ざっくりお話を紹介してみますね。


スイミーたち小魚は、
大きな魚に追い回される毎日。
なんとか反撃できないものかと頭をひねり
、スイミーが名案を思いつく。
スイミー以外の赤い小魚たちが協力して、
より大きな魚のかたちを作り、
黒いウロコのスイミーが目となって、
いつもイジメられてきた大きな魚を
撃退する。
知恵のある小さな小魚たちが協力して
大きな魚をやっつけるお話
小魚スイミーの知恵にワクワクしたり、
自分の個性を認めて活かすってことに感心したりで、子どもたちにも人気があったようだ。
ネタバレありですので、ご了承くださいませ
ハイライトは
青色のあおくんと黄色のきいろちゃんが
とても仲良く遊んでいるうちに
色が混じってしまって
別の色に二人とも変わってしまうところ

(絵の具で、青と黄色を混ぜたら
なんと
になってしまいますよね〜
になってしまいますよね〜それが二人にも起きてしまうのです)
そして、そんな緑色の二人を
どちらの両親も
自分の子どもと分からなくて
『うちの子じゃない!』なんてのたまう。
緑色になってしまった二人は
大好きな両親にわかってもらえなくて
大泣き


あまりにも泣いてしまったので
からだがぜんぶ涙になり、
涙のつぶが青と黄色に分かれ、
めでたく青色の涙は、あおくんに
黄色の涙は、きいろちゃんに、
それぞれ戻っていき、
ラストはハッピーエンド
なんだか示唆に富んでいると思いませんか。
あおくんの両親は、二人とも青で、
きいろちゃんの両親もやはり黄色。
表面だけを見て
自分ちの色(カラー)と違うと
ハッキリ分かるものを
親たちは拒絶したのです。
違う=悪いこと、ダメなこと⁇
受け入れられない、だって自分と違うもの。
家という小さな共同体の中では
同じ価値観じゃないとダメで、
いけないことだと同調圧力がかかることがよくある。
我の強い、かんのつよい子どもだった私は、
両親によく怒られた。
私の感覚で嫌なものを嫌だと言うと、
すべてそれはワガママだと。
肉全般が苦手、
寝巻きが浴衣はイヤ、
威張った人の車には乗りたくない…。
なんでも食べて
与えられたものを着て
人の親切には感謝すべき。
自分をないがしろにして、
親たちの気にいるようにしなきゃいけない。
子どものころは生きていくために
自分を曲げたり、隠したりすることを
仕方なく選ぶこと、ありますね。
私は両親と色が違うと自覚したのは
学生時代。
未だに二人の前だと緊張する。
違う色を見せたら、
子どものころのように
親たちは嫌な気持ちになってしまうかもしれない。
だから、今は遠方に住み、
年に一度会うかどうかなので、
同じ色とは言わないまでも
近い色のフリをしたりする。
あおくんときいろちゃんの両親は、
自分たちもそれぞれハグし合い、
色が混ざり合うことがわかって、
めでたしめでたし、だったんだけど、
現実には人の価値観を変えるのは
難しいように見える。
変えないまでも認められると
自分たちも楽になると思うんだけどな。
みなさまのご両親さまはいかがでしょうか?
今日も長くなりました。
ここまで読んでくださり、
本当にありがとうございます。




