ひさしく更新していなかったことを反省。。。。

さて、いよいよ日本でもiPadが発売、出荷になる。テレビや雑誌などでも取り上げられ、実に色々なところで話題になっている。今日も髪を切りに行ったところ、スタッフさんにも色々と聞かれてしまったが、実際に発売される前に、少しだけiPadについても書いておこうかと思う。

仕事柄私も触ったことがあると書きたいのだが、正直なところ、まだ実物に触れるチャンスはない。ただ、周辺には先行してアメリカで入手した人などが多くいて、色々な話は伝わってくる。

総合すると、プロダクトとしての出来映え、特にユーザーインターフェイスなどには絶賛の声が多く、予約の状況も芳しいようだから、ある程度の数までの成功は約束されていそうだ。

一方で問題点の指摘もそれなりにあり、代表的なのは、「意外と重い!」だろう。実際は女性誌よりは軽いらしいが、簡単に持ち運びしたい重さではないらしい。また、どうみても片手で操作もできないし、片手で持ってコンテンツを読んだりすることも難しい。さらに綺麗な大画面があだとなって通勤の電車で読書などに使う人はほとんどいないと思われる。片手で持てないし、運良く座れても、隣や周りから読んでいるモノがマル見え!では。。。。また、バッテリーの持ちが十分でないことを指摘する人もいる。

そうすると、主な使い方は、家庭やオフィスでの情報端末的な使い方ということになりそうだ。
特にPCのリテラシーが高くない人たちにとって非常に使い易い端末であることは間違いない。やはりアップルデザインの魔法はまだ効いている。

ただ、もちろんガジェット好きにはたまらないオモチャだし、色々なアクセサリーが出てきて使えるシーンを増やしてくれることだろうが、一般的にどこまで広がるのかというと、少し疑問も残る。

iPadの使い方で今一番話題なのは電子ブック端末としてどうか、ということかもしれない。特にiBookの日本語版がどうかとか言った話題もあるが、日本の出版社がどう対応するのかが注目されている。

まんざら部外者でもなくなってきている私としては、ここから先の発言は、慎重にならざるを得ないのだが、舞台裏を知れば知るほど、外から見るほど単純なことでないことは事実である。

出版業界の危機感の低さや既得権益を守ろうとしているように見えるところを批判する向きも多い。確かに変化がし難いのは歴史がある業界ほど起こる現象で、出版業界だけのことではないだろうが、業界の中でも出版社の中でも変化が全く起きていない訳ではない。それらの変化は形となって、結果となって見えるまでは一般の人からは見えにくいのは仕方がないことだろうから、そうなるまでは批判的な指摘はあって当然である。

辛口の人々が言うように、出版業界は今のままでは衰退してしまいかねないから、生き残りをかけて変化し始める。その変化が十分な変革で、充分に早く実現できないと、結果は厳しいものになる。本は無くならないし、情報や読み物がプロの手を通して編集されたコンテンツも世の中から求められ続ける。そこを担うのが誰になるのか。

出版業界がどう動くのか。出版業界が動かなくても、読者も世の中も動く。特にiPadのようなポテンシャルのあるデバイスが出てきたときに、世の中は動きやすい。
前回のエントリで電子書籍のことを日本語で使用するということで考えた。その時に色々と日本語ならではということが思い起こされた。

日本語を、特に読むという観点においては、やはり縦書きであるということが大きな特色であり、電子書籍の普及にも大きく関わる。

ある出版社の人に伺った話だが、漢字の本家とも言うべき中国ですら、最近では新しい出版物は横書きなのだそうで、メジャーな?国で縦書きを採用しているのは、今や日本くらいのものだろうとのことだ。これをガラパゴス化だと言う人もいるのかもしれないが、やはり日本独特の文化であると解釈したい。この考えが支持されるのであれば、電子書籍も縦書きに対応しない訳にはいかない。

実は、最近購入するビジネス書などにも横書きの書籍があるが、どうも本として落ち着かないというか、私は余りじっくり読めないような気がしている。参考資料とか教科書を読んでいるような感覚に近い。(横書きの書籍がそういった趣旨の本が多いだけのことかもしれないが) そのためかどうかは判らないが、横書きの本を読破できた試しがない。(それでも横書きの書籍はときどき購入する)

逆に何故、縦書きの本が落ち着く感じがするのだろうか。理由は分からないが、縦書きの本を読んでいるときの方が、自分自身はやや受け身な感覚で文章に接し、それを受け入れて取り込もうとしているように思う。そして、頭の中で読んでいる文章をもとに色々なイマジネーションが広がっていきやすいような気がするし、文章に対して集中もしやすい。

横書きの文は、文章を情報として扱っている感覚があり、細切れにとらえる感じで、やや読み手のスタンスも能動的な気もする。繰り返すが、何ら根拠はなく、同じ文章で比較したわけでもないので、単にそういった傾向の文章が縦書き、横書きのそれぞれの経験で多いだけのことかもしれない。ただ、縦書きの日本語に、ある種の美しさを感じる気がすることには賛同してくれる人も多いのではないだろうか。

