私たちのカラダって、自分で動かしているって思ってます~
ピラティス指導していて、よくあるのが、
見せてくれたらわかると思うんですが・・・とか、動きがわからないからできないんですよね~とか、
その動きを知ってるとできるんですけど・・・
っておっしゃる方がおられます。そのご意見最も・・・間違いはありません。
私もそう思います。
でも、ピラティスは実は、そこを動かしたいわけじゃないと私は、考えてます。
その人の何気ない・・・無意識で動かしてしまうエクササイズの中のそんな動き。そこを課題にしています。
癖って言うか・・・その人のそのものみたいなところなので、なかなか私たちも触れないところ。
でも、そこを変えれば、あれ、動きが断然よくなる・・・・・あれ=エクササイズできちゃった~って感じ。
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動こうって思った時のその動きでなく、無意識な動き。
「体の硬さ」「バランスをとる」「前の動きの反動」といったことが原因で自然に動いてしまうのが「無意識の動き」
ここが重要なの。無意識がそのエクササイズの動きはわかっているのに、邪魔をしてしまう
だからこそ、
ピラティスの動き・”シーケンス”にだけ理解できればいいのでなく、
動きの中に安定感を持ち、柔らかさ、バランス力や反動をうまく使っていき、守られた感じで動く
つながりの中の常に変化可能な動きなのです。
そして、ピラティスはだからこそ、
体にかかる圧力をうまく使い、ハリ感を作り出そうって感じ。
そこを鍛錬しています。
無意識に目を向ける・・・・・・・
でもね、ここってその人の個性でもありまして、そこを言うと
なんとなくちょっとむかつくのね。私もそうです。信念ですから。
人から、なに?その食べ方?っておもむろに言われたら腹立ちません?
ね、ずっと守ってきたことなのに、急に違うとか言われたらなに?>って感じですよね。
そう思います。
だから、私たちは、それを教えるのでなく、
そこに気づかせてあげられるようになること。そこが重要だと考えています。
そして、いろんな気づかせ方はあるのと思う。
ピラティスエクササイズそのものを教えるというより、そのエクササイズを使って、
本人が何かに気づいていく力を養い、育てる。
じゃ、
ピラティスエクササイズだけじゃだめなの?
そんなことはない、楽しいですよ。
ピラティス氏がしていたものを継承している決まった動き、
またそれを発展させいろんな先生の考えの入ったいろんな動きがある。
それをそのまま伝えていくパターンもまたそこから変化を加え、考えも加えた、いろんなものに発展させたエクササイズもあります。
(クラシカル・・・コンテンポラリー)
どちらがいいかでなく、好み(笑)
白鳥の湖が好きなのか、モダンなダンスが好きなのか。
両方はダンスに変わりありません。
人を楽しませるのは、変わりません。
ちょっと話がそれました。
はは![]()
はたまた、ちょっと戻ってきて、
無意識さんは
ちょっと少し未来を見ています。早く判断するためです。だって、会話してて、タイムラグがあるといけないし、
情報の処理能力を高めるため、ほんのちょっと先を予測しています。今を見てない。
例えば、ゴルフのパットが入る前にそのボールが入るか入らないかはもう打つ前に決まってるといわれています。
面白いですよね。
私たちは、細胞の集合体
細胞ができた時、何になるか決まってないそうです。
その後何になるかは、その時、細胞同士のコミュニケーションによって、分けられていくらしく、
私たちは、決まった状態があるわけない
あるわけない
え~でしょ。だから、信条とか信念とか、あんまりいらないかも(笑)
いつも変化してる私たち。
その変化をしないで個体でいられるのは、「記憶」のせい。
その記憶に頼らず、
何でもありの何でもできる感じで、もっと自由でいい。
自分の中に確固たる自分はないもの。
だから自分とはなに?と自分の中に自分を見つけようとしちゃダメなんだって。
そう思うと、信念ってなに?
自分って何?
こういう人なんだ・・・・・こうなんだ
より、
こういう風になるんだとか、こうなりたいんだと
信念を持って行った方がいいのです。
自分の軸ってそんなものよ~
ただ、ハリ感は欲しい。
推進力は欲しい。
動きの方向性、
そして、時に応じた順応性。そのためのコミュニケーション。
自分と対話しましょう・・・対話する方法が動きだと私は考えます。
それが、ピラティスです。
あくまでも私の意見です。皆様、お読みくださいありがとうございました。

