筋の話は、その入り口のひとつに過ぎないのだと思います。


参考文献

  • Hodges PW, Richardson CA. Inefficient muscular stabilization of the lumbar spine associated with low back pain.Spine. 1996.

  • Hodges PW, Gandevia SC. Activation of the human diaphragm during a repetitive postural task. J Physiol. 2000.

  • Richardson C, Hodges PW, Hides J. Therapeutic Exercise for Lumbopelvic Stabilization.

  • Comerford M, Mottram S. Kinetic Control.

  • Pilates JH. Return to Life Through Contrology.

     

 

 

 

 

 

※生物・心理・社会モデル(BPSモデル)とは、人間の健康や病気を、身体的な要因だけでなく、心理的な要因や社会的な環境要因を含めて包括的に捉える枠組みです。1977年にアメリカの精神科医ジョージ・エンゲルによって提唱されました。

 

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