村上春樹著「1Q84Book1Book2を読了。


実に不思議な気持ちになる本だ。ひと言で表すなら、そう言うしかないだろう。


明らかに空想の世界でありながら、どこかで現実に似たようなことがあっても、単に自分が気がついていないだけなのではないかと思わせる。


我々のいる世界は、突き詰めれば、各個人が知覚して脳内に再構築されるものでしかない、というようなことが何かの本に書いてあったと思うが、我々人間が完全に同じ一つの世界に属しているという保証はどこにもない。

物理的にすぐ近くにいても、双方の間でコミュニケーションが無ければ、同じ空間に居ることすら意味はなくなる。むしろ空間的な距離があっても、通じ合えればお互いの脳内で意識を共有することができる。


だから月が二つある世界がある、あるいは月が二つ見える人達がいても、私が知らないだけなのかもしれない。


村上春樹が描く世界は、今までの作品でも私にはしっくりと馴染むものが感じられた。そして同時に、この一風変わった世界観は、私以外の人にも同じように受け入れられているものなのだろうか、という疑問がついてまわる。どんなにベストセラーになっていて、何百万人の人が読んでいようとも、自分の脳内に彼の世界観を染みこませて読んでいる人が果たして何人いるのだろうかと。


人それぞれに見ている世界すら異なるかもしれないのだから、同じ文章を読んでも脳内に描き出す世界は、それぞれ異なっていて当然だろう。だから、私が感じた二つの月が夜空に出る1Q84年の世界は私だけのモノだ。


そして、本作品でもまた、主人公の一人である天吾は、その精神構造が少なからず私自身と重なるところがあり、そしてもう一人の主人公の青豆は、私に現実にいるある女性のことを思い起こさせるのであった。


やはり、私以外の人も同じように自分の世界に村上春樹を染みこませてしまうのだろうか。だとすると、彼の文章は魔法である。