「フリー」
久々に文章を書いてネットに上げようという気になった。

少しは体と気持ちに余裕ができたのかもしれないが、それよりも“その気”にさせる本と久々に出会えたことが大きい。
クリス・アンダーソン著 「フリー」~ <無料>からお金を生みだす新戦略~ がそれだ。
フリー~〈無料〉からお金を生みだす新戦略/クリス・アンダーソン
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本屋さんでも平積みで並んでいるから知っている人も多いだろうし、内容から見てもベストセラーになるのは間違いないだろうから、敢えて書評のようなものは書く必要はないだろうが、実に様々なことをインスパイアーしてくれる本であって、私をして何かを語りたくさせる著作である。
著者のクリス・アンダーソンは、かの有名な「ロングテール」という言葉を世に知らしめ、同名の著作でも有名になった人だ。その人の新しい著作が「フリー」<無料>という刺激的なテーマであれば注目されるのは当然だろう。
そんな著者の作品となればWebにおけるテクノロジー・トレンドやマーケティングの手法を解説しているのかというと、然にあらず。「無料」は、ここではある意味キーワードでしかなく、それに関わる様々な事項に独特の視点で経済学や社会学的な知見を示してくれている。さらには、それらの歴史的な背景すら加えてくれていることが内容に深みを増してくれていて、読み物として満足度が高い。

印象的だった一節を抜き出してみたい。
1984年にスティーヴン・レヴィが「ハッカーズ」という著作の中で「ハッカー倫理」七ヶ条を紹介しているが、その第3条については聞いたことがある人も多いだろう。曰く、「すべての情報はフリーになるべきだ。」これに対し後にスチュアート・ブラントという人(この人がどんな人かは本書を読んでください)が言葉を加えている;
「一方で、情報は高価になりたがる。なぜなら貴重だからだ。正しいところに正しい情報があれば、私たちの人生さえ変わりうるのだ。他方で、情報はフリーになりたがる。なぜなら情報を引き出すコストは下がりつづけているからだ。今はこの流れがせめぎ合っているのだ。」
これにアンダーソンが言い換えを試みている;
「コモディティ化した情報(誰もが同じものを得られる)は無料になりたがる。カスタマイズされた情報(その人だけに与えられる特別なもの)は高価になりたがる。」さらに、「潤沢な情報は無料になりたがる。希少な情報は高価になりたがる。」

この部分だけ引用しても何も伝わらないだろう。読んでもらうしかないが、ともかく、深い~い、のである、「フリー」の世界は。

久しくブログをアップしていなかった。

それで、思いたって書いてみようかと思ったら、アメブロがメンテナンスをしていた。。。。。
人生そんなものである。

と言うほど大げさなものではないが。

しばらくご無沙汰をしているうちに色々な事が起きている。私を知ってこのブログを読んでくれている多くの人にとっては、私がPhonexCOOを退任して、Libricaの社長にほぼ専念することになったことが、色々な意味で大きな影響を感じていることだろう。

いくら最近はPhonex の 案件に割いている時間が減ってきていたとは言え、その組織で権限が無くなるというのは、当人にとっても簡単な話ではない。ただ、今回のことでいえば、両社 のような人数も少なく、組織も小さく、成熟していない組織に於いて一人の人間が兼務をして両方の会社を理想的に盛り立てていくのは容易なことではない。それなりの組織体制や人員配備がなければ、かなり無理があるということである。

 
公開ブログである以上、あまり詳細は書くべきではないのだが、ただ判ってもらいたいのは、決して仕方なくやったという後ろ向きな話ではなくて、状況の変化に合わせた前向きな組織変更であることは付け加えておきたい。

ところで、ブログを書いていなかったのは、この組織の変更が理由ではない。

忙しいという言い訳はあるが、このところあまり新しく本も読んでいないし、書きたいネタが思いつかない、あるいは前のエントリーで書いたように、ネタはあっても話が膨らまないのが真相だ。


最近は、本を読める時間の多くはマンガを読むことに宛てていたりする。まぁ、お勉強である。てゆか、これも仕事である。

知っての通り、マンガというコンテンツはもの凄く幅も広く、そして置くがとてつもなく深い。従って、簡単にマンガに関しての教養(リテラシーと言った方がピッタリ来るかもしれない)を簡単に得ることはできないことは判っているが、ある程度の“常識”や基礎は持っておきたい、と思うのである。

しかし読めば読むほど、どの作品にも味があり、奥もあり、どれも違っている。ちゃんとした基礎知識を得るなんて、もしかすると私にはずっと無理かもしれない。それくらい大変なことだと思っている。

それほどマンガを読んでいるわけでもあるので、このブログでも最近読んだマンガのことを紹介することも考えたが、文字にして表現するのはどうもこれはこれでかなり難しい。少なくともそんな気がする。

と、言うわけで、今後の展開に乞うご期待!  
とノープランのまま、自分でハードルを上げておいて、今回は終了。


村上春樹著「1Q84Book1Book2を読了。


実に不思議な気持ちになる本だ。ひと言で表すなら、そう言うしかないだろう。


明らかに空想の世界でありながら、どこかで現実に似たようなことがあっても、単に自分が気がついていないだけなのではないかと思わせる。


我々のいる世界は、突き詰めれば、各個人が知覚して脳内に再構築されるものでしかない、というようなことが何かの本に書いてあったと思うが、我々人間が完全に同じ一つの世界に属しているという保証はどこにもない。

物理的にすぐ近くにいても、双方の間でコミュニケーションが無ければ、同じ空間に居ることすら意味はなくなる。むしろ空間的な距離があっても、通じ合えればお互いの脳内で意識を共有することができる。


だから月が二つある世界がある、あるいは月が二つ見える人達がいても、私が知らないだけなのかもしれない。


村上春樹が描く世界は、今までの作品でも私にはしっくりと馴染むものが感じられた。そして同時に、この一風変わった世界観は、私以外の人にも同じように受け入れられているものなのだろうか、という疑問がついてまわる。どんなにベストセラーになっていて、何百万人の人が読んでいようとも、自分の脳内に彼の世界観を染みこませて読んでいる人が果たして何人いるのだろうかと。


人それぞれに見ている世界すら異なるかもしれないのだから、同じ文章を読んでも脳内に描き出す世界は、それぞれ異なっていて当然だろう。だから、私が感じた二つの月が夜空に出る1Q84年の世界は私だけのモノだ。


そして、本作品でもまた、主人公の一人である天吾は、その精神構造が少なからず私自身と重なるところがあり、そしてもう一人の主人公の青豆は、私に現実にいるある女性のことを思い起こさせるのであった。


やはり、私以外の人も同じように自分の世界に村上春樹を染みこませてしまうのだろうか。だとすると、彼の文章は魔法である。