メディアが教えてくれない本当の住宅ローンの話② 【変動金利編】 | 池上秀司のブログ

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前回に引き続き、以前別サイトに投稿したエントリーを再掲します。

【2013年6月6日の投稿】

①の続きとして「金利上昇傾向にあるので変動金利から固定金利への変更する人が増えた」とのことを聞くようになったので、それについて考えてみます。

肝心なことを最初に書いておきますが、5月中旬に上昇したのは「長期金利(長期国債)」です。変動金利は「短期金利(無担保コールレート・オーバーナイト物)」の影響を受けるので、変動金利は長期金利と直接の関係はありません

ですから、「金利上昇傾向にあるので変動金利から固定金利への変更する人が増えた」というのは完全にメディアのミスリードです。反対に大切なことがまったく報道されませんでした。なにかというと、百歩譲って仮に短期金利が今上昇したとしても変動金利で借り入れしている方達の今年の返済には影響がないということです。変動金利の金利見直しとその金利が月々の返済にどう対応しているか、金融機関の商品概要書には以下のように書かれています。

変動金利の金利は4月1日と10月1日の年2回見直しを行い、それぞれ6月と12月の約定日の翌日から新利率が適用となります

わかりやすくするためにいい方を変えます。

7月から12月返済分の金利は4月1日に決まり、1月から6月返済分の金利は前年の10月1日に決まります

現在6月ですが、今月返済分の金利は去年の10月1日時点の金利です。今年の7月から12月までの金利は今年の4月1日時点の金利ですから、5月中旬に金利が動いても今年の返済には影響はありません。繰り返しになりますが、しかも動いたのは変動金利に影響を与える短期金利ではなく長期金利です。直近で慌てて固定金利に変更した方がいたとすると、ほとんどの住宅ローンでは固定金利特約期間中は同じ金融機関内での金利変更はできませんから、残念ながら早トチリとなってしまう可能性があります。変動金利の金利見直しと返済との関係を図にすると以下のようになります。



調子に乗って「変動金利は金利上昇で破綻」というような記述をしたメディアもありましたが(例えばこれ⇒【アベノミクスはサラリーマンの敵だ】地獄を見るのは変動金利の住宅ローンだ)、ほとんどの金融機関の変動金利の返済額は5年間一定ですし、5年毎の返済額の見直しでも「それまでの返済額の1.25倍が上限」という規程です。

破綻とは返済ができなくなって起こる訳ですが、金利上昇しても返済額が急騰する訳ではありません。「金利上昇⇒返済額上昇⇒破綻」という論調の上記記事などは商品概要の基本中の基本がわかっていない大変恥ずかしい記事といえます。それにFPが加担しているのですから大問題です。変動金利の返済額については下図を参考にしてください。



では次に、無担保コールレート・オーバーナイト物の動きについて考えてみましょう。

現在日銀は物価上昇率2%達成を目指し、大規模金融緩和中です。それをなんとか2年をメドに達成したいと考えています。日銀は3月7日の金融政策決定会合の結果は以下の通りです。

当面の金融政策運営について(現状維持)

冒頭「無担保コールレート(オーバーナイト物)を、0~0.1%程度で推移するよう促す」とあります。この0.1%が変動金利の店頭金利2.475%に対応しています。2008年10月に利下げするまでは無担保コールレート・オーバーナイト物の誘導値(政策金利)は0.5%だったので、変動金利の店頭金利は2.875%でした。2008年10月に▲0.2%、2008年12月に▲0.2%と利下げしたので現在の水準になっています(2010年10月に0~0.1%となり「実質ゼロ金利となっています」)。

そして、4月4日の金融政策決定会合の結果は以下の通り。

「量的・質的金融緩和」の導入について

もう、金利は下げようがないので資金量での金融緩和へシフトしました。当然、高い金利ではその資金を借りてくれない訳ですから低金利政策は継続します。

これらから政策金利が上昇するのは「物価上昇率2%が達成が現実的になった頃(達成した後)に0.2%上昇が第一段階」と考えられ、「それが日銀の目論見では2年後」ということです。なので、今、変動金利は上がりようがありませんし、前述のように変動金利の商品概要から見ても今年中の金利上昇もありません。

無担保コールレート・オーバーナイト物の金利が将来上昇することはあるでしょう。では、長期金利のような急激な上昇があるでしょうか?ここで考えなければいけないのは日本銀行法(日銀法)です。日銀法の第一章第二条には以下のように規定されています。

日本銀行は通貨及び物価の金融の調節を行うに当たっては、物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資することをもって、その理念とする。

上記の条文は、黒田新総裁の就任会見でもご本人の口から発せられました。ですから、政策金利は長期金利のような不安定な動きをするものではありません。「変動金利で金利が急に上がったら」という論調は、いい換えれば「日銀が日本の金融システムを不安定にする=日銀が日銀法を侵す(不法行為を行う)」といっているようなもの。いい歳した大人がするべき議論ではありません。こんな論調を前提に金利選択することこそがギャンブルです。

今貸す側の金融機関にとってのリスクとは「儲けが少ない」ということです(この論文のP.4「図表5 金融機関が懸念する住宅ローンのリスク」参照⇒住宅ローンのリスク・収益管理の一層の強化に向けて)。ですから、今回の騒動(?)で不安になり変動金利から固定金利に変更した方がいたとすれば、わざわざお客様が儲けの少ない変動金利から儲けの多い固定金利に変えてくれるのですから金融機関に断る理由はありません。

とはいえ、「5月に金利が上がったので不安です」というお客様に変動金利の金利見直しの概要(年内返済分の金利上昇はない)を伝えず固定金利に変更したとすると金融機関のモラルは問われて当然です。個人的には「不利益になる可能性」を伝えていないので法的に問題があるような気がしています。

ですからメディアはここを問題視するべきなのです。しかし、やっていることは真逆。ですから、慌てて変動金利から固定金利に変更した方がいたとすれば、それはメディアの被害者ともいえるでしょう。次回はそれを具体的な数値で検証します。