男たるもの〜だなんて聞き古した言葉を書くつもりはありません。
第一、少なくとも私が書くべきことじゃありません。
ただ女を大切にしない男、女と同じ器で争う男や女を暴力で制圧しようとする男を見ていると、頭に来るのも事実です。
お互いに歩み寄ろうとせず、自分の世界観を理解しない相手を暴力でねじ伏せるようになってしまったら、人と人との関係性は終わりです。
実際に男が女をどのタイミングで幸せにできるかは、経済力だったり精神的な生活力だったり、筋肉量、基礎体力、やる気や運によって左右するものなので、どこまで出来るかなんてわからない部分もあります。
ただ、民主主義社会の先進国で五体満足であれば、必ず誰にでも役割が果たせるように人間の体や社会はプログラムされています。
ということです。
人間の身体の造りの部分で、男は種の温存のために発達しやすい筋肉、力を使いやすい骨格と比較的固く大きな身体を持っています。
女は子供を産む時に適した筋肉や子供を育てるのに適した身体機関を発達させながら成長し、その為に自分の身体や自由を犠牲にして出産します。
この違いは、何のための違いかと言うと、種の存続のため…役割を分担するためです。
ものの捉え方や考え方にも男女差はあります。
長い人生の中には、強い部分は誰かの弱さを補うために備わっているということを忘れてしまう時ぐらいあるかも知れませんが、それを理性でコントロールできるのが、サルと人間の違いのひとつです。
理性や知性を排除した、サルと同じかそれ以下の人間が蔓延る世界は『猿の惑星』のようなものです。
男は女のわがままを受け容れ、何でも良い答えを返せるるように鍛え、女は男のプライドを持ち上げられる心を鍛えることです。
連日の仕事で疲れが溜まってグダグダになってしまいましたが
今日は以上です。