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まのっちゃお! season3

真野恵里菜&カントリー・ガールズ&神社巡りが大好きブログ

4/4は、豊田市の猿投神社(さなげじんじゃ)に行ってきました

 

境内の前に建つ、黄金の一の鳥居…

 

 

だと思ったら、実はこの鳥居は二の鳥居

 

一の鳥居は、ここから車で5分くらいの場所にあります

 

 

正直、ホントにこんな場所にあるの?と思いつつ歩いて行くと…あった!

 

 

他のレポートを見ても、二の鳥居を一の鳥居だと思ってる人がほとんど

 

俺も、この案内板を見るまで知らなかったです

 

 

これを見て、一の鳥居は遠い場所にあったのか~と思って、行ってみました

 

で、二の鳥居に戻り、50メートルほど先に総門があります

 

 

総門をくぐって、参道を歩いて行きます

 

 

150メートルくらい先に、あずき色の三の鳥居

 

 

三の鳥居をくぐると、拝殿と、

 

 

四方殿と呼ばれる社殿があり、

 

 

奥に、本殿があります

 

 

御祭神は、大碓命(オオウスノミコト)

 

相殿神に、景行天皇(ケイコウテンノウ)・垂仁天皇(スイニンテンノウ)

 

 

大碓命は、日本武尊(ヤマトタケル)の双子の兄とされる神様で、猿投山に登る途中で蛇毒により亡くなったそうです

 

古事記では、日本武尊に手足をもぎ取られて殺されるんだけど、あれは神話の中の話なんですかね?

 

 

本殿横には、境内社が並んでいました

 

 

左から、熱田社(アツタシャ)

 

 

塞神社(さいのかみしゃ)

 

 

八柱社(やはしらしゃ)・八幡社(はちまんしゃ)

 

 

大國社(おおくにしゃ)

 

 

他に、厳島社(いつくしましゃ)がありました

 

 

また、拝殿の隣には、太鼓殿があります

 

 

回廊には、江戸末期に彫られた親子ざるがいるそうで…

 

 

よく見ると…いました!

 

 

大碓命は、この地を開拓された神様なんだそうで、鎌の絵馬がたくさんありました

 

 

大碓命は左利きだったみたいで、左利き用の鎌らしいです

 

 

猿投神社の御朱印

 

 

このあとは、猿投山に登ってきたので、そのレポートは【その2】で…

瀧原宮・瀧原竝宮の次は、多岐原神社(たきはらじんじゃ)に行ってきました

 

皇大神宮の摂社になっています

 

前に行った瀧原宮・瀧原竝宮と深い関係のある神社という事で行ってきたんですけど、まず場所がわかりづらい汗

 

この辺かな~というのはわかるけど、ナビを見ても道がないんです

 

とりあえず、近くまでいくとわかると思って行ってみたら、T字路の角に…

 

 

案内板発見!

 

 

最初見逃して、素通りしちゃってましたあせる

 

T字路を曲がり、道なりに進むと、また案内板がありました

 

 

脇道を行くんですけど、この道が細すぎて、軽自動車くらいしか行けない感じ

 

近くに車を停めて、歩いて行きました

 

90メートルほど歩いて行くと、多岐原神社がありました

 

 

境内に入ると、鳥居と本殿があります

 

 

御祭神は、真奈胡神(マナゴノカミ)

 

 

境内の前に、多岐原神社の起源を説明したマンガがありました

 

 

瀧原宮・瀧原竝宮の起源は、前に説明しましたけど、その続きがあります

 

『宮川の急流に困られたご一行を真奈胡神がお出迎えをしてお渡ししたため、倭姫命はその場所に真奈胡神をまつる御瀬社(みせのやしろ)をお定めになりました。これが今の皇大神宮摂社多岐原神社です。瀧原宮の下流約6km、大宮町三瀬川の宮川のほとりに鎮座されています。』【伊勢神宮公式HPより

 

倭姫命(ヤマトヒメノミコト)が天照大御神(アマテラスオオミカミ)を鎮座する場所を探していた時、宮川の急流で困っていたところを、真奈胡神が助け、そのお礼に、真奈胡神をあがめる御瀬社を贈り、現在の多岐原神社ができた…って事みたいです

 

このマンガ、瀧原宮・瀧原竝宮にも同じものがありました

 

 

そして、近年まで熊野街道だったという、三瀬の渡し跡があるみたいなので行ってみました

 

 

うっすらとした林道を100メートルくらい歩いて行くと、宮川がありました

 

 

よく見ると、川のほとりに何かある…

 

 

近づいてみると、

 

 

熊野街道のPR旗みたいなやつでした

 

川の向こう岸には、船がありましたけど、

 

 

ひょっとして、今でも船で渡れるんですかね?

 

 

瀧原宮・瀧原竝宮と多岐原神社はセットで参拝しないと、って思うんですけど、あっちは結構な人だったのに、ここは誰一人いなく、寂しい神社でした(・´з`・)

 

場所が分かりづらいって事もあるかも…

頭之宮四方神社の次は、瀧原宮(たきはらのみや)・瀧原竝宮(たきはらのならびのみや)に行ってきました

 

皇大神宮の別宮になってます

 

 

道の駅『木つつき館』のすぐ横に、一の鳥居があり、道なりに150メートルほど歩くと、瀧原宮・瀧原竝宮があります

 

 

二の鳥居をくぐり、長い参道を歩いて行くと、

 

 

神橋があり、

 

 

すぐ横に、御手洗場に行く道があります

 

 

道を下って行くと、頓登川(とんどがわ)という川がありました

 

 

奥の階段を上がって行くと、

 

 

元の参道に戻ります

 

 

ここからさらに歩いて行くと、社殿が4つ並んでいます

 

 

参拝する順番があるみたい

 

【瀧原宮】

 

御祭神は、天照坐皇大御神御魂(アマテラシマススメオオミカミノミタマ)

 

 

【瀧原竝宮】

 

御祭神は、天照坐皇大御神御魂(アマテラシマススメオオミカミノミタマ)

 

 

【若宮神社(わかみやじんじゃ)】

 

御祭神は、天水分神(アメノミクマリノカミ)

 

 

【長由介神社(ながゆけじんじゃ)・川島神社(かわしまじんじゃ)】

 

御祭神は、長由介神(ナガユケノカミ)・川島神(カワシマノカミ)

 

 

瀧原宮と瀧原竝宮の横は、

 

 

式年遷宮が行われるため、現在は古殿地になってました

 

 

『瀧原宮、瀧原並宮のご鎮座の由緒は大変古く、『倭姫命世記(やまとひめのみことせいき)』によると約2000年前まで遡ります。第11代垂仁天皇(スイニンテンノウ)の皇女倭姫命(ヤマトヒメノミコト)が、御杖代(みつえしろ)として天照大御神を奉戴(ほうたい)して、ご鎮座の地を求めて、宮川下流の磯宮(いそのみや)をお発ちになり、上流の方にお進みになると、「大河の瀧原の国」という美しい土地があり、この地に二宇の宮殿を造立されたのが起源とされます。』【伊勢神宮公式HPより

 

 

瀧原宮・瀧原竝宮の御朱印