もう一つ、日本語の特性として面白いのは、漢字とひらかなの効用である。文字入力を行うのに、キーボードか何かで入力をしてから漢字に変換するという作業はアルファベットを使う人たちにはない苦労である。そのせいで文字の入力に費やす労力も時間も日本語の方が余計にかかることになる。

しかし、表意文字である漢字とひらかなの併用で同じ文字数で考えた場合の日本語の情報量は英語などに比べて格段と高いはずだ。

Twitterの文字数制限は英語でも日本語でも同じ140文字だが、その文字制限の中で伝えられる情報は、どう見ても日本語の方が多い。英語でtweetしている人を何人かfollowしているが、ささやかれる内容にも違いが見られる気がする。英語のツイットはともかくシンプルで、本当に要件だけ、というのに、日本語で飛び交うツイットは、やはりブログのようなちゃんとした文章にしようとするところまでは行かないまでも、引用やRTも多く含まれ、内容が濃いように思える。日英で同等にしようと思ったら、日本語の文字数制限は半分の70くらいにすることになるのだろう。本家の英語版と違う使い方をするのはけしからんとか、変だとか言う人も出てきそうだが、これも日本語の特性を活かして日本人が日本語なりのTwitterの使い方をしているに過ぎない。それで、良いではないか。

Twitterで使う日本語に、ユーザーがどれくらい気を遣っているかは個人差もあるし不明だが、少なくとも漢字変換をするという行為で、それがない英語のツイットよりは考えている、あるいは脳を使っている、とは言えるかもしれない。

それらが何の結果を生むのか、何の効果があるのかは、知らない。ただ、日本語も、それを使う日本人も、それだけで英語圏の人たちとは違っているのだ、ということを言いたいだけである。



電子書籍のことを考えるときに、我々が使う言語が日本語であるという、ごく当たり前のことが実は重要なファクターであることが、電子書籍という時代の寵児の勢いの前で意外と見落とされていたり、軽視されていると感じることが少なくない。

Webやケータイは勿論、そしてビジネスで使う様々な文書、ドキュメントもほとんどが横書きで、まったく違和感がないと言って良い。ビジネスの中でも縦書きの挨拶文などを受け取ることがあるが、ものすごく形式張って大仰な印象を受けるし、それは決まって印刷物だ。

今や日常で縦書きの文章を読むのは、新聞や雑誌、書籍に限定されてきていると言っても良いくらいだろう。日本での電子書籍は、この残された縦書きの文化にどう入ってくるのか、それをどう変えるのか、あるいは電子書籍がどう適応するのか、という問題でもある。

読んで情報を取り込むという行為においては、日本語の横書き形式というのは、当然問題は全くなく、和洋混交で使うことが多い現在では恐らく横書きの方が効率がよい。その意味でも、情報コンテンツを主に扱う新聞や多くの雑誌は横書きで問題は少ないし、事実横書きの新聞も出てきている。Web版との連携が新聞の今後の道筋であることは間違いないだろうから、新聞自体が横書きになっても不思議はない。ただ、その時は紙の大きさやフレームの組み方に大きな変革が必要になるので、そこまでして新聞の読み方を変えるのは電子書籍端末での新聞で、紙の方は今のままなのかもしれない。

次に電子書籍で横書きになっても不思議でないのは雑誌だろう。これも一つ一つの記事はそれほど長い訳ではないし、ネット上で展開されているWebマガジンを見ても違和感を余り感じない気がする。新聞もそうだが、雑誌も電子書籍になっても、ハイパーリンクで他の情報を参照できたり、写真の代わりに動画を使ったり、極めてWeb的な進化形になって行く可能性も充分にあるように思う。

ところで、電子書籍端末の有力候補として比較されることの多いキンドルとiPadで一つ大きな違いが考えられるのが、このWeb連動かもしれない。汎用機でもあるiPadはネットに接続されている環境では、新聞や雑誌、電子書籍を読んでいる途中でも、リンクでWebに飛んだりコンテンツを引き込んでくることが可能だろうが、電子書籍専用の端末であるキンドルは、3G網などを経由してネットに接続できる環境であっても、ストア以外のWebにリンクすることはなさそうだ。

そして、電子書籍で日本語がどう表示されるのかがポイントになってくるのは、本丸と言っても良い「本・書籍」である。小説などの文芸書だけでなく、ビジネス書などにおいても、本で文章を読むときのシックリ感というのか、特に大量のボリュームを読んで聞くときに、縦書きを好むのは、単に慣れの問題ではないようにも思える。とすると、電子書籍に期待されているのは、如何に心地良い形で縦書きの文章を表示して読ませるのかということになるように思う。そこにフォントやルビの問題も加わり、日本での電子書籍の普及に大きく関わってくることになる。AppleやAmazonがこの辺りの問題にどう対応してくるのか、私はまだ明確な答えを聞いたことがない。