日本語は主語が初めにきて、目的語、動詞ですね。

 

最後まで、聞かないと何の話か分からない・・・どちらというと、最後のほうに大事な言葉が入ってきたりするので、

最初は聞いていなくても、最後の方の会話をよく聞いてしまうのかもしれません。

 

でも、英語は最初をよく聞かないとわからない。

 

韓国語は並びは同じですが、

日本とちょっとだけ(まだ理解しきれてないけど、)ニュアンスがあって、私には、少しストレートに聞こえます。

 

 

面白いですよね

 

 

言葉って、毎日使っているけど、面白いものですよね。

 

人と人の関係を作っていくもの。

ということは、その関係性で言葉は変わってきます。

 

そこに言葉がのる。

 

韓国語はその関係性をはっきりしながら言葉を話す。その点では、効率的ですね。

 

でも、日本語は、曖昧にしていく文化であり、そこに日本の趣があり、素晴らしいところだとさらに感じています。

 

ピラティスは、どうだろう。もちろん、ドイツ人であるピラティスがつくり、ニューヨークで広まったものであるから、

西洋的なところもあるでしょうけど、そこに東洋思想もはいり、混ざり合う・・・・とか、融合する、また曖昧であることもあるように思えています。

 

そう、ピラティスこそ、いろんな考え方が柔軟にはいってる、いや、逆にほかにないピラティス氏独自の考え方

なのかもしれません

 

そこが、全世界に受け入れられているのかも

 

 

曖昧であり、はっきりしており、伝えたいことは最初にある。でも、その中にも趣があり、独自の考えを持つ。

 

理想です。

 

 

柔軟で、芯に確固たるものを持っている・・・・そんなピラティスを感じています

 

 

今日も、そんな素敵なピラティスと一緒に入れて本当にうれしいし、ありがたい。

これこそ、私の夢だった。。

 

でも、夢を実現すると、また次の夢に移らなければ。

 

それが、いまのわたしには、見えています

 

 

 

ピラティスへの想いはだんだん変化します。

 

最初は学ぶことが重要で、次に見つけることがきて、そして、誰に学ぶか・・・・そして、その中の自分を知り、そして、伝えたいもの、

今は深めることかな

 

 

50代なりの今の自分を表現できるものであるんですよね