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まのっちゃお! season3

真野恵里菜&カントリー・ガールズ&神社巡りが大好きブログ

仁科神明宮の次は、若一王子神社(にゃくいちおうじじんじゃ)に行ってきました

 

 

桜が綺麗キラキラキラキラ

 

鳥居をくぐり、100メートルほど先の右手に、若一王子神社があります

 

 

鳥居をくぐって、正面に拝殿と本殿があります

 

 

御祭神は、伊弉冉命(イザナミノミコト)・仁品王(ニシナオウ)・妹邪姫(イモヤヒメ)・若一王子(ニャクイチオウジ)

 

 

仁品王は、第10代崇神天皇の末子で、仁科氏の祖先

 

妹邪姫は、仁品王の皇后

 

若一王子は、神仏習合の神で、十一面観音が本時仏、天照大御神(アマテラスオオミカミ)や瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)と同一視されてた神

 

そして、この本殿の屋根に、鬼面があるという事で探してみました

 

 

遠くてよく見えなかったけど、

 

 

あった!

 

赤い顔の鬼面が本殿の屋根に二つありました

 

珍しいんだそうですよ

 

 

境内には、境内社がありました

 

 

境内社の中に、神輿が置いてある八坂神社がありまして、

 

 

昭和40年代半ばまで、7/15の八坂神社の例祭の日に、神輿の巡行に用いられたそうです

 

 

そして、拝殿の横に、十一面観音を本尊としている観音堂がありまして、

 

 

まぁ、神社の境内にお寺のお堂があるのは、たまに見ますけど、このお堂…

 

 

拝殿と廊下でつながってるんですひらめき電球

 

こんなの初めて見ました!

 

神社とお寺が一緒になってる(*‘∀‘)

 

他に、なんと!

 

 

三重塔もありました!

 

 

鳥居と三重塔のコラボ写真カメラドンッ

 

神社のような、お寺のような…神仏習合が色濃く残ってる所です

 

 

また、日本三大流鏑馬の一つとして有名な神社なんだそうです

 

 

子供が流鏑馬をするんですねひらめき電球

 

ちなみに、他の二つは、鎌倉の鶴岡八幡宮と、京都の加茂神社だそうです

 

 

若一王子神社の御朱印

 

4/27に、長野県の仁科神明宮(にしなしんめいぐう)に行ってきました

 

ここには、現存する日本最古の神明造の本殿があるそうです

 

 

一の鳥居をくぐって、車で1~2分くらい先に、仁科神明宮があります

 

 

社号標はあるけど、ここに鳥居はありません

 

境内に入り、すぐ右手に神宮寺って書いてありますけど、お寺っぽい建物がない

 

 

隣には、根元がくっついてる三本杉がありますが、残念ながら真ん中の木が、昭和54年に起きた突風により倒伏したそうです

 

 

50メートルほど先へ進み、左へ曲がると、二の鳥居があります

 

 

二の鳥居をくぐり、

 

 

石畳の参道を歩き、

 

 

伊勢神宮から、撤下を賜わった木を使ったという鳥居をくぐると、

 

 

日本最古の本殿がありま…え?

 

 

まさかの修復中汗

 

 

今年は、式年遷宮の年だそうで、本殿と中門を修復中でした


式年遷宮というより、式年造替なのかな?

 

せっかく来たのに~(*´Д`)

 

本当ならば、

 

 

こんな社殿が見れたんですね

 

本殿・中門・釣屋は国宝に指定されてます

 

 

ここの御祭神は、天照皇大神(アマテラススメオオミカミ)

 

 

拝殿の横には、元御神木がありました

 

 

境内には、他に境内社があります

 

 

日本最古の本殿が見れなかったのは残念でしたが、朝一で誰もいなく、すごく気持ちよかったです音譜

 

 

仁科神明宮の御朱印

 

石室神社の次は、河津八幡神社(かわづはちまんじんじゃ)に行ってきました

 

 

鳥居をくぐると、すぐ本殿があります

 

 

御祭神は、河津三郎祐泰(カワヅサブロウスケヤス)

 

日本三大仇討に数えられる、曾我兄弟の仇討(そがきょうだいのあだうち)というのがあるそうで、御祭神は、その曾我兄弟の父

 

 

兄・十郎祐成(ジュウロウスケナリ)、弟・五郎時政(ゴロウトキムネ)の父・三郎祐泰は、兄弟の祖父・伊藤祐親(イトウスケチカ)と、所領争いで恨みを持っていた叔父・工藤祐経(クドウスケツネ)の部下である、八幡三郎(ヤワタサブロウ)と大見小籐太(オオミコトウタ)に射殺されてしまいます

 

1193年、兄弟は、工藤祐経の陣屋に討ち入りし、父の仇を取りましたが、兄は討死し、弟は捕らえられ、翌日処刑されてしまいました

 

この話は、曾我物語として有名なんだそうですが、初めて聞きました汗

 

境内には、曾我兄弟の像や、

 

 

河津三郎祐泰の像がありました

 

 

河津三郎祐泰は、相撲の名手でもあり、四十八手の一つ、河津掛けの考案者と伝わるそうです

 

 

他に、境内社の谷津秋葉神社がありました

 

 

最初、ここに来る予定じゃなく、帰る途中に河津八幡神社の文字が見えたので寄ってみましたけど、来てよかったです

 

ここに来なかったら、日本三大仇討とか、一生知らないままだったと思いますねひらめき電球

 

ちなみに、あと二つは、『忠臣蔵』と『伊賀越えの仇討』だそうです