座禅を毎日していると、
自分の心の動きがよくわかります・・・・
たまに、どうしても心がざわつく時もあるし、
また、逆に穏やかで15分がすぐに過ぎることがあります。
この心の感覚を言葉にするのは、難しい・・・・
小説家ってすごいな、と最近思う・・・
また、その後に(前の時も明日)ピラティスも同じ。
自分の体の変化にネガティブに反応するとき、またポジティブに反応する時。
そして、正誤・客観視しすぎて評価してしまう自分もあれば、
それを受け入れようと素直になれる日もある。
面白いです。。。。
やっぱり、継続の賜物だと自分では納得。
ずっと激しい運動しかしてこなかったから、
辛いとか・・・しんどい・・・とかで達成感とか疲労感、非日常を運動だと思っていたところがあった。
が、ピラティスにしっかり向き合おうと思った時から、
思いもよらず、さらに自分に向き合えるようになり、
そして、もっと楽しいものを手に入れた気がします。
自分を感じられる・・・・
日常なんです。
生きてる感じがします。
もちろん、人はいつか死ぬし、生きていて、いいことばかりでなく、
嫌なこともあったりもします。
仏教のお話で、貧乏神と福の神の話があります。
ある日、
綺麗な着物を着た美しい神様が家の中に入ろうとした時、
主人がこれが福の神だと喜んで招き入れました。
が、その後ろから、汚い服のいかにも汚らしい女性が一緒に入ろうとしたので、止めると、
私は貧乏神です。姉の福の神と私が、いつも一緒なので、私が入れないなら、姉も入りません。と、一緒に、家から出て行ってしまったそうです。
物事は、表裏一体
良いことだけ、悪いことだけではなく、両方が常に存在するもの。
どちらが悪くいいとかでなく、同時にある物。
それをどう見るかですね。
体は・・・・バランスをとっています。
私たちは、そのバランスをいつも感じて、撮り続けているのに、それに気がつくことはない。
なんか、在ることの大事さを大切にしないといけないのかなと思うんです。
口では、こう言うのは、簡単・・・・これを行動にしないと意味がない。
体を動かし鍛錬してる動きは、すぐにわかります・・・
体型・・・姿勢・・・・そして立ち居振る舞い。
だからこそ、私も気をつけなくては、まだまだ修行が足りません。
皆さんも修行とまでは行かずとも、
世界に唯一の自分の体・・・感じられないのは、もったいない。
それを感じられた時、
在る
と言うことに気がつくのかも
じっとしているときの安定性よりも
動いている時のあり方のほうがもっと大事。
そうなると
ピラティス・・・・
ぴったりですよ。





