今日は金本さんの一打でリズムが狂ってしまいました。

敗戦の弁で良く聞かされるフレーズだ。野球ほどではないが、他のスポーツでも時々聞くこの“リズム”という表現だが、判ったようで実はよく判らない。

野球のピッチャーやスポーツ選手がリズムを刻みながら競技している訳はないし、
要は「あそこから調子狂っちゃったよ」ってことを言いたいのだろうけど、「調子が狂った」という表現だと調子が良い悪いの「調子」みたいに聞こえるからなのかもしれない。

もう少し分析してみると、それまで余計なことを考えずに自分のペースでやっていけていたものが、相手がこちらに与えたあるインパクトを切っ掛けに、何か不安になってきたり、考えすぎてしまったり、緊張してしまったり、本来やらなくてはならないこと、できることができなくなったり、そんな状況に陥ることなのかもしれない。

その状況が極端になると、「頭の中が真っ白」な状態になる。「軽いパニック」のような状態で、そう表現するよりは軽い反応で、さらにその時はほとんどそうだとは意識できていないような状態のことなのではなかろうか。

実は、これは当然スポーツに限ったことではなく、我々の日常でも良く経験することでもある。

例えば、予めある程度の進行シナリオを思い浮かべながら交渉や会議を進めていたら、思いがけないリアクションが返ってくると、ちょっとしたパニックになって、言いたいことが言えなくなったり、進行が破綻したりする。

こういう場合「○○さんの発言でリズムが狂ってしまいました」と言えなくもないのだろう。ただ、「リズムが狂って交渉に失敗しました」とは言う人はいないだろうが。

考えてみれば、世の中“リズムが狂う”ことだらけである。自分の思うとおりに事が運ぶことなどほとんどないと思った方が良い。

優れたピッチャーが恐らくそうであるように、少々のことではリズムが狂わない準備をし、自信を持ってことに臨む、あるいはリズムが狂い始めたことをいち早く察知して、対処することが重要なのだ。

ごく当たり前のことだが、ついつい私たちは毎日のようにリズムを崩しては毒づくのである、「あの一発で、、、、」と。

単純な脳、複雑な「私」を読み終えた。

先週の私の予想?に反して、(内田先生の予想?どおりに、)池谷裕二氏の本を続けて読み切った。

最終の第4章を残していたが、この章の冒頭に「複雑系」というひと言が目に飛び込んできた。この言葉には反応してしまう。そして、私の予想通り、最終章で脳の単純な構造と、人間だけが感じ、意識し、認識できる複雑な「私」のことが語られている。ただ、私に付いた「」の意味は明らかにはなっていないのだが。

そして、浦沢直樹X 手塚治虫の「プルートゥ」第8巻を一気に読む。

この作品には、常に不思議な感覚がつきまとう。極端に進化したロボットと人間が共存する時代。描かれている最高峰のロボットは固有の“人格”を持っていて、大量生産はされていないなど、どうして?って思う側面はあるが、その設定を飲み込んだ上で読むのがお作法だろうし、それは特段努力しなくてはならないようなものではない。

第6巻くらいからは涙なくしては読めない。心をもったロボット、アトム。世界最高の知識も計算能力も備えた人工頭脳でもあるアトムが、それとはアンバランスとも思える純粋無垢な風貌はともかく、あのようにピュアに見える心を持てるのだろうか。しかも、他の多くのロボットの悲しみや怒り、そして憎しみを取り込みながら平衡と安定を取り戻した彼の心は、平和で美しい心ではあるが、もはや純粋な心とは言い難いように思う。(誰もそうだとは言っていないが)

さらに続いて、話題の書、村上春樹氏の「1Q84」を読み始めた。

私はそれなりにひねくれているので、ベストセラー作品が売れまくっている最中に購読することはまずないのだが、村上春樹で、タイトルが「1Q84」と何となく1984年を想像させるものだとくれば、読まないわけにはいかない。

まだ読み始めたばかりだが、すでにその世界観に引き込まれつつある。優れた作品であることは十分に予感させてくれる。

文章に書けばこれだけのことだが、仕事でも毎日色々なことが起きているなか、これだけのことをする「私」は、やはり複雑である。

池谷祐二「単純な脳、複雑な『私』」を読んだ。3分の2くらいまでだが。

最近話題の本で、あの内田樹先生も彼のブログでも取り上げている。もちろん絶賛。

元々は池谷氏が彼の母校で高校生向けに行った講演、講義の内容から収録して編集していることもあって、非常に解りやすく取っつきやすい。最近の脳科学の実験結果などを多く説明しながら、かなり深い内容の話が進む。改めて「脳」の凄さと人間の不思議を感じないわけにはいかない。

不思議な実験の一部はWeb上で公開されていて、体験でいるので、本を読まなくてもそれだけでも楽しめるので、お奨めだ。http://www.asahipress.com/brain/ 

特に驚いたのは、「ピンク色の斑点が消える」と題された実験。http://www.asahipress.com/brain/pink.html 

時計の文字盤の数字の位置のように円周上に12個のピンク色の斑点が並べてある。画面上の斑点が時計回りの順番に一つずつ消えてぐるぐる回る。それだけなのに、消えた斑点の部分が緑色の斑点に見え、さらにはピンク色の斑点が薄くなって、ついには消える。信じられない現象が起きる。

誰にでも起きる。

まだ3分の1ほど読み終えていないにも関わらず、ここで取り上げてしまうのは、ここで読むのを止めてしまうつもりだからではない。(ただ、「1Q84」が届いたので、いつ終わるかはちょっと不明)

ただ、私はここまで読んで本のタイトルに少し違和感を感じた。

文中で語られている脳は、実に複雑で不思議な挙動をとることが実験などで解明されていのだ。私たちの極めて単純な行動一つをとっても、例えば手を伸ばして何かをつかむとかいった単純な行動でも、脳は実に複雑で、かつ意外な働きをする。

だから、むしろタイトルは「単純な私、複雑な脳」のような気がしてしまう。

しかし、その不可思議な働きをする脳も突き詰めていくとニューロンという極めて単純な神経細胞組織で構成されている。その点では脳は単純であると間違いなく言える。

今後読み進めるうちに、このタイトルの意味するところが明らかになるのかもしれない。タイトルの“複雑な「私」”の「私」ところにわざわざカギ括弧がついているところが、ミソなのかもしれない。

その期待感を持ちつつ、あえて本の途中でこのエントリを書いてみようと思ったのである。