私たちは、考えるときに
言葉を使います。
私は、日本語・・・
でも、この言葉・・・私は、とっても複雑な環境で過ごしました。
在日なので、祖父祖母は韓国語、周りの人もそう、
でも、父や母はほぼ、日本語しか話せません。
そして、その韓国語を話すことはネガティブなことという価値観。
小さな頃は、韓国語が溢れる環境が、小学校入学から、
全く日本語という状態。
今から考えると複雑な幼少期。
言葉に少しコンプレックスを持っていたということはここからきていると思います。
なので、幼少期、言葉を完璧に理解できていないけど、なんとなく通じる。。
というような感じで会話していました。
でも、
今、この言語にこだわりを始めて、
大学で心理学を勉強したときに、
「言語」ということに
心が影響があるとしり、
また、
教えることを仕事にしたときに、
なんでこんなに伝わらないことが多いのか・・・と思ったときに、
面白いなあと思いました。
なので、この言語にヒントがあるのでは?
ただ、言語を理解するには、その人の理解レベルがあり、
考え方につながるなと思っています。
他人を知ることには、まず自分理解も必要かと
いろいろ考えてみたときに、
自分の本当の気持ちを言語化はっきりすることがないなと
思い始めました。半分くらいでいいかと。
それは、いいことかもしれませんが、
もしかしたら、もっと言葉を勉強すると違ってくるのかなと。
で、英語と韓国語を勉強していますが、
やっぱり話すことが苦手。
文法上で話すことが難しいです。
でも、もしかしてここができるようになるとちょっと違うのかな?
未文化なことを文化されるときになるべくそのままを話すことができるように
訓練していけば、いいのかなと思っています。
これは、伝えることの時も大事なことだと思っていて、
その人に合わせて話すときには、なるべくシンプルに話すようにすること。
これからも、
言葉をもう一度、自分なりに分析し、
自分の本当に言いたいことはなんなのかと
考えてみたいと思います。
